反省と迂闊
※ Sideソレイユ
やるべきことがある、役目があるというのはいいことだと思う。
我が隊長の指示は的確で、信頼して従える。
先ほどだって、貴族や役人を相手にすることの多いクレオス隊長は、サクラ団長がマスコミ対応を引き受けてくれて助かったと礼を言うばかりか、自分も対策を覚えたいから後日に教えてほしいと進んで頼んでいた。
さすがは隊長だと尊敬の念を強くしていた自分には、サハラ・アザリカの護送を命じられている。
モモカ姫やリックスレイド王子らと一緒に、ドラグマニル公に報告をしに行くためだ。
他の後処理はサクラ団長に任せ、ナナコさんを始めとする研究所メンバーは予定通りにコテージで一泊することになっている。
正直、この采配にはとても感謝している。
それでなくても、ちょっと気を抜けば、両手で顔を押さえ、じたばたと寝転がって身悶えしそうで堪らないのだから。
もし、ここにイスズさんが残っていたら、どんな顔をしていいのかわからない。
本当に、なんで、あんなところで、うっかり本音を暴露してしまったのか……。
正直なところ、告白は遅かれ早かれしていただろうと思っている。
自覚したばかりだし、護衛の間だけだと夢をみながら再び会う機会があると知って動揺しまくっていた小心者がよくも、まぁ……とは自分でも鼻で笑い飛ばしたくなるけれど。
色恋に関して、散々迷惑を被って疲れ果てていたというのに、こんな積極的な気持ちになるなんて思わなかった。
人生はつくづく未知に溢れている。
「……それにしても、アレはないよな」
「アレとは?」
警備所所有の馬車の中、声に出ていたらしいぼやきを連行中のサハラが繰り返してくれたが、無視をする。
まともに相手をすれば、殴りかかってしまいそうなので、最低限に視界の端に留めているところだ。
しかし、どれだけ不快に感じようと、コレが迷惑をかけなければイスズさんと出会う機会がなかったのだと思うと複雑で仕方ない。
オカルト研究員と半人前の騎士。
普通なら、すれ違うこともなかったはずの二人。
それも、出会ったからといって、イスズさんの性格的に、自覚した側の自分がここで秘めた想いに満足していては、細く繋がった糸などあっさり終わってしまうに違いない。
頑丈な繋がりを持ちたいと願うなら、こちらが動くしか手はないだろう。
だからこそ、手順というか、段取りというか、雰囲気というか、そういうところを大事にしたかったのに。
イスズさんに意識されていないのは確実なので、余計に、まずはお友達からと始めたかった。
しかし、あの告白はうっかりな分だけ心底本音であり、率直な気持ちだった。
「はあ」
今回のことが落ち着いたら、手紙を送ってみようかなと彼女に切ない想いを馳せつつ、いまは護送に努めるのみだ。
* Sideイスズ
誘拐事件の翌朝、疲れが取れた気がしないまま早めに目が覚めた。
布団の中で呻きながら体を伸ばして、はっとする。
昨夜はお互いに落ち着かなかったので、ナナコさんとひとつのベッドで眠ってたのを思い出したから。
だけど、ナナコさんはまだぐっすりと夢の中で、寝顔も美人だなとか確認した後、ひっそりと起きる。
顔を洗って、身支度をして、だけど、部屋まで出ちゃうとナナコさんが起きた時に心配させるかなと思ったから、窓辺に寄ってみた。
この部屋は湖とは反対側だから風光明媚とはいかないものの、朝の爽やかな気分は楽しめるかなと顔の分だけカーテンを開いてみたら、道の向こうから馬車が駆けてくるところだった。
観光の送り迎えにしては早い時間だなと思って見てると、御者として乗ってるのはビービーだった。
「ってことは、昨夜は帰ってこれなかったのか」
寝不足のビービーは顔つきも柄も悪くなるんだよなぁ、とか心配しつつ、どのくらいの症状が出ているか確認しようと背伸びをしながら窓に張りついてたら、背後で動く気配がする。
「ナナコさん、起こしちゃいましたか」
気だるげで色っぽいナナコさんは、スッピンで寝ぼけ眼の無垢な愛らしさも持ち合わせていて、これが大人可愛いってやつかと見惚れてしまう。
そんな当人は気の抜けたあくびをして、ふと見つめ会った瞬間から、いつものシャッキリ感を取り戻していた。
「おはよう、イスズ。早かったみたいだけど、ちゃんと寝れた?」
「おはようございます。大丈夫です。それに、今日は帰りますから」
「それもそうね。ところで、所長は?」
「なんか、いま、帰ってきたみたいです」
「ふうん。まあ、関係者が関係者だものね」
拐われたのが正当なお姫様と実はお姫様な庶民であり、拐ったのが王族の一員であり、助けたのが騎士団と隣国の王子様というラインナップだ。
そりゃ、当然、取り調べも時間がかかるだろう。
でもって、昨日は免除されていた当事者のナナコさんも、本日はしっかり召集されている。
「行けそうですか?」
「面倒なことは、早く終わらせるに限るでしょ。それに、所長が同行してくれるらしいし、聴取の責任者はドラグマニル公が請け負ってくれてるらしいから、なんとかなるわよ」
手早く着替えたナナコさんの本日の服は、帰る時用に持ち込んでいた、いつものお洒落なお姉さん仕様だ。
「イスズ、悪いけど、先に降りて話聞いてきて」
言いながら、鏡台の前に陣取って、化粧水を広げながら顔のマッサージを始めている。
「わかりました。朝食は下で、みんなとでいいんですよね」
「いいんだけど、ホテルの気遣いでおまけされたデザートをブレッドにわかりやすい顔つきで羨ましがられるのは勘弁してもらいたいわね」
それは女性だからとサービスしてもらった私も激しく同意なんだけど、ブレッドと食いしん坊仲間の自覚があったりもするので、極めて複雑な気分だ。
一人で部屋を出ると、手すり越しにビービーがコテージに入ってくるのが見えたから、早足に階段を下りる。
「ビービー。おかえり、と、おはようのどっちがいい?」
「どっちもがいいな、イスズ」
苦笑するビービーに不機嫌な様子も濃いクマもないので、睡眠時間はもらえてるみたいだけど、見るからに疲れてはいるっぽい。
「大丈夫? ご飯は食べてきた?」
「ああ、軽くな。ただ、ちょっと納得のいかない件があって、休憩を挟んでから追加情報を元に話し合ってきたんだが、最後まで平行線で、折衝案を採るしかなかった」
さすがに、関わった面子がやんごとない方々ばかりなので、処罰するにも色々とあるのだろう。
「それで、悪いんだが、イスズも一緒に馬車に乗ってくれないか」
「うん、わかった。あ、でも、荷物はどうしよう」
「ナナコの分も含めて、クリップ達に任せればいい」
「了解」
男だらけのオカルト観光案内に同性としてナナコさんが付き添ってくれたみたいに、今回は私が付き添えばいいのだろうと考えたから簡単に了承の返事をする。
だけど、その事情聴取的お話し合いで無傷の私が話題の中心になるなんて知ってたら、絶対、迂闊に了承しなかったのにと後悔の渦に巻かれる時には、にっちもさっちもいかなくなってた。