幕間 終わりを齎す運命の一矢
本日は幕間を3話分、投稿します!
よろしくどうぞー。
『暴れろ』
「ぎゃぁぁぁぁっ!」
愛しいヒトの命令が、頭の中に響き渡る。
『殺せ』
「うわぁぁん! うわぁぁぁんっ……!」
エルフの持つ特性は、優れた弓術と植物の力だ。
魔力を帯びた弓矢が弧を描きながら敵を追撃し、貫く。
手の平から大地に零れ落ちた種が一瞬で発芽して、育ち、鞭のようにしなって人間達を締め殺す。
『蹂躙せよ!』
「逃げてぇぇぇっ!」
「お母さぁぁぁんっ!」
人間達の血を栄養に、植物は更に増えていく。花が咲き、種を零し、更に増えて増えて増え続ける。植物が増えれば増えるほど、人間どもを殺す速度も上がっていく。
「…………」
ルルは矢を放つ。植物が取り零した敵を殺すために、放って放って、放ち続ける。
その途中──北門へ向かうアルフォンスの姿を見つけた。胸に熱い感情が湧き上がった。
だが、それも直ぐに冷める。彼の側にあの女が……カルディアがいたからだ。
「っ……!」
憎悪が湧き上がる。怒りが湧き上がる。
何故、何故。あんな女が彼の隣にいるのだろうか?
同じ竜だから? だとしても、あんな品のない女がアルフォンスの隣にいるべきではない。
彼の隣に立つべきなのは、自分のような、尊き血筋のモノが相応しい。
『そう……そう、ね。貴女のような女性の方が、あの女より……』
ふと、頭の中にアルフォンス以外の声が響いた。
人間達を殺していたルルの手が、ピタリと止まる。
『わたくしの愛しい子。あの子を助けてあげて欲しいの。異なる世界から来た竜に騙されて、操られているあの子を、アルフォンスを、あの女の魔の手から助けてあげて……』
自身を支配していたアルフォンスの命令が、ふわりと解けた感覚がした。
人間どもを殺さなくてはいけない──という強迫概念が、失くなっている。代わりに芽生えていたのは……〝あの異界の竜を殺さなくてはいけない〟という気持ち。
(そうよ……そう! アルフォンス様をお助けしなくては! わたくしが! お助けするの!)
ルルは限りなく気配を殺して、竜達の後を追う。
竜は気配に聡い。本来ならば、その杜撰な追跡は容易く見破られるはずだった。
しかし、女神からの願いを託された時に細やかな加護を受けていたルルは、カルディア達に気づかれることなく、後を追うことに成功する。
そして、北門にまで辿り着き……ルルは懐から小さな瓶を取り出す。それは、古代エルフであるファールレーヌから受け取った毒薬──ヒュドラの毒、であった。
ファールレーヌがこの毒薬を授けたのは、エルフとしての矜持を穢されるようなことがあれば、誇り高いまま死ねるようにするため……つまりは自害用として、であった。
だが、ルルはこれを違う用途で使う。神すらも殺すことができると言われる毒薬を、あの異界の竜を殺すために使うつもりだった。
『愛しい子、アルフォンスのために』
(アルフォンス様のためにっ……!)
蓋を開けて、矢尻を毒薬に浸す。ゆっくりと持ち上げた矢尻にはたっぷりと、毒薬が付いていて。矢をつがえて、弦を引く。
『まだよ』
「すぅ……ふぅー……」
『まだ、待つの』
浅く呼吸を繰り返す。女神の囁きを耳にしながら、狙いを定めて。ルルはその時を待つ。
待って、待って。待ち続けて──……息を吸って呼吸を止める。
そして──……。
『今よ!』
(行けっっ!!)
女神の命令が聞こえた瞬間──ルルは矢を掴む指を離す。
真っ直ぐに、飛んでいく矢。女神の加護を受けた一矢は、敵にギリギリまで気づかれることなく。彼女に迫りいく。
やっとそこで、向こうもこちらに気づいたのだろう。目を見開いた竜と、視線が合う。
「あはは」
ルルは恍惚とした笑みを浮かべていた。
これで、アルフォンスが、あの女から解放されると喜んだからだった。
しかし……ここで、誤算が起こる。
ルルも、女神も、想定していなかったことが、起きてしまう。
「カルディアッ!!」
「…………え?」
異界の竜の身体を押しやって。愛しい竜が、その場に身を乗り出した。そうなれば必然、矢は彼に突き刺さる。
──神すらも殺す毒が塗された矢が、アルフォンスの命を、刈り取ってしまう!
『いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあっ!!』
──バキバキ、バキバキバキバキッ!!
世界にヒビが入る音と共に……女神の悲鳴が、世界中に響き渡った。
ルルはその場に力なく座り込む。自分がしてしまったことが受け入れられなくて、呆然としてしまう。
「そん、な……そんな……」
『なんでなんでなんでなんで! 何故、貴方が! その竜の身代わりになってしまったの! わたくしの愛し子! アルフォンスッ!!』
「あ……あぁぁぁっ……!!」
そこから先のことを……ルルは覚えていない。
確かのはこの世界が滅びる一手となってしまったのは……ルルが放った一本の矢であるということだけ。
剥がれた空から黒い何かが流れ込んでくる。
世界が真っ暗な闇に満たされて、掻き消されていく。
建物も、大地も、逃げ惑う人々も、全てが全て……闇に呑み込まれていく。
「…………」
そしてルルも他の全てと同じように……闇に沈む。
こうして、世界は──……。
竜に恋をした身の程知らずのエルフの手によって……滅びを迎えた。




