竜教育計画そのに。育つまで待ちましょう。/竜裏教育計画そのに。孤独の恐怖を教えてやりましょう。
──独り、この《箱庭》に残されて、どれだけの時間が経っただろうか?
傷は癒えた。
帰りたかった。
温かい両親のもとに。
還りたかった。
逃げ惑う毎日だったけれど、確かに独りではなかったあの頃に。
でも、この《箱庭》から出ることができない。
空を飛んだ。
見えない壁に塞がれて、どこにも飛び立たなかった。
地を歩いた。
気が遠くなるほど歩いて歩いて、歩き続けて。やっと視界が開けたと思ったら最初の湖に帰ってきていたことに。仔竜は絶望せずにはいられなかった。
暴れた。
何も変わらない。ただ置かれていたクッションがボロボロになっただけ。
自殺しようとした。
けれど、回復陣とやらの効果だろうか? 直ぐに傷は癒えてしまった。
何をしてもここから出られない。変わらない。変化がない。
ずっとずっとずっと独り。
でも、ここから出ても。この世界で最後の生き残りである仔竜は、ずっとずっと、独りぼっち。
(…………ッ……!)
怖かった。
孤独がこんなにも恐ろしいのだと、知らなかった。
恐かった。
両親の記憶が、声が、体温が、薄れていく。忘れていく。
独りひとりヒトリ独りひとりひとりひとり独りヒトリ。
独りひとり独りひとりヒトリ独りひとりひとり独りひとりヒトリ独りひとりひとり独りひとりヒトリ独りひとりひとりひとり独りヒトリひとり独りヒトリひとり独りヒトリヒトリ独りひとりひとり独り独りひとりヒトリ独りひとりひとりヒトリひとり独り独りひとりひとり独りひとりヒトリ独りひとりひとり独りひとりひとり独りひとりヒトリ独りひとり独りひとりひとり独りひとりヒトリ独りひとりひとり独りヒトリひとり独りヒトリひとり独りヒトリヒトリ独りひとりひとり独り独りひとりヒトリ独りひとりひとりヒトリひとり独りヒトリひとり独りヒトリひとり独りヒトリヒトリ独りひとりひとり独り独りひとりヒトリ独りひとりひとりヒトリひとりひとり独りヒトリひとり独りヒトリひとり独りヒトリヒトリ独りひとりひとり独り独りひとりヒトリ独りひとりひとりヒトリひとりヒトリヒトリ。
……。
…………。
………………。
「仔竜さ──……とはもう言えないかな? 竜さん? 大丈夫?」
ふと、声が聞こえた。
もう何百年も持ち上げていなかった瞼を開ける。
差し込んだ光量の眩しさに、目が眩んだ。でもそれも直ぐに慣れる。明瞭になっていく視界。
そこに映るのは……穏やか森の景色と、酷く美しい人の姿をした化物。
『…………グルゥ……!』
「おっと、驚き。この程度の時間経過で言語を忘れちゃうとか……。君の脆弱さを見誤ってたよ」
仔竜だったモノ、今は小さな小屋程度にまで成長した竜は、怯える。恐怖する。
それほどまでに、目の前にいる存在は恐ろしかった。自分では勝てないと、本能的に理解させられた。
そうやって怯えているのが分かったのか……。化物が、ニンマリと笑う。
「うっふふ。やっと分かった? 私と君の実力の差が」
『…………ッ!』
「でもね? 私との力の差が分かるようになったってことはそれだけ君が成長したってこと。それにもう一つ、君に教えてあげる。君の竜としての潜在能力はね? 君と私、そんなに変わらないんだよ?」
若葉色の髪を揺らす彼女──カルディアは、恐怖で動けない竜にゆっくりと近づく。
「それじゃあ、竜さん。いい感じに育ったところで……本格的な教育を、始めよっか?」
そして、この場を訪れた理由を告げた……次の瞬間。
「それじゃあ、いくよ〜?」
そんな、気の抜けるような声をかけられるのと同時に、周りの景色が一瞬で変化した。
荒れ果てた大地。大小様々な岩があちらこちらに転がり、空は曇天に覆われている。
息を呑んでいる暇などない。ハッと我に返った時には、もう遅い。完全な、手遅れだった。
「おっそいよ」
軽く、頬に触れるような動作だった。触れた瞬間になったのもぺちりっ、なんて全然痛くなさそうな音。
しかし実際は……弱そうな平手打ちによって、まるで大槌で叩きつけられたような衝撃を生み出されて。触られた竜の身体が、勢いよく彼方に吹っ飛んでいく。
『ギャァッ!?』
──ズザァァァアッ!
土煙をたてながら、竜は地面を転がった。
痛みで動けない。恐怖で、動けない。
ガクガクと震えていると、いつの間にか目の前にアレがいた。
彼女は腰に手を当てながら、溜息を零す。
「こーら! 何惚けてるの? 早く立ち上がって? 休んでる暇なんてないんだからね」
そこからは一方的な蹂躙だった。
避けなくては死ぬ。意識を逸らせば、殺される。
極限まで意識を敵に集中させて、逃げることを意識する。
けれど、それも相手に読まれていたのだろう。
化物が、逃げようとした先に、先回りしている。
「ここは《箱庭》だって忘れた? 私の許可なしには、出ることは叶わないよ?」
『グガァァァアッ!』
「後……意識しなくても避けれるようになろうね?」
──パンッ!!
破裂音がした。グラリッと視界が揺れる。平衡感覚が狂う。
立っていられなくて、その場に崩れ落ちる。
「今日はここまで! また明日、頑張りましょう」
最後に聞こえたのは酷く楽しそうな、悪魔のような言葉。
どうやらこの地獄は、まだまだ延々と、続くらしい。
『畜、生……』
竜は悪態に近い鳴き声を漏らしながら……意識を手放した。
◇◇◇◇◇
気絶した竜を再び回復用の《箱庭》──堕天使の拠所にぶっ込んだカルディアは「さて」と、クッションに埋もれた竜の前に立った。
(この世界の竜がどういう構造してるか分からないからね。今の内に確認しておこうっと)
人間どもが人間種以外を魔道具に加工していると言われてから気になっていたのだ。
魔道具の素材となる人間種以外は、魔道具に加工される前はどうやって魔法を使っているのか? ──が。
カルディアの場合は仮想臓器──《竜核炉心》で魔力を生み出して、魔法を使っている。また、魔力を貯めておくための仮想臓器──《竜魔器》というモノも保有している。〝竜〟と付くだけあって、この二つの機関があるから竜は強力な力を払うことができる。けれど先も言ったが、これはカルディアの世界の竜の話。
この世界の竜も同じとは、限らない。
(視せてもらうね)
カルディアは竜の額に自身の額を合わせて、その身体構造を調べる。
体表、内臓、各機関……。色々と視て、自身との違いを把握する。
(成る程〜。心臓自体に魔力生成能があるんだ)
竜の心臓が鼓動する度、魔力が生み出されている。生み出された魔力は血流に乗り、全身に行き渡って、また、心臓に戻り……古くなった魔力を基に新たな魔力を生み出す。
(…………普段から魔力が身体中を回ってるから、魔力伝導性が良い。だから、骨や血まで魔道具の素材に使うんだね)
カルディアは竜との感覚を共鳴させて、魔力生成機能に異常がないか確認する。
(ふーん……魔力の生成を意識すると、生成量が増える。で、魔法として発動させるには……。頭の中で魔法術式を構築する感じなんだ? どういう魔法にしたいかって想像するだけの私とは違うんだね。でも、構築能力が乏しい気がするなぁ……。魔力があっても魔法として使ってないからかな?)
そこまでは把握したところで、カルディアはそっと離れる。
どうやら魔法を上手く使わせるには魔法術式の勉強をさせなくてはいけないようだ。それに、竜としての戦い方を学んだ後は人型での戦い方を。
それからいろいろな知識に……。
「あっ、そうだ。あの従者君の代わりにこの子を連れて行くのも良いかもしれないなぁ」
まだ少ししか接していないが……アルバートの主人への傾倒っぷりは凄い。そんな彼が本物のケイトリンに付いて行ったら、偽物の側に彼の姿がないことに、周りから違和感を覚えられるかもしれない。
ならば、ケイトリンの身代わりだけでなくアルバートの身代わりもいた方が、疑われる可能性がもっと低くなるはず。
「…………ということは従者としての知識も必要ってこと? …………流石に従者君に教えさせるのはちょっとアレだしなぁ。どうやって教えたらいいんだろ??」
カルディアは腕を組みながら……困ったように首を傾げた。