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空腹


* Sideイスズ



「お疲れ様でーす、お先に失礼しまぁす」


明るく甘ったるい事務員さんの声に、一応返事をしてみるけれど、彼女にはまったく聞こえていない気がする。

彼女の頭の中は、朝から自慢していた王城にも出入りしているダーリンのことで一杯なはずだから。

それでも、労いの挨拶をする瞬間には、やぼったい研究者に可哀想と上から目線であざ笑う余裕はあったようだけど。


念のため補足しておくと、ぼっちな地味オタクがひがみ根性丸出しでリア充美人と評判の彼女を恨みがましく憎んでいるわけじゃない。

これが私の純然たる日常なだけ。


「イスズ、ちょっと見てほしいものがあるんだ」


「はい」


ちなみに、年上の研究者仲間に相談されるのは日常ではなく必然で、弱冠十七歳の私が、この研究所代表の所長に次いで偉い室長をしているせいだ。

誰も異論を唱えないのは、所員の誰と比べても所属歴が長いから。


「イスズ。これなんだが、どう思う」


年上の研究員に見せられた写真を手に、これまで蓄えた知識を駆使して見極める。


「んー。よくできてますけど、これは創作してますね。ここの影が不自然だし、背景とピントが合っていない」


「はあ、やっぱりか。今度こそはと思ったんだけどな」


「でも、面白い構図ですよね。それに、こういう動きをするって発想はなかったので、これまでの研究を見直す価値がありそうです」


「なるほど、さすがはイスズ。考え方が根本的に違うな。勉強になるよ」


「やめてください。私は、趣味が過ぎるだけなんで」


研究室にいれば誉めそやされるばかりだけど、一歩外に出れば地味すぎて女子として落ちこぼれの底辺にいるのだから、ギャップがありすぎて何事においても自信が持てなかったし、持ちたくもなかった。


「いたいた、イスズさん」


今度は何かと振り向けば、研究所で唯一年下の見習い研修生、ジェット・リーチが帰り支度を済ませた格好で古びた木箱を持ってきた。


「何、これ」


「裏口に置いてあったんで、たぶん所長からじゃないですかね。また、どこかの廃屋から出てきたガラクタを箱ごと買い取ったんだと思いますけど」


「……」


残念ながら、それが唯一の上司なのだから黙って尻拭いするしかない。

出逢った頃から所長はちょいちょい雑な印象だったものの、同じ研究所で働くようになってからは益々適当さが増している気がしてならなかった。


「はあ。わかりました、やっておきます」


「室長も大変ですね。部屋まで運びましょうか?」


「ありがとう、助かる」


素直に研究所の二階にある自室までお願いすると、全員の帰宅を確認してから表玄関の扉を内から施錠する。


私の住まいは、研究所勤めを始めた十三歳からここだった。

寂しくなかったかと言えば嘘になるけど、ここに来て救われたことが大きかったので、やっと居場所ができたという思いで感謝している。


「さて、やりますか」


結構な埃っぽさに、室内まで入れてもらったことを地味に後悔しながら、そうっと謎の箱の蓋を開けた。


「うわぁ、これはまた……」


外観に反して内側は汚れてなかったものの、ごちゃごちゃと統一感のないものが詰まってる。

その中でなんとなく目に留まったのが、お菓子が入っていたような花柄の缶だ。

パカッと開ければ、ビー玉やボタンと一緒に押し花の手作りしおりが入っていた。


「女の子の宝箱だったのかな」


大人になって、いつしか忘れてしまったのだろう。

この様子なら研究に役立つ品は期待できなさそうだ。

それでも、誰かの宝物。

一つ一つ丁寧に扱わないと。



 * * *



「大丈夫じゃないですよね、イスズさん」


学校が休みで昼間から研究所に顔を出していたジェットは、青白くふらふらしてるだろう、こちらを心配そうに覗き込んできた。


「あー、平気へいき。ちょっと断食っぽいダイエットをしてて……」


ひらひらっと手を振り返事をしてみるけど、その動きはへなへなで誤魔化せていない気がする。


「嘘つかないでくださいよ。イスズさんのどこに、やせる必要があるんですか」


「えー、そりゃあ、人様には見せられないところだ……ふー」


とか言ってるそばからぶっ倒れたので、研究室はてんやわんやの騒ぎとなってしまったらしいのだけど、当然、私は知らない。



 * * *



気持ち悪くて目を覚ましたイスズの視界に映ったのは、懐かしくて安心できる背中だった。

が、向けていた面をくるりと返せば、懐かしさの欠片は綺麗さっぱり吹き飛んだ。


「所長……」


「所長?」


ぴくりと片眉を動かして不服を示す所長ことビートル・ビームスを見上げながら、自室に寝転がされていると気づくと同時に、ぼんやりとこうなった経緯を思い出してしまった。


「おかえりなさい、ビービー」


上手く誤魔化しきれなかった自分を反省しつつ、半笑いの上目遣いで怒り具合いをうかがってみれば、ビートルは「ただいま」も言わずに本題に入った。


「食材が何もなかった」


「う……」


ずばりな指摘をされて胃が痛くなる。

それとも、極度な空腹のせいなのだろうか。

どっちにしろ、よくないのは変わらない。

言い訳をするにも、すでにビートルは抜かりなく姑張りのお部屋チェックを済ませているっぽい。


「俺が出張していた一週間、昼は必ず自室に引っ込んでいたらしいな」


「うう……」


聞き取り調査も済んでいるくさい。


「某見習い研究員の話によると、ダイエットだって言い張ってましたけど、絶対に嘘です! だそうだ」


くっ、ジェットめ。

余計なことを。


「健康的な生活ができないなら、一人暮らしは認めないと約束したよな」


この低音の一言には焦らされる。


「それが嫌なら、俺が納得できる言い訳をしてみろ」


「……」


たぶん、本当のことを打ち明ければ情状酌量の余地を斟酌してもらえる。

だけど、それはイスズの主義に反した。


「言わないのなら、昔の生活に戻すだけだが?」


「その脅しはずるい!」


「何がずるいだ。研究以外に食べるしか楽しみがないとか言ってる奴が空腹で倒れやがって!!」


「う゛、それは……」


「決心がつかないのなら、カウントダウンでもしてやろうか?」


「~~わかった、わかったから同居だけは勘弁してください」


「なら、さっさと話せ。つーか、そんなに俺が嫌か。反抗期娘め」


「……」


色々と思うところはあれど、余計な口を利かずに納得してもらえそうな白状をすることにしといた。

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