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はじめまして


* Sideイスズ



コテージからソレイユさん達を見送ると、宣言通りに心当たりを探すべく、騎士様二人を連れて外に出る。

辺りは、ありふれた休日っぽいけど、勘のいい人達は何かを察して帰るなり野次馬をするなりの気配が見てとれた。


「コーセイさん。どちらを探すつもりですか?」


「この辺にいないのなら、停車場を回ってからホテルの本館に行ってみます」


騎士様の一人に確認されて、迷いなく答える。

無理のない予定だからか、簡単に了承してもらえたので、サクサク回ってホテル本館の受付に到着した。


「すみません。ついさっき、ロッジを借りた方はいませんか」


「申し訳ありません。他のお客様の情報はお教えできかねます」


「ですよね。では、該当する方に手紙を渡してもらえませんか」


ついさっき、部屋でできるだけ丁寧に書いてきたものを両手で差し出す。


「そう言われましても……」


「話し中にすみません。私達はコテージに泊まっているこういう者で、身元は確かなので、声をかけるだけでも願えませんか」


相手が相手だから渋られてるんだろうなとか考えてたら、なんと、付き合ってくれている騎士様から援護してもらえた。

ちらりと見せた記章と王子様の関係者発言は絶大らしく、少々お待ちくださいと対応してくれる。


「あの、ありがとうございます。助かりました」


「いいえ。ところで、どなたを探しているんですか」


「ええーと、名前は知らないんです」


「は?」


どういうことかと問いかけられても、曖昧な笑いで誤魔化してると、対応してくれた受付の人が戻ってきて、案内してくれることになった。

まずはホッとしながらも、身だしなみを気にしてスカートの裾を伸ばしてみる。


ホテルを出て、コテージと比べたらこじんまりとしたロッジがいくつか並ぶ内のひとつに導かれて、少々緊張しつつ、取り次ぎを待つ。

すると、お忍びといった佇まいの可愛らしい令嬢が姿を現した。


背後で騎士様達のぎょっとした気配がするのは、家名を知ってるからかな。

私が知るのは、やんごとなきご令嬢というだけで、正確なところは顔さえ見たことがないわけだけど。


「はじめまして。ナナミンのご友人のイスズさん」


「突然の訪問で、申し訳ありません。そのナナミンさんのことで、何かご存知ないかと思いまして」


「でしょうね。リリンの名前を知っていたあなたなら、喜んで協力いたしましょう」


いかにも淑やかな仕草に、どぎまぎしっぱなしだけど、令嬢は思いの外、親切に応じてくれる。


「悪いけれど、護衛さん達は外でお待ちいただけるかしら。中にいるのは、私だけですから」


戸惑う騎士達に、令嬢は先に中を改めてもよいとまで提案してくれる。

私としては、そこまでしてもらわなくてもと思ったけど、片方の騎士様が遠慮しないで確認をしてから話の場が整った。


「どうぞ、楽になさって」


華のように微笑み、手ずからお茶を入れてくれるので、小心者の庶民は緊張と焦りで冷や汗まみれが落ち着かない。


「わかってるわ。だから、受付で私の本名を出さずに、手紙でリリンの名を書いて面会を申し出たのでしょう」


こちらの意図がちゃんと伝わっているようで、少しだけ肩の力を抜けた。


一応、ナナコさんから聞く分には、庶民でもわかる名家らしい。

こんな状況でもなければ、一般庶民が顔すら会わせられる相手ではないので、あくまでもナナコさんの知人として面会させてもらっている形式は念のための命綱だ。


「あの、リリンさんとお呼びしても?」


「もちろん。あなたなら……そうね、イズイズかしら」


ナナコさん達があだ名で呼び合うのは、女子会で身分や立場を気にせず情報交換するためだと聞いてるから、自分には縁がないと思いながらも、ちょっぴり仲間に入れてもらえたみたい照れくさい。

けど、そんなことで喜んでる場合でもないので気を引き締め直す。


「リリンさん。緊急事態につき、率直に聞きます。リリンさんがここにいるということは、見ていたと思っていいですか」


「そうね。見ていたというか、後をつけさせているわ」


期待してた以上の答えに、思わず前のめりになる。


「だから、いつも通り、事の次第を知らせに母が馬車で向かってるの。私は追跡結果待ちよ」


誰に報告に行っているのかをぼかされて、頭が冷えた分だけ身が引けた。


「そんな顔をしなくても、時期に解決するわ」


それはそうだろう。

王族に一報が入るのだから。


リリンというあだ名の令嬢の家が代々ロイヤルファミリーの熱烈な追っかけだというのは、一部で有名な話らしい。

彼女の祖母は追っかけ活動の最中に機転を利かせて王族を救ったと表彰され、さきほど話題になった母親は自主的な広報活動により現王妃に公認されている強者だ。

当然、リリン嬢も本能に刷り込まれてるかの如く熱心な活動をしているわけで、彼女らが動くのは、あくまで、敬愛して病まない王族のために限る。


優雅に微笑み、見とれる仕草で紅茶を味わうリリン嬢は可憐な雰囲気に反して厳しげだ。


「イズイズも、遠慮しないで召し上がって。一緒に、ここで報告を待ちましょう」


それは確かに、正しい対応なのだろうけど……私には無理というもの。


「それとも、お身内の失態をカバーしたくて、訪ねて来られたのかしら?」


猫のように細められた目で観察されて、少し肩を揺らしてしまう。


今回のクレオス隊の任務は王子様の護衛だ。

そこに関しては忠実に遂行していたし、楽しんでももらえていたわけで、全てはナナコさんを誘拐しようと企んだ人物こそが悪いに決まってる。

だとしても、責任感の強い兄が誰よりも自分を責めることを知ってるから揺れてしまった。


「あなたがどうしてと言うのなら、考えてみないこともないですわよ」


なぜ口外していない関係を知っているのかは愚問なんだろうと思いながら、気難しい令嬢を相手にしている気配は庶民を怖じ気づかせるに充分だけど、ここで望む成果も得られずに逃げ帰る選択肢はない。


「そんなことのために、こんなところには来られません」


兄を、共にした騎士達をどうでもいいと思っているわけがなくても、突き放した言い方をして返す。


「では、なんのため?」


「もちろん、ナナコさんの安全のためです。だから、もし、ナナコさん達が匿われている場所に最も近いのがクレオス隊なら、その有利性を無駄にしないでください」


クレオス隊は、私なんかが心配しなくても実力と信念があるから問題ないと信じてる。

だから、何よりもナナコさんが優先だ。


「……そうね、そうよね」


視線を落としたリリンさんがこぼしたのは、私に対してというより、呟きに近いもの。


「私だって、ナナミンが心配だわ。友人なのだもの。それに、モモカ姫は、ずっと私が追いかけてきたのよ」


次に顔を上げた時には、高貴な令嬢ではなく、リリンという名の、少し年上の女の子にみえた。


「イズイズ、ごめんなさい。私から名づけたのに、それを壊しちゃって」


「いえいえ、そんな! 私こそ、いきなり押しかけて、取り合ってもらえなくても当然だったのに」


いかにも申し訳なさそうな眉に、こちらの方が慌ててしまう。


「たぶん、母がいたら、取り合うなと言ったでしょうね」


「ですよね。一応、お礼というか、取引材料として、この前のお茶会とか今日の女子会の様子の話で、どうにかならないかなと思ってたんですけど……」


自信なく作戦を口にした途端、リリンさんに身を乗り出して迫られた。


「何それ、すごく素敵な提案じゃない! そんな確実な手土産があるのに、どうして手紙に書いて寄越さないのよ。だったら、母が相手でも話くらい聞いてくれたわよ」


まっすぐに向けられているキラキラした目は、期間限定のメイクセットを前にしたナナコさんのよう。

なるほど。

確かに、生粋のロイヤルファミリー追っかけらしい。


「ああー、違う、違う。その話はとっても魅力的だけれども、いまはそんな場合じゃ……いえ、待って。いっそのこと、その話を担保にイズイズと手を組んじゃいましょう!」


「はい?」


名案とばかりに両手を合わせて立ち上がるリリンさんに、呆然と見上げてしまう。


「私ね、本当のところ、ここに置いていかれた状態だったの。馬車を急がせるのに最低限だけ連れた母にね。でも、スピードだけで言うなら、私が単騎で走った方が早いのよ。なのに、私は若輩だから控えてなさいって。もう、悔しいったらないじゃない。それで、イズイズにも八つ当りしちゃったわ」


ごめんなさいと改めて謝るリリンさんは、反省してるというよりも、わくわくとイタズラを企むピクシーみたいに輝いている。

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