表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
117/166

事情聴取


* Sideイスズ



馬車で連れてこられたのはドラグマニル公の本邸だ。

こちらに来たのは初めてなので、思わず、ほえーと見上げてしまう。


現役を退く際に新築されたものらしく、新しい建物ながらも装飾品や絵画は名のある骨董といった重厚さで、庶民の私は圧倒されっぱなしだ。

せめてもの救いは、しっかり髪をまとめて、最低限の化粧をしていることくらい。

ナナコさんに言われなければ、危うく、知り合いのおじいちゃんの家にお邪魔しに行くだけの感覚だった。


「やあ、二人とも。少しは疲れが取れたかい」


客間に案内され、親しげに話しかけてきた相手を見て緊張感が一気に働きだす。


「すみません。どうしても直に聞いておきたいことがありまして、予告なく参加させてもらっています」


言い訳をつけ加えてくれたのは、いつかの晩餐会という名の密会で給仕をしてくれた宰相の末息子だというラテア・ガバンさん。

その彼がフォローとしてついて回る主人となると、残念ながら見間違いや幻覚ではなさそうだ。

国の最高権力者、ラグドール王と同席になるらしい。


ビービーが一歩前に出て、胸に手を当てて礼をしてくれたので、私とナナコさんも続いて必死に覚えた淑女の礼をする。


「挨拶はそれで充分だよ。まずは、予定していた聴取を進めてくれ」


そうして、家主のドラグマニル公と真向いになる席を勧められた。

ビービーも同じソファに座ってくれたのは、気を使ってくれたからだろうな。


他にいる兄やサクラさんは騎士として同伴しているからか、ドラグマニル公の背後に立っていて、他は人払いがされている。


「怪我はないか」


おじいちゃんがナナコさんに最初にかけた言葉は、思い遣りに溢れた身内向けのものだ。


「はい。大丈夫です」


「そうか。では、気持ちのよいものではないだろうが、昨日のことを覚えているだけ話してもらえるか」


「はい」


王様の同席には驚いたものの、しばらくは見学のつもりなのか、やや離れたテーブルで静かに聞いているだけなので、ナナコさんは、とりあえずおじいちゃんを相手にしていればよいからか、しっかりと受け答えをしている。


私は隣に並んで、ナナコさんがひとり縛られていたことや、目の前で結婚式の話を進められていたことなどを聞いて犯人に殺意がわいた。

いや、殺意なんで生ぬるい。

生きている限り、ありとあらゆる不幸が舞い込む呪術を施してやらなきゃ気がすまないくらい。

そんな気持ちなのは私だけじゃないようで、ナナコさんを挟んで反対側に座るビービーの拳はギュウギュウ鳴るくらい握りしめられていて、ここに犯人がいたら一息で締めてしまいそうだ。


そうして、ようやく救出されたところまできて、聴取は以上となる。


「そこまででいい。気分の悪い話をさせて、すまなかったな」


「いえ」


向き合うおじいちゃんは、ナナコさんに悔いる気持ちが滲み出ている。


「……まだ正式には通達していないが、今回主犯のサハラは関連の領地を差し押さえた上で、私の持っている田舎の療養地に送ることにした」


「失礼ですが、ドラグマニル公。うちのナナコが被害に遭ったというのに、処罰はそれだけですか」


ビービーの言い様は不遜ながらも、似たようなことを思ってしまった。

前回のことはともかく、今回は目的が酷すぎる。


「地位があれば、人を拐い、無理矢理な婚姻を迫っても許されると? ほとぼりが冷めた頃に、戻すおつもりで?」


「いいや、そんなことにはならない。むしろ、そういった悪習を根本からどうにかしたいと思っている」


言葉以上の決意を感じるおじいちゃんに、ビービーの追求する勢いが削がれた。


「どういう意味ですか?」


「今回のことを踏まえて、ラグドール王の出自を明らかにし、実母を正式な婚姻関係として結び直させることにした」


それはつまり、サハラの生みの母を離縁させるということ?


「利害や身分でゴリ押しされて家族関係を築くと、碌なことにはならない。その末に生まれたサハラはもちろんだが、その原因を作った私もだな」


私にとっては気のいいおじいちゃんの告白は、なんとも居心地が悪い。


確かに、一昔前の後継者争いが拗れたのは、母親違いの候補者がごろごろいたせいっぽい。

先の王様だったんだから色々と複雑な事情があったのは想像がつくものの、個人的な感想としては、一夫多妻の関係はやだなと子どもみたいにモヤモヤしてしまう。


「公を庇うわけではないが、あの時代は過去王の負の遺産のせいで火種が国内外に多く、婚姻を結んで絆を得るしかやっていけなかったと聞いている」


これまで黙って聞いていたラグドール王がフォローに入ったけど、だからといって、仕方なかったとは誰に対しても言えないとおじいちゃん本人が否定した。


「隠居した身だからこそ、狭量な器で溢れ落としてしまったものを拾い集めることができると信じたのは、つまらない傲りだったな」


いつも楽しくて物知りなおじいちゃんは、そう静かに溢して、急に年齢以上に萎れてしまったみたいだ。


「……不敬を承知で言わせてもらえるのなら」


ビービーは言って、おじいちゃんが耳を傾けたのを確認してから続ける。


「どんな権力者や実力者だろうと、所詮、独りにできることは限られます。それでも、少なくとも、俺とイスズはあなたに救われました」


騎士を続けられなくなったビービーと居場所を見つけられなかった子どもの私。

拾ってくれたのは、研究所を任せてくれたおじいちゃんだ。


「ちょっと、所長。なんで、そこに私も入れといてくれないんですか」


不満げに文句をつけたナナコさんは、ストーカー被害を受けて前の職場を失った時に知り合いの仲介を得て事務職に採用されている。


「そうか。だが、救われたのはこちらの方だ」


泣きそうな、苦そうな、そんなおじいちゃんは誰よりも優しい顔をしていた。


「いい話が聞けたのはよかったが、公はもう少し謙虚に生きるとよい。いまの世は私の天下だ。責任と後始末はすべて私の権限下にある」


とんだ発言をしたのは、それに相応しい地位を持つラグドール王だ。

最高権力者による傲慢すぎる発言なのに、こんなにも思い遣りに溢れた言葉もないなと、この国の安泰を保証されたみたいで嬉しくなる。


「そういうわけで、今後の方針や監視は私や王家が請け負うから、君達は安心して、これまでの暮らしを続けてくれたらいい」


君達と言われて、ナナコさんと顔を見合わせて心から笑った。


「そこで、ひとつ、今後の方針で悩んでいることがあって、二人には参考意見を聞かせてもらいたい」


これで話は終わったのだと緩んだところにかけられた言葉に、私とナナコさんは首を傾げて王様に向き直る。

私の召喚は、単なる付き添いじゃなかったらしい。


「イスズ嬢、モモカついて、どう思う?」


「モモカ姫ですか……」


二人にと言ってたはずなのに、矛先は私なんですね。


「友人なのだろう」


なるほど、じゃないけど、なるほど。


「ええと……」


王様相手に、なんと答えたものか迷う。

けど、待たせすぎるのも失礼だろうし、頭がピンク色でぐるぐるし始めたところで、横からツンツンされてハッとする。


「正直に言った方が国のためよ」


ナナコさんの規模が大きすぎる発言に戸惑うと、王様も取り繕った見解はいらないと言ってくる。


「……モモカ姫は本当に可愛らしい人で、みんなが憧れて好きになるのも当然だなと思うんです」


色々言われても、まずは誉め言葉から入ってしまう。


「だから、凄く光栄ですし、ありがたいと思ってはいるんですけど、特別な存在すぎて、私ではモモカ姫を友人とは呼べないかなと……」


申し訳ない意見に誰の顔も見られなくても、それは本当の本音だ。


「モモカと身分差があるからか? それとも、会った時間か?」


これで解放されるかと思いきや、王様からの更なる追求がくる。


「えーと、それは、どちらもなくはないですが……」


わかりやすく目を泳がせる私の横で、ナナコさんが正直に言ってやれと訴えてくる。


「そのですね、モモカ姫は遠くから眺める人という感じで、それで言うなら、個人的には昨日会ったばかりのリリンさん、リリベル様の方が親しみを感じてたりしないわけでもないわけです」


私は頑張った。

頑張って本心本音をぶちまけた。

悪口のつもりはないけど、つい、すみませんという気持ちで頭を下げてしまう。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ