囚われの姫君
∞ Sideナナコ
今回の接待観光は、あちらこちらに気を使って忙しかった。
所長からイスズの緊張緩和剤役を頼まれ、いざ前乗りして打ち合わせてみれば、要観察対象のソレイユさんが怪しげなことになっている気配。
斜めに悟りを開いているイスズにはいい機会だとは言え、場所もタイミングも悪すぎたから、応援しつつも、意識しすぎないよう誘導しておいた。
二日目にジェットが合流してきた時は、むしろ、遅かったなと思ったくらい。
あの、忠犬まっしぐらなジェットが黙って見送るわけがない。
だから、私が想定外で困ったのは、まさかの人攫いに遭ったこと――ではなく、可愛らしい見た目のちょっと不思議ちゃんなお姫様に関して。
「あら、サハラおじ様。ここは新しい別荘かしら」
連れられた、いかにも廃れたオフィス感のある一室でこの発言。
いや、推定誘拐犯のいるテーブル席だけは整ってるけど。
「なぜ、モモカがここに?」
びっくり目を丸くして立ち上がったのは、おじ様と呼ばれたサハラという中年に入りかけの男。
無謀にも自分が現王に成り代わるため、私の生まれを暴いて騒ぎにしようとした迷惑な王族だとすれば、ある意味、納得の犯人だ。
その時に直接被害を受けたのはイスズだったけど、後で事情を聞かされ、逆恨みで何かされる可能性を考えないではいられなかったから。
「まあ、来てしまったものは仕方ない。誰か、お茶の用意を」
変に動じないサハラは、モモカ姫に席を勧めると、トンでもないことを宣言してくれる。
「いい機会だから、知らせておこう。私は、これを妻にすることにした。モモカも、よくしてやってくれ」
「まあ、そうでしたの。知りませんでしたわ」
なんて、のんきで勝手な会話を、これ呼ばわりで妻と指名された肝心の私は手足を縛られ、口を出すことすらできない状態で床に転がされながら見上げるしかできないことが憎らしくてならなかった。
※ Sideソレイユ
確信ないの推測で動くことになったイズクラ一行は、城下の裏道まできている。
「なんだ、なんだ。こんなところに大人が寄ってたかって」
雑貨屋に併設してある煙草販売の窓口番をしている少年に、ぎょっとされるのも仕方ない。
移動後、近くの警備所に預けてきたが、研究所メンバーに王子達も揃ってぞろぞろと歩けば異様に見えようというものだ。
ところが、少年は一団を率いているのがジェットだとわかると、手を上げて歓迎する。
「悪い、マッシュ。イズクラとして情報がほしい」
「いきなりじゃん。ま、いーけど、大勢なんて珍しいね。あと、知らない顔があるのも珍しい」
ジェットと同年代のそばかすが散った店番少年は、好奇心を隠さずに窓口から身を乗り出して興味津々だ。
「ついさっき会員になったばかりのリックだよ。後ろの赤毛はおまけの従者。よろしく」
「オイラは自称情報屋のマッシュ。今後は、ご贔屓に」
ちゃっかりと売り込みをするマッシュは、まじまじと王子を見つめている。
「マッシュ少年、何か気になることでも?」
聞いたのは従者のキース。
「いや、イスズ姉ちゃん、また大物を引っかけたんだなぁと思って」
どういう意味だと思っていたら、マッシュの視線はこちらに移っていた。
「いつも、お世話になってます。黒騎士様が護衛についてるってことは、新人会員のリックさんはすごい人ってわけでしょ。それでなくても従者とかいるわけだし。あ、でも、イズクラでの付き合いでは不敬とかなしでお願いします」
王子はもちろんと気にしていないが、自分には引っかかるところがあった。
「はじめましてですよね? それに、なぜ、任務中だと思うのですか」
「それは、もちろん、はじめまして。ただ、どんな雑誌も黒騎士様特集号だけ圧倒的に売り上げが違うんで、勝手にすっかり顔見知り気分なだけなんで、気にしないでください」
「そうでしたか……」
まったく預かり知らぬ上に間接すぎる関係に、返す言葉が見つからない。
「任務中がわかったのは簡単っす。前にジェットが、黒騎士様は絶対にイズクラには入らないって言いきってたのに、この面子と一緒だから仕事だろうなって」
それは確かに納得の理由だ。
しかし、絶対とつけられたところに、ジェットの含みを感じないでもない。
というか、こんな時なのに、余計なことに気がついてしまった。
年下で、健気に慕っているジェットをライバル視している己に。
俄に自覚した自分がどの面さげてと自制しつつ、いまは事件に集中しようと深追いをしないでおこう。