出没注意
* Sideイスズ
予定していたコースを消化し、観光馬車でキジ湖の周回コースにもうすぐ合流という時になって、単騎で騎乗した警備員が慌てた様子で近づいてくる。
観光課の腕章をつけているけど、コテージで見覚えがあるから、騎士隊員なんだと思う。
本物の不審者でも現れたのかと聞き耳を立ててみれば、内容は聞こえなかったものの、報告を受けた兄が妙な顔になった。
迫る危機ではなさそうだけど、厄介この上ないとでも言いたげな表情だなとか思って見てたら、キジ湖の方から歓声が上がって意識がそれる。
売店側が賑わってるから、キッシー君が出没したわけではなさそうだ。
「あの、リックさん。失礼ですが、この後、ドラグマニル公以外と会う予定がありますか?」
兄の質問が聞こえてきて、私の思考も馬車の中に戻る。
「あるね。相手に取材が入っていたから、対談をしようと誘われてる」
「ちなみに、お相手が誰なのか聞いても?」
「いいよ。君達のお姫様だからね」
答えを聞いて、思わずソレイユさんを見てしまう。
それから、賑やかな一角に視線を戻す。
なるほど。
納得の人だかり。
「こちらで待ち合わせをしていたわけではないですよね」
「まさか」
これには肩を竦めて否定する。
さすがに、裏五湖巡礼中にお姫様と会おうとは思わないだろうし、予定されていれば隊が困惑するわけもない。
「お忍びだって伝えてあるはずなんだけどな。とりあえず、素通りするわけにもいかないし」
というわけで、離れた場所に馬車を停めて、集団に集団で突入していく。
「モモカ姫」
兄にさりげなく守られながらのリックさんが声をかけると、中心人物のピンクなふわふわが振り返る。
「まあ、リック様。よく、私がわかりましたわね」
「まあね」
天然で驚かれようと、苦笑するのも無理はない。
いつもよりフリルが少ないながらも全身ピンクのお嬢様仕様な上に、どう見ても友人には数えられない侍女さんが三人もついてる。
ついでに、乗り入れ禁止のはずの個人馬車でここまで乗り込んでいるんだから、わからない方がどうかしている。
お忍びの意味を知らないのか、自分の注目度を知らないのか……。
そんなお姫様を眺めていると、可愛いは正義という名言が浮かんで嵌まる。
「そんなに待ちきれなかったのかい? モモカ姫は、ずいぶん大胆なんだね」
「私、そんなこと、初めて言われましたわ。いつも、控えめで大人しいとばかり言われますのに。ねえ、ヴァン様」
にっこり微笑む愛らしいモモカ姫に、私はひやりと体温が下がる。
ソレイユさんは大丈夫だろうか。
「申し訳ありませんが、それほど個人的なことを存じませんので、同意できかねます」
あまり考えた様子もなく返された言葉に、辺りがしんと静まった。
ソレイユさん自身に気負った感じがないのはよかったけど、これはこれでヒヤヒヤと落ち着かない。
「クレオス隊長。ひとまず、ここを離れた方がよいかと」
モモカ姫が目を丸くしているのを放置して、ソレイユさんは冷淡にも見えるほど落ち着いて提案をしてみせる。
「そうだな。リックさん、よろしいですか」
「もちろん。モモカ姫、話はコテージに移動してからでよいかな」
「ええ、そうですわね」
というわけで、いい見せ物になりながら馬車に戻ったのはいいんだけれど、そこでまた問題が発生する。
「わたくしも、ご一緒してはいけないかしら」
頬に手をあて、小首を傾げておねだりするモモカ姫は極上に可愛らしい。
が、今回は私も見蕩れてばかりもいられない。
貸し切り馬車は余裕があるわけでもないから、モモカ姫と三人侍女さんを乗せるなら誰かが降りなくちゃいけなくなる。
のんびり観光馬車なので歩いてついてくるのは可能だし、実際にソレイユさんは護衛として歩いて付き添ってるわけだけど、特別扱いで乗り込んできた個人馬車を前にして言うことではないと思う。
それに、たとえ、モモカ姫が一人で同乗してきたとしても、裏五湖巡礼の続行は不可能だ。
リックさんだって、自然と王子様仕様で接してしまっている。
最後にキジ湖を眺めながら盛り上がるだろうネタを用意していた案内役としては、練りに練った計画が不意になった残念感でいっぱいだ。
「モモカ姫、ご挨拶させてもらってもよろしいでしょうか」
ここで、誰が返事をするより前に動いた勇者が現れる。
研究所の仕事中では、めったにお目にかかることのない、弾んだ笑みを浮かべたナナコさんだ。
侍女さん達はいい顔をしてないながらも、モモカ姫は天使な対応で頷いている。
「私はイスズの先輩のナナコ・カザリアと申します」
きっと、何か策があるのだろうと思って見てたら、名乗りより先に私の名前を強調されて冷や汗がドバッと噴き出る。
「まあ、イスズさんの!」
それに対し、モモカ姫も好感触な反応を見せるものだから、嫌な汗が止まってくれない。
「モモカ姫のご様子はイスズから聞いていたので、嬉しくなってご挨拶をさせてもらいました。最近も、お茶会の記事を読んだので、もっとお話を聞いてみたかったのです」
「まあ、うふふ」
モモカ姫は憧れの眼差しに慣れているのか、さらりと受け止め流すくらいで、ハラハラの展開とは裏腹に、眺めとしては美人お姉さんと美少女が仲よくして見える。
「あちらの馬車は手狭ですし、男性ばかりなので、よければ短い移動の間だけでも女子会をさせてくれませんか?」
これには侍女さん方が豪快に眉を上げたが、観光馬車は庶民向けなのでお姫様に相応しくないのも確かで、どうしたものかと迷っている様子の中、ナナコさんに後押ししろとの合図を送られて、ぎこちなくも賛成に回れば馬車内の女子会が決まってしまった。
自動的に三人侍女さんがあぶれることになり、結局は観光馬車にいた研究所組が三人降りることになったわけだけど、ナナコさんは、そんなにモモカ姫のファンだったんだろうか?
「そうそう、イスズ。カバンは邪魔になるから所長に預けておきましょう」
「え? あっ!」
隠された意図に気づいたら、ナナコさんがウインクで、そういうことだと教えてくれる。
「所長。どうか、よろしくお願いします」
カバンを預けながら色々と含めて伝えると、こちらも察してくれたようで苦笑しながらも請け負ってくれた。
「ナナコさん、ありがとうございます」
「あんたが何回も確認してたの、部屋でも研究所でも見てたからね」
実は、最後のイベントとして、過去に撮られたキッシー君だと思われる貴重な写真を記念のプレゼントとして持ってきていた。
自分で渡せなかったのは残念でならないけど、大事な主体はお客様だから、リックさんが楽しんでくれるのが何より。
同席が侍女さん達だけなら、王子様のリックさんが気遣う必要もなく観光を続行できるし、ビービーにも相談して決めた一品なので、託すことに不安はない。
むしろ、不安なのは私の方だ。
ナナコさんがいるとは言え、馬車の密室で女子会。
どれも縁がなさすぎて不安要素しかない。
「とにかく、イスズは、余計な誘いに頷かなければ充分よ」
それはどういう意味かと問い返したかったけど、ソレイユさんやナナコさんと違って、モモカ姫の魔性の可愛らしさに弱い自覚はあるので黙って後を追う。
華やかで豪勢な馬車には先にモモカ姫が乗り込むところで、当然のようにソレイユさんが手を貸していた。
「……」
これまた、淡々と役割をこなしているので、もう本当に平気なのだろうと安心するべき場面なんだろうけど、どことなく戸惑って足が止まってしまう。
まったくの無表情。
それは職務に忠実な騎士らしい姿なのかも知れないけど、見慣れない温度に感じて近づき難い。
「イスズさん?」
呼ばれて我に返れば、いつの間にかナナコさんが乗り込んでいて、私待ちの状態だ。
「あ、ごめんなさい」
小走りで寄ると、ソレイユさんは苦笑するように表情が緩んだ。
「こんなことになるとは思ってもみませんでしたが、最後まで頑張りましょうね」
小さく話しかけられて、力が抜ける。
そうだよね。
ソレイユさんも頑張っているから平気そうに見えるだけで、何も気にならないわけないはずなのに。
「はい。お互いに頑張りましょう」
同じく、小さく返事をしたら、私が知っている頼もしい騎士様がいてくれた。