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打ち明け話


* Sideイスズ



「昨年、正式な騎士団に入隊した私は、今年に入って城内警備に就きました。それから間もなく、上司からあの方の専属警備に任命されました」


「それの何が問題だったのですか」


人前に出る機会の多い王族に、見栄えのする若い騎士が指名されるのは、ままあることだ。


「私も、最初は何も気づきませんでした」


ここで騎士様は水を飲む。


「あの方は気さくな振る舞いで、護衛の私にもよく声をかけてきました」


それは、紳士な騎士様にしては微妙に引っかかる言い方に聞こえた。


「その内、噂を立てられるようになってしまい……」


「騎士様とモモカ姫がですか?」


「はい。それが問題でした」


姫と騎士なら、問題ないのではと思う。

たとえ騎士様の出身が市民でも、騎士団員となれば立派な肩書きなのだし、最悪、どこかの貴族と形ばかりの養子縁組をするにしたって容易なはずだ。


「私がいくら否定しても、誰も聞き入れてくれないのです」


「……えっと?」


この世の終わりみたいな騎士様の絶望的告白だけど理解できない。


「今のイスズさんのように、私とモモカ姫が恋仲ではないと言っても、誰一人として言葉通りに受け取ってはくれないのです」


やっぱり意味がわからなかった。


「照れているだけ。相手が相手だから簡単には認められないのだろう。いや、力のある誰かに反対されているせいだ。わけのわからない理由をこじつけられて、いつの間にか、私はあの人の恋人になっていました」


「それって、つまり、モモカ姫とは恋愛関係にないってことを言いたいんですか?」


本当に悔しそうに訴えられて、ようやく問題の本質にたどり着いた気がする。


「はい。私は、そうとしか言っていません」


「だったら、モモカ姫に誤解だと正し広めてもらえば済む話では?」


モモカ姫なら毎月どこかしらの雑誌や新聞に載っているので、鶴の一声で簡単に解決できるはず。

なのに、騎士様はまたもや顔色を悪くした。


「あの人は肯定をしませんが、否定もしません」


「はぁ」


「それに気がついた時には、もう手遅れでした。以降、私は、あの人が恐ろしくてなりませんでした。胃がきりきりと痛み、毎日が苦痛で仕方ない。それでも、騎士という立場上、側を離れるわけにはいかなかった」


「それは……」


予想外の告白にかける言葉が見つけられずにいると、騎士様は、がばっと顔を上げた。


「わかりますか!? 周りからじわじわと固められていく恐怖が。誤認による冷やかしや妬みに晒される苦しみが」


熱弁されても困惑しか感じない。

ただ、ここまで言うのだから、少なくとも騎士様には真実なのだろう。


「それで、逃げ出すために私の護衛を引き受けたわけですか」


「いえ、その前に我慢の限界が来ました」


「どんなです?」


「例の雑誌が出た頃、三人の姉が私を訪ねてきました。どうしたのかと訊ねると、両親が姫との関係を気にかけているから確かめに来たのだと言われました」


「ああ……」


デマが身内にまで届けば、たまったものではないだろう。


「それがきっかけで、信頼できる隊長に何もかも打ち明けました。幸い、隊長は私の話を信じてくれて、少し前から気にかけてもいてくれました」


騎士様は内容に合わせて表情が少し緩んだ。

ここまでの話が美貌の騎士様に似合わない散々なものだったので、聞いている方もようやく救われたような気分だ。


「しばらくは兵卒の訓練に回してもらっていたのですが、いつまでもいられないと思っていたところに、イスズさんの話を聞かされました」


ずいぶんとけったいな事情があって、ここにいるようだ。

どうりで、頑として断らないわけである。

辞退すれば、騎士の矜持を何もかも失うことになるのだから。


ここまで打ち上げられては思うところも聞きたいことも色々できたけど、どれも口にはしないでおく。

なぜなら――


「騎士様。せっかく話してくださったのに申し訳ありませんが、私の事情については、まだ話せません」


だから、騎士様も黙っていてくれたら、おあいこで済んだのにという恨み節は飲み込んだ。


「え、ああ……そうでしたね。いえ、いいんです。聞いてくださっただけで充分です」


長いまつげで麗しく俯いて視線を外されると、何も悪くないのに罪悪感がわいてきた。

美貌というのは、良くも悪くも他人に与える影響力を増幅させるのではと考えてしまう。


「……騎士様は、何か私に望むことはないですか」


「え?」


「ですから、これから護衛してもらうために必要な騎士様の要望を聞いているんです」


これがこちらの精一杯の誠意と譲歩だ。

対して、騎士様は珍種の動物でも出没したみたいに目を見開いた後、じっくり、まじまじと見つめてきたので、ものすごく居心地が悪かった。


「そうですね……では、名前で呼んでください」


「へ?」


「せっかく、地方の研究員を装っているのに、騎士様では不思議に思われます」


指摘は、おっしゃる通りだった。

注文の時、ちょっと危うかった自覚があるので異論はない。

なのに、なんだかわからない抵抗感があった。

しかも、最初に紹介された名前はうろ覚えだ。


「ええっと……ヴァンさん?」


言った途端に、騎士様は顔をしかめた。

理由はわかっている。

モモカ姫が呼んでいたヴァン様を思い出して引用したのだから。


「ソレイユと呼んでください」


強めに言われてしまえば、事情を知ってしまったが故に承知するしかなかった。

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