饒舌
※ Sideソレイユ
「イスズさん、何かあったのですか」
つい問いかけてしまった途端、一斉に注目が集まる。
当然だ。
なんらかの事件に巻き込まれただろう人物に、何かあったのかなんて聞くまでもないことなのだから。
なのに、視線が絡み合うと、疑惑だったものが確信へと変わっていく。
「何かって、何も……」
そんな返事をされたけど、それこそ何かあったと白状しているようなものだ。
戸惑うイスズさんだけを見つめていると、王子が黙って立ち上がり、場所を譲ってくれたので、こちらも黙って移動させてもらう。
少しでも目を離すと、大事な何かを見失ってしまいそうな気がしてならないから。
「イスズさん」
跪き、膝に置かれていた両手の指先を取って呼びかければ、不安げな体がびくりと揺れる。
怖がらせるつもりはない。
だけど、見逃してあげるつもりもない。
「イスズさん、言いたいことがあるんですよね」
柔らかく問いかけると、驚いた反動で掴まえた手を引き抜かれそうだったけど、まだ離してあげるわけにはいかない。
「起きたことは全て話しました」
確かに、コテージ戻る前に最低限の聴取をされたのだろう。
けれども、その後は騎士達に気を使われ、詳細は周辺を調査することで進めていく方針により、イスズさんが発言する機会はなかったはずだ。
「私は、イスズさんの見解を知りたいです」
「でも……」
「イスズさんは研究者です。鋭い観察眼を持っていれば、それらを的確に分析する明晰な直感も持っている」
「直感、ですか」
「はい。ただの勘ではなく、これまでの研究者としての経験に裏打ちされた直感です」
不思議な評価をされたみたいに目を丸くされる。
「それに、言ったじゃないですか。遠慮はしてほしくないと」
気を引くように掴んだ手を僅かに寄せると、もう一度、重ねてねだる。
「イスズさん。私にどうか、イスズさんの憂いを教えてください」
祈る気持ちで見つめていると、繋がれた手に視線を落として小さく口を開いた。
「私も……何があったか理解してるわけじゃないんです。目の前でナナコさんが連れて行かれるのに、なんにもできなくて」
「でも、こうしてイスズさんが残されてくれたおかげで、いち早く状況を知り、捜索のために動くことができます」
護衛としての事実を告げると、ハッとしたように顔を上げた。
「わ、私も、そう思って、ナナコさんが連れて行かれるのを我慢して、なのにモモカ姫が……」
前のめりに訴えてくる口から出された名前に、無反応ではいられない。
しかし、いまはイスズさんが最優先で、これ以上、怖がらせたくもなかったから、眉間をほんの少ししかめるだけに抑えてみせる。
イスズさんの方も口にして思うところがあったのか、呼吸を整え、背筋を伸ばして座り直すと、落ち着きを取り戻して最初から説明をしてくれる気になったようだ。
「三人で馬車に乗っていると、途中で振動の感覚が変わった気がして、ナナコさんと顔を見合わせました。お互いに嫌な気配を感じ取ったのがわかると、すぐに馬車が止まって、バンッと乱暴に扉が開けられたんです」
「どんな人物でしたか?」
「いかにも強面な中年の男で、顔は隠していませんでした。むしろ、堂々とした感じの印象です」
「一人だったのですか」
この疑問には首を振られる。
「少し離れて、似たようなタイプの二人がいるのが見えました」
「何か言っていた?」
こちらには、こくりと頷いて肯定される。
「馬車の中を改めると、ナナコさんに目を留めて、名指しして確認したんです。ナナコ・カザリアだな、と」
聞き耳を立てていた周囲はざわついたが、自分は話をきちんと聞いていたので驚きはしない。
「男はナナコさんについてくるよう言いつけて、他には目もくれなかったから、ナナコさんは私に目くばせをして黙っているよう伝えて立ち上がったんです」
問題は、その後なのだろう。
「そしたら、モモカ姫が首を傾げて言ったんです。どうして、私を連れて行かないの、と」
今度は意味がわからなすぎたのか、ざわつきも起こらない。
「男は、あんたに用はないと言いきったんですが、モモカ姫は、それじゃあ、こんなことをする必要はないだろうと問い返しだして……」
謎で意味不明なやり取りは、不安な状況を、より悪化させたことだろうと慰めたくなる。
それは、自分が理解できないと感じていたモモカ姫の不気味な振る舞いに通じているのだから。
「しばらく問答をしてたのですが、面倒になったのか、時間をかけたくなかったからか、男達は二人とも連れていくことにしたみたいで、足早に立ち去りました」
おそらく、まともに理解させるのが面倒になったのが強かったのだろうと当たりがついた。
それにしても、と思う。
研究者の直感を信じてほしいと願った語りは、結果、謎すぎて不気味なだけの話だった。
イスズさんは気づきに自信が持てなくて話せなかったわけではなく、意味不明すぎて口にするのを尻込みしてしまっただけなのだろう。
ものすごく気持ちがわかる。
なぜなら、話を信じてもらえないどころか――
「それじゃあ、モモカ姫は一般人を庇って拐われたというわけですね」
と、なぜだかモモカ姫の好感がいいように曲解されてしまうから。
「ええ、そうですね」
長く曲解され続けてきた身としては、苛立たしい内心とは裏腹に、まずは、曲解を示した騎士仲間に穏やかに肯定してあげよう。
「ナナコさんを狙っていた悪漢は要人が夕方には去り、護衛騎士達もすぐに引き上げることを知っていたのでしょう。しかし、なんでも揃っているコテージから夜になって標的が出てくるとは限らず、出たとしても一人だとは限らない。そうこう考えながら見張っていると、どこからどう見てもモモカ姫だとわかる馬車で加わる一団があった。お忍びらしい服装で、護衛が見当たらないの訳にも想像がつく。おまけに、女性三人だけで馬車に乗り込み直したから、これ幸いと目立つ不用心な馬車を誘導し、目的のナナコさんを名指しして連れ去ることにした。それなのに、モモカ姫はあろうことか、呼ばれもしない自分の身代わりにナナコさんが連れ去られると勘違いをし、無謀にもご自分の身の危険を省みずに同行を申し出て、肝心のナナコさんは解放されずに連れ去られてしまった――と、いうわけですね」
言葉滑らかに言いきり、口角を上げているはずだけど、言葉の端々には冷やかな怒りが滲んでしまうのは仕方ない。
「なっ、それは……」
言われた騎士は、ぜんぜん肯定されたわけではないことを理解して絶句したものの、考えてみれば、モモカ姫がそれほどのポカをしたとでも理屈づけない限り、行動の整合性が取れないことに気がついてハクハクと言葉を空回りさせている。
「しかし、それは、彼女の言うことを全て鵜呑みにした場合だろう」
モモカ姫の珍妙な行動を理解し難いのか、そんな声が別から上がる。
「はあ?」
思わず自分から出たそれは、経験ないほど低く、険しいもの。
けど、改める気にはならない。
「いや、その、突然のことに混乱しているのだろうし、それこそ勘違いということも……」
「そうですね」
またもや、肯定から入っておく。
しかし、表情は一層冷え込んでいく自覚がある。
「こんなにインパクトの強いやり取りを前に、結果、二人が連れ去られたのは間違いないのだから飲み込んでいた方がいいのだろうと思慮深く口をつぐんでいた我らが王推薦によるリックスレイド王子様の案内人ですからね。そんなこともあるかもしれません」
色々と己の失態を自覚した発言者の青ざめた顔色を眺めながら、イスズさんのためなら、自分はずいぶん饒舌になれるのだなぁと冷静に感じ入ってしまった。