前座は終わり、本番が始まる。
残酷表現あります。ご注意ください。
──ガキィィィィン!!
『…………は?』
その場に響き渡った金属と金属がぶつかり合うような鈍い音に……人々は呆然と、言葉を失くした。
「…………!?」
声を発さねど、処刑人が動揺している。
それはそうだろう。その柔肌に刃が喰い込むかと思ったのに、返ってきたのは金属を叩きつけるような感触だったのだ。これは流石に、動揺しない方がおかしい。
「…………あは」
異様な空気が流れ出した空間に、声が響いた。
それは小さな笑い声だった。
「あは、あははっ……あははははっ!」
その声は徐々に大きくなっていく。声量が大きくなると同時に、声音も変わっていく。
「見た? 見たよね? 見たね!? 今、刑が執行されたよね! 〝悪役令嬢の処刑〟が執行されたよね!? ってことは〜……契約は満了だ!」
──ぶわりっ……!
真っ赤な髪が若葉色に染まった。橙色の瞳が金色の、爬虫類を思わせる瞳に変わり……薔薇色のドレスが解けて深緑色のドレスに変わる。
その容姿に、コルネリウス達は言葉を失くす。
目を疑うが、見間違いではない。彼女は……彼女は……!
「なっ……!? エ、エピフィルム!?」
「あははははっ!」
──ぐるんっ! ドンッッ!! ガッシャァァァァンツ!!
「うわぁぁぁぁぁ!?」
「ひぃぃぃぃっ!!」
身体を勢いよく捻ったカルディアは、その回転を活かした強烈な回し蹴りを処刑人にブッ放す。
ギュンッと勢いよくその巨大が飛んでいき、大広間のガラス窓を突き破って外に吹っ飛んでいく。
「あ〜……つっかれたぁ〜……やっぱり本来の姿が一番だね。変に肩が凝らないよ」
シンッ……と静まり返る大広間に、悪役令嬢の代役を終えたばかりのカルディアの声は大きく響き渡った。
彼女は肩を揉みながら、嘆息を吐いた。
「な、なっ……何が、何故!?」
なんか王太子が煩かったが、今はそれを無視して。
カルディアは今だに専属侍従のフリをしているアルフォンスの方を振り向くと……ニヤリと笑い、彼が用意した前座の感想を口にした。
「アルさん、アルさん、ア〜ルアル」
「はい」
「中々、貴重な体験だったよ。何気に初めてだったもん。裁判を受けるのも、処刑を下されて首に斧を落とされたのも!」
「普通はそんなの経験しないでしょうからね」
「ちなみになんだけど〜? ……私とお嬢様との契約を終了させるために、わざわざこんな大掛かりな舞台を用意した感じ?」
カルディアの問いかけにアルフォンスはにっこりと笑う。
彼女が公爵令嬢の身代わりになる期間は、ケイトリンが学園を卒業する頃──処刑が行われるまで、だ。
なんだかんだいってカルディアは約束は守る竜なので。
アルフォンスはきっと、先にカルディアを身代わりから解放しなければ……復讐劇を進める間も公爵令嬢のフリをし続けると思ったのだろう。実際にアルフォンスがこの舞台を用意しなければきちんと約束を守って、身代わりを果たしたことだろうし。
ケイトリンが出した条件は、学園生活を乗り越えることではなく処刑を乗り越えることだったので。逆に〝とっとと処刑を済ませてしまえば、約束は果たしたといえるのでは?〟と、アルフォンスは考えたらしい。
その予想は当たっていた。悪役令嬢の処刑が実行されたため、カルディアも契約は満了と判断したのだから。
…………とはいえ。彼がこの舞台を用意したのはそれだけが理由じゃない。
「きちんとカルディア様が交わした約束を果たさせて身代わりを終えさせてやりたい、というのも本当ですが」
「うんうん、私が約束は守る竜だってよく分かってるね」
「勿論、それだけが理由じゃありません。だって俺の主人なのに……人間に利用されてるのは腹立ちますし」
「まぁ、面白いからって引き受けたけど……見方によっちゃあ利用されてるように見えるかも?」
「後、俺の目には美しい貴女の姿が見えていても、それでも醜い人間の皮を被ってるのは我慢ならなかったので。とっとと引っ剥がしてしまおうと思って」
「…………お、おぉう……?? アル、大丈夫? 急に私のこと美しいとか、どうしたの??」
「? 貴女は普通に綺麗でしょう? ただ真実を言ってるだけですが?」
「…………」
……きょとんと首を傾げるアルフォンスは、割と本気でそう思っているらしい。
なんだろう。女神に操られてない今の方が質が悪い気がするのだが……気の所為だろうか??
なんでか分からないが。自分の頬が、ちょっぴり熱くなった。
「エピフィルムッ……エピフィルム! これは一体、どういうことだっ! 何故、何故! 君がここに! ケイトリンの姿にっ……」
だが、それも聞こえてきた声で直ぐに冷める。
カルディアは思い出した。自分達の周りには今、愚かな人間どもがいたのだったと。
異界の竜はこちらを見て叫ぶ王太子の方を向き、獰猛な笑みを浮かべる。それはとても美しいのに、気圧される笑顔で。コルネリウス達は無意識の内に小さな悲鳴をあげていた。
「さてさて〜……きちっと挨拶すんのは初めてだね。やぁ、初めまして人間ども。私はカルディア。《渡界の界竜》カルディア。好奇心から君らが知る公爵令嬢の身代わりをやっていた、異なる世界の竜だよ」
「…………は?」
「んで、こちらは」
「…………改めましてご挨拶を」
カルディアの隣に立ったアルフォンスの偽装が解ける。
茶髪が白髪に変わり、その瞳も竜特有の金色の瞳に変化する。
「俺の名前はアルフォンス。人間どもが乱獲した所為で……この世界最後の、竜となってしまったモノです。そして──……」
『…………!?』
コルネリウス達はアルバートの正体が竜であったと聞き、何度目か分からない絶句をする。それも、この世界最後の竜だと。
驚く彼らに向かって、アルフォンスはその美しい顔で柔く微笑んで……見せたかと思えば、一気に歪めて。今にも射殺さんと言わんばかりに、憎悪に満ちた視線で彼らを睨みつけた。
「…………俺の大切な両親を殺したテメェらに復讐するためにわざわざこんな茶番劇まで仕込んでやったんだ。思いっきり地獄を味わってから、死ね」
──ドンッッ!!
アルフォンスの言葉が合図だったかのように、遠くで爆発音が聞こえた。
──ドンドントンドンドンッッ!!
それは一度切りじゃない。何度も何度も連鎖していく。
「なっ……!?」
「なぁっ……!?」
大広間を囲う窓ガラスの向こう──王都の至る所から爆発が起こり、黒煙が立ち上がる。遠い悲鳴も、聞こえてくる。
そちらに意識を取られたのが、失策。次の瞬間には、大広間内でも大きな悲鳴が響き渡っていた。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!?」
「まずはいーっぴき!」
「うわぁぉぁぁぁあっ!?!?」
「次は二匹目!」
周りの貴族が、王太子から一番離れたところにいた貴族男性の首が飛んだ。噴水のように血が湧き上がり、血溜まりを作って倒れ込んでいく。
いつの間に移動したのか? アルフォンスがその腕を竜化させ、その首を刎ね飛ばしたらしい。当然それで止めることはなく。隣の男の首も、刎ね飛ばす。
「嫌だぁぁぁあ!! 助けてくれぇぇぇ!」
「ひぃぃぃぃぃいっ!!」
「あっははははっ!」
アルフォンスが、蹂躙する。ドンドン、ドンドン、人を殺していく。
壇上にいるコルネリウス達は恐怖のあまり、動くことができない。
だが、ファングが。一番最初に我に返った彼はこの状況でどう動けばいいかと、真っ先に思いついて。直ぐにそのための行動に移る。
「殿下っ……逃げましょう! このままここにいては危険ですっ……!」
「…………ぁ」
「早くこちらへ! やぁっ!」
剣型の魔道士──実際に剣としても使える──を構えたファングが玉座の後ろの壁を破壊して、緊急避難用の隠し通路に入るようコルネリウス達を促す。
そして……逃げ惑う貴族達に向かって、命令を、下した。
「その竜と戦え! お前達は王族を守る貴族だろう!? その務めを果たせ!」
『…………っ!』
その声を聞いた瞬間──逃げ惑うだけだった貴族達がアルフォンスに一切に襲いかかった。
王宮に参上する際は警備上の理由から魔道具の持ち込みは禁止されていても……身を守るための階級の低い魔道具の持ち込みは許されている。とはいっても、身体能力を強化するぐらいしかできない代物だ。使ったところで雀の涙程度しかない。
だというのにわざわざそれで身体能力を強化してまで……彼らはアルフォンスに襲いかかっていた。
──ファングの命令通りに。
「…………は、は……あははははっ!」
しかし、そんなの最強種たる竜には意味がなかった。
斬って。殴って。千切って。嬲って。捻って。潰して。刎ねて。刻んで。
爆発の音を聞きながら、死体の山を積み重ねていく。
最後の一人、その心臓を貫いた時──……アルフォンスは全身を真っ赤に染めて高嗤いをしていた。この地獄を楽しむように、満足気に嗤っていた。
「アル〜? 楽しんでるとこ悪いんだけど、本命どもが逃げちゃったよ? いいの?」
人間どもの血で汚れぬようにと。殺戮が始まった時点で上に避難していた──シャンデリアに腰掛けて観劇をしていたカルディアが、下にあるアルフォンスに問いかける。
彼は少しの間嗤い続けてから……スッと切り替えたよあに、淡々とそれに答えた。
「はは、あはははっ…………あぁ、構わない。どうせ奴らは俺に勝てやしないんだから。少しでも争って楽しませてもらわないと」
「そうだね〜! 楽しませてもらわないと! ……あっ、そういえば! 逃げた鼠の中に一匹、気になる奴がいたね?」
「…………アイツか。随分と面白い力を使ってたな?」
足元の邪魔な塊を蹴り飛ばしながら、アルフォンスは先ほどの光景を思い返す。
「実は……策を進めるにしても強引過ぎるかもな、とか。結構無理があるよな、って思うこともまぁまぁあったんだ。なのに何故か、こっちの都合が良いように上手く進むことが多くてな」
王太子として教育を受けてきた癖に、重臣の心情を考えたら国益を考えたりもせずに。ただただ公爵令嬢を排除することを優先していたことも。
どうやって公爵令嬢の処刑に持っていくかと悩んでいた時も、何故か向こうが勝手に望み通りの処刑という選択を選んでくれたりしたのだ。
本当に、アルフォンスが仕込まなくてもこっちの都合が良いように進むものだから……一体どういうことなんだと疑問を抱いてはいた──とはいえ都合が良いからと放置していたのもまた事実だ──が。
──まさかその理由が……〝奴〟の影響だったなんて。
「アイツ、人間だよね? 人間だけどアルの仲間だったりする?」
「まさか! ただ、アイツにも目的があって動いていたんじゃないか? 本人にはこちらを手伝う気なんてなかったんだろうが……結果として、こちらを手助けすることになっただけとか」
「あははは〜! あり得そう〜!」
血で汚れた手を振り払い、アルフォンスは頭上に手を差し出す。
ふわりとシャンデリアから落ちてきたカルディアはその手を取って、問いかける。
「この後の予定は?」
「そうだな……。追いかけっこは好きか? カルディア」
「あはっ……! 雑魚い奴らがみっともなく逃げ惑うのを追っかけて絶望させながら蹂躙するのは好きだよ!」
「そうか。なら是非、カルディアも楽しんでくれ。俺の演出する舞台は参加型だからな。好きだけ殺してくれて構わないぞ。なんせ数だけは、無駄に多いからな」
「あはははっ! サイコーッ!」
竜達は楽し気に会話を交わしながら、大広間を後にする。
すれ違う人間どもを皆殺しにしつつ、王宮の外へと向かっていく。
やっと……やっと、始まった。
色々とあったが、アルフォンスはこの時をずっと、待っていたのだ。
家族を殺した人間どもに、復讐を果たすこの時を──……。
「さぁ、楽しい楽しい復讐劇の始まりだ」
アルフォンスはそう言って……炎に包まれつつある王都へと、足を踏み出した。




