絆と信頼
※ Sideソレイユ
思わぬ流れでナナコさん達の救出会議に参加となり、望んでいた展開にも関わらず、ひどく複雑な心境でいる。
ジェットみたいに役立つ肩書きがあるわけでもなく、あくまでリックスレイド王子の護衛要員としての参加資格なだけで、事情を把握しているのも成り行きでしかない。
何より、ついさっき、手離すしかなかったイスズさんのぬくもりを惜しんでいる自分がいるので、騎士の矜持で誤魔化して視線すら向けられない不甲斐なさでは、この上なく居心地が悪かった。
そんな未熟な葛藤など関係なく、時を争う会議は進んでいく。
「じゃあ、前に捕らえた連中の可能性はないんだな」
「クレオス隊が駆除した取り巻きは、まだ再集結した気配はない。指示してた当人も一ヶ月の謹慎の上に、当面は私的な資産の制限がかけられてるからな」
調査ついでに、雑誌の記事として使おうかと掲載会議に提案したものの、売上に繋がるほどの人気がないと上司からボツを喰らった情報だとフェイルが語る。
「となると、可能性は低いか」
「いえ、可能性はあります」
ビームス所長の意見に反論したのはジェットだ。
「最近、動きが活発な新興グループがあって、後ろ楯を探している気配があると報告が挙がってます」
「それは、なんでも屋か?」
クレオス隊長の確認に、ジェットは頷いた。
「最近になって、うちの隊でも聞く名だな。依頼内容と金額に見合えば、看板通りになんでもするとか」
「摘発できないのか?」
所長の疑問に、隊長は否定する。
「守秘義務を名目に依頼内容はもれてきません。堂々とキナ臭い看板を掲げている反面、客は慎重に選んでいるようです」
「そういう組織が目をつけそうな御仁なのかい? その要注意人物は?」
王子の疑問に、ジェットはありえると答えている。
「ジェット。なんでも屋に関する情報は?」
「表の店舗は大通りに一店だけですけど、商会名義でいくつか拠点があるようです。どれも、見張りがいるようですが」
「なら、隊で動くと警戒が厳しくなるか、逃げられるかもしれないな」
隊長の意見に、だからこそのイズクラだろうと王子が言う。
「うちの騎士隊を陽動に使う、ということですか」
「そうじゃないよ。確信のない中、他の可能性も含めて騎士隊は広域で探っていくべきだと言いたいだけ。逆に、確信がないからこそ、市民に紛れるイズクラがピンポイントで動くのが的確だと思わない?」
「それは……」
言い淀む隊長に、所長も後押しするよう言い添える。
「リックを肯定するわけじゃないが、ナナコは研究所に来る前にストーカー被害に遭ったことがあるらしい。俺から言い出したことなんだが、他の線を消してしまうのは早すぎる」
イズクラが確かな情報を得れば、無理に動かず連絡するとの提案をされ、しばらく黙り込んだ隊長は二手で役割を変えて動くことを許容した。
「イスズはここに残って……」
ビームス所長は呼びかけたけど、イスズさんはあごに手を当て、何かを考え込んでいる様子だ。
「駄目だからな」
「ひとつ、当たっておきたい伝手があるの」
「イズクラが動く」
「それは聞いてたけど、私は会員じゃない」
「イスズ!」
どちらも頑固な顔つきで睨み合っていたところに、するりと割って入ったのは隊長だ。
「具体的に何がしたいんだ」
「ナナコさんの知り合いを探したい。たぶん、ここに来てると思う」
「いなかったら?」
「諦める。というか、いなかったら得られる情報もないと思うから必要ない」
「なら、うちの隊から二人つけてやる。キジ湖の敷地から出ない。一時間以内に戻ってくること。約束できるか」
こくりと頷くイスズさんは、気合い充分の様子だ。
そんなやりとりを眺めていると、隊長というより兄と妹だなと感じる。
「クレオス……」
「俺もイズクラ会員として、伊達に付き合っているわけじゃないですからね。大丈夫です。うち隊員は鍛えられていますので」
そう言われれば、ビームス所長は引くしかないだろう。
イズクラ会員としてと言ったが、兄としての長い付き合いであり、現役の隊長としての提案なのだから。
「……わかった。どうか、イスズを頼む」
「言われるまでもなく」
話にけりがつくと、所長は他の研究所メンバーや王子達と軽い打ち合わせを始める。
これからは、各々の役割に分かれて行動となる。
「絶対にナナコさんを助けましょうね」
観光課の馬を借りての移動の目処がつき、コテージを出る段となって、見送りに来てくれているイスズさんに、ジェットが声をかけていた。
「頼りにしてるからね、ジェット」
「はい。任せてください」
続いて、所長がポンとイスズさんの頭をなでていく。
「大丈夫。心配してくれてるのは、わかってるから」
「ならいい」
そんな光景を視界の端に入れていると、自分にはクレオス隊長から声をかけられた。
「頼んだぞ、ソレイユ」
リックスレイド王子が賓客よりもイズクラ会員としての立場を優先すると言い張るため、内情を知る自分一人が騎士としてついていくことになったけれども、不安はない。
「はい」
胸を叩いて、期待に応える宣誓とすれば、隊長は理解しているように頷き返してくれた。
ちなみ、イスズさんの方は、いつも三人でいることの多い先輩騎士の内二人が護衛につくことになっていて、合わせて見送りにも来てくれている。
と、不意にバチリと眼鏡越しに目が合って、ああ、やっぱり自分は修行が足りないと嫌悪に陥る。
視線が重なった途端、どこにも行きたくない気持ちに占領されかけたから。
「イスズさん、行ってきますね」
そんな言葉が出てきたのは、挨拶というよりも、駄々をこねたがる自分に活を入れるため。
「はい」
対する返事は、出かけの挨拶に呼応したものとは言いがたいもので、だけど、時間が止まった気がした。
気持ちに追いつかない表現力が歯がゆいほど、見惚れてしまったせいだ。
信頼しきった無防備さで、はにかんだ緩い笑顔を向けられた。
そうとしか自分には思えてならなくて、その愛らしさに心臓をがっしりと鷲掴みにされて、騎士の矜持どころか我さえ忘れて虜になる。
だけど、幸福な衝撃は、本当に一瞬のこと。
すぐに条件反射で身構えたくなる類の視線に晒されて緊張が走る。
おそらく、この場の半数くらいが鋭いものを、でなければ、剥き出しの好奇心だと考えられる意識が一斉に向けられた気がする。
目線を動かして確認しなかったのは、相手と鋭さの程度がわかると己のメンタルがやられてしまうと感覚で察してしまったから。
これから救出という大事の前に、私的なことで気力を削がれるわけにはいかない。
それで、少しだけ冷静さを取り戻すと、何も気がつかなかった振りをしてイスズさんに笑顔を返してから、目の前の事態に集中しておいた。