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不在


※ Sideソレイユ



先に観光馬車がコテージに到着すると、クレオス隊長に了解を得て、続く馬車に近づいた。

完全に止まってからノックをして扉を開けるのは、余計な気苦労をしているだろうイスズさんとナナコさんに少しでも労いの気持ちを伝えたいためだ。


おそらく、自分がいなければ、モモカ姫もここまで乗り込んでくることはしなかっただろうと思いながらも、他国の王子がいる前で口が裂けても言えないし考えたくもない。

それに、任務以外で自分が心にかける相手はすでに定まっている。


「中でお茶の用意をするそうなので、出立の支度が整うまでお待ちください」


「わかりましたわ、ヴァン様」


モモカ姫は相変わらず、夢見心地の眼差しでコテージまでのエスコートを要求してくる。

それに対し、揺れ動く感情は何もない。

役割として騎士の作法に則り、最低限に手を貸すだけ。

願わくば、後ろからついてくるイスズさんに、お似合いだと思われませんようにと祈ってしまうくらいだ。



 ※ ※ ※



「少し遅いな」


クレオス隊長の発言に、顔を上げてみる。


「あの車だからな。人だかり身動きが取れなくなってもおかしくないだろう」


フォルテス副隊長はやれやれといった様子で、コテージに集合している人員を幾人か回した。

それらのやり取りを眺めながら、イスズさんは大丈夫だろうかと思いを馳せてみる。


王子が土産や手荷物をまとめる間に、コテージのロビーで簡易のお茶会に付き合わされていたイスズさんとナナコさんは、出立支度の済んだ王子とモモカ姫を見送るために馬車でぐるりと湖とは反対側の出入口に移動中だ。

本当なら人だけコテージ内を通り抜ければ済む話なのだけど、個人の馬車を使っているので、そうせざるを得ない。


それにしても、空の馬車だけ回せば早い話のところを、モモカ姫が「私がいるのに乗らないのは、馬車は可哀想でしょう」などと言い出したせいで余計な手間暇が追加された。

しかも、厄介なことに女子会メンバーを離さなかったせいで、二人は僅かな移動の道連れとなっている。


せめてもの救いなのは、ナナコさんと一緒なことだ。

モモカ姫が王子と話している隙にイスズさんにひそりと声をかけてみたら、相手を立てながらも会話の主導権を握ってしまうナナコさんが凄かったと目をキラキラさせながら教えてくれたのを思い出し、つい苦笑してしまう。

イスズさんが嫌な思いをしていないことや、モモカ姫に弱い部分が出てない様子に、よかったと胸を撫で下ろしてながらも、あんなに自慢げに語られるナナコさんを羨ましく感じてしまったのだから。


顔を作り直して合流を待っていると、先ほど様子を見に向かった人員が戻ってきたらしい。

しかし、ほっと息をつくこともなく、体がピクリと反応する。

肌がざわつく非常事態の気配を嗅ぎ取ったせいだ。


同じく察するものがあったのだろうジェットが真っ先に飛び出して行く姿を目にして、かろうじて、釣られそうな反射を押さえつける。

次いで、隊長と目を合わせると、リックスレイド王子とキースの周囲の警戒度を上げた。


護衛任務は観光中のことだが、コテージから見送るまでは対象に違いない。

何が起きているのかわからない不安とイスズさん達の身の心配とで、自分の神経がピリピリと張りつめていくばかりで、振りきれて騎士らしからぬ冷静さを保てなくなる前に心を静める努力をしなくてはならなかった。


最初に戻ってきた隊員の表情を見る限り、よい話でないのがわかる。

続いて、状況を確かめるより先にイスズさんがジェットに手を引かれて現れた。

自分で立って歩いているので、酷い怪我をしたわけではないのだろうと見つめていたら、不安げな視線がぶつかり合う。


何を置いても駆け寄って無事を確かめたくて堪らないのに、騎士の自分は動くわけにいかない。

それが伝わったのか、すぐに逸らされ、ビームス所長のところで定まった。

そうして研究所メンバーに囲まれて心配されている間に、クレオス隊長には様子を見に行った部下から報告が入ってくる。


「モモカ姫とカザリアさんが拐われたようです」


それは、イスズさんしか姿を見せないことから想像がついた悪い現実だ。


「御者は?」


「気絶させられて、まだ目覚めません。切り傷は見つかりませんが、打撲の形跡はありそうです」


「護衛の方はどうだ? 話を聞ける奴はいるか?」


「それが……」


ここに来て、報告の歯切れが悪くなる。


「全滅しているなら仕方ない」


「いえ、そうではなく……」


「はっきりしろ」


厳しくも気配りの利く隊長が部下に低く凄むのは珍しくて、自分と似たような心地のせいなのだろうと思うと苦しくなる。


「それが、モモカ姫の護衛らしき存在が見当たらないのです」


「なんだって?」


隊長は、すぐさま、三人の侍女に説明を求める。


「どういうことですか」


しかし、侍女の一人は体を震わせ、一人はへたり込んで埒が明かない。

やや年嵩の青白い侍女が何度か口をはくはくと開くのを繰り返してから、ようやく返事を聞かされた内容は信じられないものだった。


「こ、ここに来るまではいました。ですが、リックスレイド王子様のお忍びに合わせるために帰したのです。それに、ここには充分な騎士隊がいるのだから、大丈夫だと……」


状況を掴めた隊長は、頭が痛そうにため息をひとつ吐き出した。


クレオス隊の任務は、あくまで、リックスレイド王子の歓待と護衛だ。

最初から予定していたのならともかく、いきなり乱入してきた者を対象の頭数に入れられるわけがない。

ましてや、リックスレイドは他国の要人だ。

自国の王族を優先して任務を疎かにするなど、国際問題に発展するかもしれない案件だ。


顔を上げた隊長は、騎士としての矜持があるなら付近で待機しているはずだから探してみるよう言いつける。

本当に、ありえないと言いたげな顔つきで。

けれども、自分はあまり意外に思えなかった。

きっと、今回の任務を任されたのがクレオス隊長でなければ、少なからずモモカ姫に護衛が割かれていたはずだ。


特別扱い、特別優遇、別格のもてなし。

モモカ姫の周りは、それらが常識の世界で構成されている。

だから、任務に忠実なクレオス隊でさえなければ、モモカ姫が護衛をつれていなくても問題がなかったかもしれないのは皮肉な話だ。


「リックスレイド王子、ドラグマニル公の邸までお送りさせていただきます」


隊長は迷うことなく適切な判断をした。

しかし、王子はきっぱりと断る。


「モモカ姫が危険な目に遭っているのに、知らんぷりをするわけにはいかない。遅かれ早かれ、今日の対談の取材陣には気づかれる。その時、薄情な隣国の友人だと噂されるのは不本意だからね」


そんな言い方をされると、こちらに返せる文句はなかった。

有名人には、たかが根も葉もない評判だろうと侮れない力があることを知っているのだから。


「わかりました。ソレイユ、二人つけるから、部屋に案内を」


「……はい」


護衛につくのは一緒に回っていた人間から選ぶのは当然で、その内の隊長は全体の指揮をとらなくてはならないから、消去法で自分が指名されるのは当然のこと。

それでも、返事につまってしまったのは、追いやったはずの私情が脳裏を掠めたせいだ。


「リックは残るんだな」


横から聞こえた声に振り向けば、ビームス所長が立っている。


「いまのところはね。心配しないでも、大人しく部屋に引きこっている分別はつくよ」


「そうか、ならいい。クレオス、俺達も協力させてくれ」


「はい。こちらこそ」


クレオス隊長の応対には、元隊長のビートルに寄せる信頼感が目に見えるようだ。

そうして、役割を自覚しながらも、なんの力にもなれない自分が不甲斐なくて自己嫌悪に飲み込まれそうになる。


「では、二階へ向かいましょう」


努めてにこやかに呼びかけると、王子は片手を上げて進言を制した。

何をと思えば、ジェット君達に付き添われているイスズさんのところへ、声をかけに向かっていく。


ああ、この方は情の通じる王族なのだなと、かなり不敬にもホッとする。

そうして、ようやく、イスズさんの姿をまともに捉えることができる機会に感謝した。


ジェット君がこの場で安静にしていることを許しているので、怪我などの心配はないのだろう。

指先なども震えている様子はなく、王子の見舞いにも、一応の受け答えができている。

いまは恐怖よりも呆然とした表情で、現状に気持ちが追いついてないのだろうと思うと痛ましく……そこまで見てとって、なんだか違和感を覚えた。

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