スクープ
* Sideイスズ
「これって、昨日の写真ですよね」
ナナコさんがひとつを手に取って読み込んでるけど、私の頭は真っ白だ。
写真の中央にいるのはソレイユさんで、見出しには黒騎士様の文字が踊ってる。
何が書いてあるかは脳が拒否して、なんにも入ってこない。
「イスズ、逃避したい気持ちはわかるけど、これ全部、今日の日付けで発行されたものだからね」
指差しで指摘されても、意味がわからない。
「そんな顔してたって、現実は変わらないんだから、とりあえず読みなさい」
ナナコさんに押しつけられたのは黒騎士様と誰かのツーショットも載っていて、どこかで見覚えが……とか思っていたら、いつかのお茶会で撮らされたやつだと気づく。
「は? え、ちょっと、フェイルさん!?」
ここにいない名前を叫んで、慌てて記事の内容を隅々まで読んでみると、頭と胃と腸が痛くなる。
見出しは、黒騎士様の熱愛発覚!?
でもって、内容は、やんごとなき令嬢達が揃う中、黒騎士様ことソレイユ・ヴァンフォーレが純愛を告白したということを過剰な表現で書かれてた。
あのうっかりが納得し難くて人違い説や陰謀論を追求している紙があるのはともかく、唯一、お茶会での私とのツーショット写真を差し込んで、軽い経歴まで書いてあるのはフェイルさんが在籍している社に違いない。
――って!!
「ビービー。これ、どういうこと!?」
王様はもちろんのこと、おじいちゃんことドラグマニル公にも訴えづらい私の矛先は、身近なビービーに全力で傾けた。
馬車に乗り込む時の厳重さと、移動中に一切窓を開けさせてくれなかったことから考えても、知ってたに違いないから。
「俺が発行させたわけじゃないぞ」
「そりゃ、そうだろうけど、そうじゃない!」
「イスズ嬢、落ち着いてください。この後、事件についての記者会見を行いますので」
ラテアさんの口出しに、混乱した勢いでもって、その会見がどんな内容になるのか問い質す。
「おおまかには、サハラ・アザリカ氏が市民の女性に横恋慕をして、誘拐紛いの事件を起こした、と説明させてもらいます」
端的に説明されると、しょうもない騒動でしかなくて、処罰も決まってるわけだから、静かに事件の幕引きをしたい意図が透けて見えるし、そこに反論はない。
ナナコさんのことを思うと、腹立たしいこと極まりないけど。
「同時に、ラグドール王の出自の公表と新硬貨の発表を行います」
「コインが新しくなるんですか?」
「ああ。ヤエコのものを、私の最愛の妻に変える」
答えたのはおじいちゃんだ。
硬貨の顔となるなら、すでに亡くなった人なのだと、とっさに思う。
それから、大勢いた妃の内の誰なのだろう、とも。
「イスズ、私の最愛は最初から一人しかいないよ」
おじいちゃんに優しくて寂しげな表情で告げられて、なんだか申し訳ない気分で俯いた。
この人が愛情深い人だっていうのは、研究所に救われた私が一番知ってるはずなのに。
ついでに、うっかり失言で真っ赤になった顔の誰かさんが思い出されて、複雑極まりない。
「そこで、イスズ嬢。相談なのだが」
「はい。なんでしょう」
話題を変えてくれるのを期待して、王様の切り出しに乗っかろうとしたのは大失敗だった。
「君達の熱愛を、後押しさせてもらえないだろうか」
「……は?」
ものすごく不敬で失礼だろうと、他のリアクションは取りようがない。
しばらく考えてみても、頭が真っ白しろだ。
「ラグドール王、よろしいですか」
ここで助けを出してくれたのはビービー。
「私は昨日から意見を変えるつもりはありませんし、いまの様子を見てもらえばわかるように、イスズには向いてないのです。何より、事実に一切基づいておりません」
いつもとは違う硬い態度に戸惑うものの、それ以上に、言っている内容がわからなすぎて混乱してる。
「イスズ、呆けてる場合じゃないわよ」
ナナコさんに脇腹を突つかれて、ハッとした瞬間に疑問が口からこぼれた。
「どこから熱愛が出てきたんですか」
と。
「どこからも何も、イスズ嬢とソレイユ・ヴァンフォーレによる熱愛ですよ」
すかさず、ラテアさんが呆れたような、心配なような顔で教えてくれたけど、これには間髪入れずにキッパリと言い返す。
「嘘はやめてください。私とソレイユさんの間には熱も愛もありません」
ここには当事者が私しかいないから、代表のつもりで、ふんと鼻息荒くも、しっかりと訂正をしておかねばならない。
「みなさん、ご存知でしょうけど、ソレイユさんは本当に気が滅入っていたんです。モモカ姫と顔を合わせただけで蒼白になって固まるしかなかったんですよ。あの、優秀で、賢く、冷静な黒騎士様が。それくらい参っていた上に、本人が望んだわけでもないのに普段から容赦なく不特定多数に好き好きオーラを飛ばされて、注目されまくってきた苦労人です。そういう人にとって、ロマンだけで成り立つオカルト現象を日夜追求する研究員なんて、珍獣どころか幻獣並みの特異な珍しさなわけですよ。だから、友情とか、ちょっとした敬意って感覚で好意を持ってくれただけで、つい、うっかり人聞きの悪い表現方法を使っちゃっただけなんです」
それを勘違いした拡大解釈で騒ぎ立てるのは大人のすることではないと、しっかり主張しておく。
ついでに、そんな明らかなる嘘をついてまで、何をしたいのか謎すぎると訴えてみた。
「そうだね。イスズ嬢の憤りは正しい。私達は、君らを見世物にしようとしているのだから」
だいぶ失礼な自覚はあったから、威風堂々と腰かけているラグドール王に主張を認められてホッとしたけど、ソレイユさんとセット扱いはやめてもらえないっぽい。
しかも、見世物とは、これ如何に……。
「我が国は、残念ながら、上流階級を気取る者ほど、愛人の数や権力で手に入れた見目のよい異性をステータスに思う者が少なくありません」
だから、互いに真心で想い合うカップルを大々的に取り上げ、そういう関係を憧れとして仕立てたいのだとラテアさんは解説する。
「でも、それなら、既にラグドール王が実行されてますよね。よく公務で、お妃様や王子様達と一緒の姿を見ますよ」
「世間がイスズ嬢みたいに、素直に見てくれたら助かるんですけど、問題の思想を持っている人ほど、パフォーマンスだと信じて疑わないんですよ。その点、黒騎士様は生真面目で清廉潔白、知名度も人気も抜群で、多くの話題と憧れを集めてくれるでしょう」
「ですが、その黒騎士様は、モモカ姫のお相手として人気ですよね。誰との熱愛でも、反感を買うんじゃないですか」
「心配はもっともなので、私からモモカとソレイユ・ヴァンフォーレは主従関係でしかないと説明させてもらうつもりだ」
「それは……」
王様が自ら否定するなら、この国では何よりの絶対だ。
それでも、モモカ姫ファンは騒ぐだろうし、二人の仲は身分違いに引き裂かれたと嘆く人が噴出するのは私でも想像がつく。
「モモカに悪気がなくとも、専属の護衛を置いて隙を見せたり、隣国の要人の予定を変えさせたのは事実だ。これまでみたいに、支持されているからと好き勝手させる気はない。周囲の人員も大半を入れ替える」
思ったよりも、こちらは大事になったみたいだ。
「そういう理由だから、イスズ嬢。悪しき風潮を変えるために協力願えないだろうか」
「無理です。それに、ソレイユさんに失礼です」
「やはり、そこに戻るわけか。そうまで言われては仕方ない。ラテア」
王様が視線を背後に向ければ、予め打ち合わせていたのか、ラテアさんは具体的な指示を受けずに部屋を出ていく。
暫し待つように言われて、こちらは本心を言ったまでとはいえ、やっぱり不敬だったろうかと不安になってきた。
「何、心配することはない。ただ、本人を呼んで確かめようと思ったまでだ」
「本人、ですか?」
「ああ。我が国の有能なる騎士、ソレイユ・ヴァンフォーレだ」
「え?」
心配するなと言われたはずなのに、安心するどころか、胃と心臓が痛くなるだけなんですけど。