だいじょばない
* Sideイスズ
「大丈夫?」
「大丈夫だけど、大丈夫じゃない」
「でしょうね」
コテージに戻って、ナナコさんと部屋で二人きりになり、慰められているのが誘拐を免れた私の方だっていうのが情けなすぎる。
ついでに、お茶の用意までしてくれるとか……。
ありがたいけど、いまは甘くて優雅なのちょっと気分じゃないんだけどなぁとか思ってたら、ホテルの気遣いなのか、用意されていたのが落ち着くハーブティーだったので口にしてみる。
「なんか、ぜんぶ夢みたい……」
お茶に癒され、ぼんやりした頭で本音が零れた。
だけど、本日、一番労られるべきナナコさんは容赦がない。
「気持ちはわかるけど、昨日から王子様のオカルト観光案内の接待をしていたことも、モモカ姫の乱入からの誘拐事件も、無事救出してホッとしている最中にマスコミ登場によりソレイユさんがうっかり告白しちゃったのも、全部が全部、現実よ」
「うっ……ですよねぇ」
簡潔に、余すことなく言葉にされて項垂れる。
特に、最後のうっかり告白が後を引く。
あれは誰がどう見てもうっかりだった。
あの場でソレイユさんがマスコミに邪推されたのは、体が拒否反応を起こすほど苦手なモモカ姫に、まったく無関係なリリベル嬢。
加えて、彼氏持ちで、実は王族の血を引くナナコさんだ。
彼女らと比べれば、目映い美貌でモテすぎて困ってた人にとって、オカルトオタク研究員は見慣れない珍獣枠で好感を持てたんだと思う。
しかし、その特別さは恋愛感情とは似て非なるもの。
きっと、大いに焦ったことだろう。
あの弱りきって首すじまで赤くなっていた顔は、脳裏に焼きついて薄れない程の破壊力を持っていた。
「はあ、すごい残念」
「イスズが残念? もしかして、あんたみたいのでもロマンティックな告白とかに憧れがあったわけ?」
小さな小さなぼやきだったのに、すかさずナナコさんに拾われた。
「違いますよ」
あれを恋愛的告白にしてしまっては、ソレイユさんが可哀想だ。
ただ、個人的に、こんなことがあっては気まずくて、今後に続けられる関係がありえなくなったのが残念なだけ。
あんなことがなければ、今回の観光案内が終わって、本当になんの柵がなくなっても、街で会ったら声をかけてみたいなとか珍しく前向きに考えてた。
なんだったら、おもいきって、年末にグリーティングカードを送ったりしてみようかとさえ想像してた。
でも、もう無理だ。
うっかりにしろ、あんなことを言われてから近づいたら、絶対に痛い勘違い女扱いされる。
それを乗り越えてまで、ソレイユさんと友情を深める図々しいメンタルは私にはない。
それくらいだったら、これまでのいい思い出を独りでこっそり大切にしておきたいと思ってしまう。
なんてことを考えてたら、コンコンと控えめなノックが聞こえてくる。
「僕です、ジェットです」
窺うような声がかけられて、ここでもすかさずナナコさんが対応に立ち上がった。
「食事は予定通りの時間で、ビームス所長は、やっぱり夜遅くに戻ってくるそうです。それで、ナナコさん達はお風呂、どうしますか? 入るなら、僕達は後で構わないので確認しに来たんですけど……」
「あ、だったら、食事前に入りたい。ここの、使っていいんでしょ」
「はい、もちろんです。でも、大丈夫ですか」
そう言って、ジェットはナナコさんの包帯が巻かれた手首に目を向けている。
「たぶん、染みるでしょうけど、それでも入りたい気分なの」
「わかりました。みんなに、そう伝えておきます」
本来なら研究所メンバーだけの宿泊なのだけど、状況が状況なので、残党の逆恨みを警戒して、兄が何人か騎士様を残してくれている。
王子様と従者さんは当初の予定に倣ってドラグマニル邸に向かい、クレオス隊とビービーが付き添って行ったため、周辺の事後処理はサクラさんが中心になって進めてるとか。
ちなみに、捕縛された人達は護衛所預かりなんだけど、主犯のサハラ・アザリカだけは隊と一緒に連行されて、見張りとしてソレイユさんが指名されてたのを朧気ながら覚えてる。
そんな確認を脳内でしてたら、ジェットがじっと視線を送ってきてた。
「ナナコさんのお風呂に付き添えるのはイスズさんだけなので、お願いしますね」
口許に手を当てて小声で頼んでくるジェットにハッとする。
そうだ。
いまは、恐いめに遭ったナナコさんを優先すべきだった。
「うん、今度は私に任せて」
力こぶを握って気合いを見せながら、ナナコさんの世話をするのだと張りきる勢いの片隅で、心の平穏を確保するために僅かばかりの現実逃避させてもらう。
どうせ、私が何を考えようと、ソレイユさんに会う機会はもうないのだから、あのうっかりなホニャララもなかったことになるのだろうし……。
頭を振って、ナナコさんのお世話以外の雑念は振り払い、胸を叩いて任せてもらおう。