観光と任務と気配り
* Sideイスズ
「殺風景な池湖からの鏡湖。いいねぇ」
本日三つめの湖に到着してご機嫌なリックさんに対して、すでにぐったり感がひどすぎる私。
なぜかジェットをお気に召したらしく、何かと構っているので少しは気楽になれる……わけもなく。
困惑しているジェットに先輩としてハラハラしながらも、指名された案内の仕事をこなさなければと気を使う点が増えただけ。
あと、さっきの池湖だって、時期によっては睡蓮が見事に咲き乱れるんだけど、池と称されるほど湖として貧弱なことは事実だ。
「ここは水が綺麗だね。それに、この解放感」
鏡湖の名前通り、ここの湖は景色を反転させて写すので、空が映り込んだ分、広く感じられると一般的に人気がある。
「さて、理想の自分も、特定の相手も求めてないけど、裏巡礼してるなら覗いてみないとだよね」
そんなことを言いながら、リックさんは腰を曲げて湖を覗き込む。
この鏡湖には女神が棲んでいて、真に願う者には未来の姿か未来のパートナーを映してくれるという説があるからだ。
たけど、リックさんの軽すぎる意気込みでは女神様が手を貸してくれるとは到底思えない。
必死に願ったことのある私でも叶えてくれなかったから、ここの女神様は気難しいって知っているけど、黙って見守るのが大人の接待というもの。
それでも、一応は覗いてみたくなるのがオカルトオタクの性なわけで、少し離れてしゃがみ込み、何も考えないで冴えない自分を映してみる。
深く俯いたせいで眼鏡がずり下がってきたから、直そうと指を伸ばして、ドキリとする。
慌てて背後を確認したら、本物の本人が立っていたのに、なんだか、かえって落ち着かなくなった。
「どうしましたか、ソレイユさん」
「すみません。驚かせてしまいましたね。隊長が昼食の確認をしたいと言ってまして」
「あ、そうなんですね。わかりました。行ってきます」
勢いよく立ち上がると、ぺこぺこと頭を下げてから立ち去る。
自分でも、なんでそんな気分になったのかわからない。
※ Sideソレイユ
イスズさんに慌てたように立ち去られ、背後から話しかけたのは失敗だっただろうかと気にかかる。
だけど、しゃがみ込んで、まあるくなっている背中が可愛らしくて、気づかれずに近づいてみたかった下心を認識してしまうと反省に移行しておくべきなのだろう。
任務中なのに、自分でも驚くほど邪念が増してく一方だ。
こんな現象は知らなかったと自戒の念を強めて護衛対象に目を向けようとして、それを遮るように立つジェットと目が合う――だけでなく、こちらに向かって歩いてきた。
「黒騎士様って、案外、あざといんだな」
目の前に来るなり、剣呑に言われてしまう。
「やっぱり、背後からは失礼だっただろうか」
「当たり前だろ。僕だって、声かけてから隣に並ぶつもりだったのに」
「ん?」
「なんだ。やっぱり、知らなかったのか。教えてやるから、この後は任務に集中しろよ。イスズさんの足を引っ張ったら呪うからな」
それは、こちらも望まぬところだし、彼ならば、なんらかの方法で呪うくらいできてしまいそうな気がして背筋が伸びる。
「いいか、よく聞け。鏡湖の女神にあやかって、意中の相手と一緒に姿を映したら想いが叶うってジンクスがあるんだよ」
「………………!!?」
「いかに、自分が不埒なことをしたか反省するんだな」
理解して真っ赤になってるだろう自分に、ジェットは極寒の突き刺さる視線だけを置いていなくなった。
「俺は、なんということを……」
今更、周囲を見渡せば、家族単位やカップルで覗き込んでいる姿があちこちにある。
そんな光景を目に留めていれば、さすがに自分でも教えられる前に想像がついただろう。
そうしたら、こっそりと一緒に映りたいとは願っても、黙って背後から無断で映り込むことはしなかったはず。
なるほど、イスズさんが挙動不審で立ち去るわけだ。
何より恥ずかしいのは、ジェットの指摘が不埒な行いだけでなく、騎士としての注意散漫さを警告されたことだ。
「本当に、何をやっているんだ」
胸を張っていられるところなんて、自分には騎士であるぐらいしかないというのに。
周囲に溶け込むのと、雰囲気に乗せられるのは大いに違う。
ここからは煩悩まみれの雑念を封印して、しっかり警護に当たろう。
* Sideイスズ
鏡湖での邪気のないアクシデントで、勝手に負傷した気分を振り払い、四つめの湖でお楽しみの河童伝説や生態についてジェットも巻き込んで語りまくって、オカルト研究員として復活した。
でも、予定より盛り上がりすぎた気がして、クールダウンを兼ねて、シェフお手製の冷めても美味しい弁当をピクニックスタイルでお昼を楽しみ中。
「へえ。じゃあ、こういう情報はファンクラブを通して集めてるんだ。やるなぁ、イスズちゃん。王家の諜報部隊も真っ青だ」
同じ敷物の上のリックさんに妙な感心をされて、慌てて否定する。
「いえいえ、とんでもない! それに、私の名前が使われてますけど、実際にクラブをまとめてくれてるのはジェットなので」
「ふうん。それは、ますます凄い。でも、それなら、うちの国の伝説とかまでは手が伸びてなさそうだから、お礼はその辺りがいいかな。研究所にいくつか書物を送るから楽しみにしてて」
「ええ、そんな……」
「それとも、他のがいい?」
「違いますからね!? そういうことじゃなくて、そもそものお礼からして……」
対応に困ってビービーに情けない視線を送れば、苦笑しながらも頷かれた。
「研究所宛てなら、遠慮なくもらっちゃいましょうよ、イスズさん。これで、研究の幅も広がりますよ」
ジェットも嬉しそうに賛成してくれたので、ここはありがたく頂戴することにする。
というか、ここで頂戴しとかないと、もっと大げさなお礼が返ってくるらしい。
「これでも、イスズちゃんの案内には感謝してるんだ。オマケ四湖って呼ばれてるみたいだけど、キジ湖に負けず劣らずで今日も楽しめたから、堂々と受け取ってよ」
「はい、ありがとうございます」
こうして、私と違ってオカルト以外にも巧みな話術のリックさんにお礼を、しかも個人に対してではないのに個人的にも嬉しいという利いた気配りをされての翻弄されまくりな接待観光は、それでも楽しく幕を下ろした――となるはずだったのに、そうは問屋が卸してくれないらしい。