当たり
※ Sideソレイユ
「マッシュ、挨拶はその辺で。それより、なんでも屋の情報がほしい」
「えー。知りたいのって、それなの。オイラ的に、これから高確率で値が上がる情報なのに」
「だから、悪いって言っただろ。時間が惜しいから、早く教えろ。ナナコさんが拐われたんだ」
「え、ナナコさんって、研究所の受付やってるお姉さん?」
店番の窓口からマッシュが身を乗り出したまま驚いているけど、自分も驚いた。
状況を素直に伝えてしまうのかと。
しかし、それほど信頼の絆があるからこそ有能な組織でいられるのだろう。
「なんでも屋はホントに最近できたばっかりだし、依頼内容とかは、ぜんぜん出てこない」
「構成員については?」
「確証はないけど、どっかのヤバイところから世間に出せない資金を引き出して逃げてきたんじゃないかって噂がある。店舗はそこそこの立地にあって、あれだけ胡散臭いのに堂々と看板挙げてるからね」
「他の拠点は?」
「いまんとこ、挙がってるのは五・六ヶ所。他にもないとは言いきれない。そういうとこも、金持ってんなぁって感じでしょ」
「厄介だな」
「でも、中心の人数的には少なそうっぽいかも。慎重だからか、あんまし人を信用しない系みたいな」
「となると、誘拐現場に来てたのは代表自身か、腹心の可能性が高いな」
考え込むジェットに、マッシュは窺うように確認する。
「ね、今回動くのって、このメンバーだけ?」
「いまのところは。けど、別の角度から騎士隊が動いてるし、拠点が多いなら、こっちはこっちで人手は必要だろうな」
「え、騎士さんが動いてんの!? あ、でも、少し前にイスズ姉ちゃんの件でも、騎士さんがアシストしてくれたんだっけ。だったら、やっぱし、サクラ団長かな」
「サクラって、下町の英雄、サクラ・トラスト?」
ここで口を挟んだのは王子だ。
「そうっす。あの人、イズクラ会員なんで」
訓練で世話になったことのある頼れる姿を自分は思い出すが、ジェットと研究所メンバーは少々異なるイメージのような顔をした。
「あー……そういえば、なんでも屋のある通りって、イスズさんが通う古本屋さんが並んでましたね」
「もしかして、ブックカウントか?」
「でも、そこって、年に一回、行くかどうかの店じゃなかった?」
「サクラ団長が動く理由なんて、それで充分だよ」
「だろうなぁ。あの人、本当にイスズがドストライクだから」
ん? という顔の王子に、ジェットが遠い目をして答えたのが「努力家のしっかり者で、敏い賢さがあるのに自分の周辺には鈍感な女の子を、その子にだけ悟らせずに囲い込んで周囲を牽制するのが趣味らしいです」というものだった。
「ついでに言えば、イスズさんが何か察したらやめるそうですが、いまのところ、やめ時は見えないそうです」
おまけ情報まで聞いた王子は、ひとつ頷いて一言。
「それ、イスズちゃん的に、一生気づかないやつだね」
笑顔で身も蓋もないことを言ってくれるものだと思ったけれども、自分にも覚えがないわけでもない。
イスズさんと雪鈴亭で相席となった時、自分がついていけないオカルト話で盛り上がられたことを思い出す。
いま思うと、あれは完全な牽制だった。
そして、イスズさん自身は、うっかり盛り上がりすぎたと純粋に申し訳なさそうなだけだったので、見事なお手並みという他ない。
「でさ、今朝方にきたお客さんが、なんでも屋に冷やかしに行ってみたら、手が空いてないから後日にしてくれって追い返されたってぼやいてったんだけど、あれってサクラ団長の部下さんのはずなんだよね」
「イズクラに情報を流してくれたんだろうな」
「なんでも屋が朝から動いてるとなると、こっちの当たりの可能性が上がったか」
ジェットとビームス所長が各々感想を口にすると、サクラ団長に会うべく移動となった。
護衛所を転々としている団長の居場所は、マッシュの情報を頼りに急ぐ。
「遅かったな」
会えなくて探し回る想定もしていたものの、サクラ団長は最初に訪ねた護衛所の門に立って待ち構えていた。
戸惑いと共に嫌な予感がしていると、渡された手紙を一同で読んで頭が痛くなる。
そこには、騒ぎにしない内に最速で解決するよう、ドラグマニル公の署名つきで指示されていた。
「いつの間に……」
「人海戦術を敷いてるから、俺らは本拠地が判明次第、乗り込んでお姫様を助け出せばいい。それまで暇なら、希望者の多い救出部隊の人選を手伝ってくれ」
続々と情報が寄せられる中、知らずに動いてるだろうクレオス隊長に同情に似た申し訳なさと解決後のあれこれが不安になるのものの、下っ端の身の上としては、ひとまず救出に精一杯努めようと思うばかりだ。