お遊戯会みたいな公開裁判
クライマックスに入ります! 多分!
後、毎度恒例、プロットと本書きで内容が変わるので!
若干エンディングが私でも読めなくなってきました!(書いてる本人なのに、本人も分からないの本当に信じられないぐらいに謎……)
下手したら、『こんなエンディングだとは思ってないよ!?』なんてなるかもしれませんが……まぁ、最後までお付き合いくださると幸いです。
ではでは、よろしくどうぞ〜
緊急招集──。
それは、貴族らの見届けが必要な重要な案件が起きた場合に王族が発令する、ほぼ強制な招集命令であった。
しかし、今は夏季。殆どの貴族が避暑地であるメーユにいるため、仕事や用事などで王都に残っていた貴族は多くない。
ゆえに、今日この招集に応じられた者達は平時よりもはるかに少ない人数であった。
だが、そんな彼らは幸運であり、不幸だったのかもしれない。
彼らは今日、世界の命運を別つ瞬間に、立ち合うことになるだから──……。
◇◇◇◇◇
──その日、カルディアは予感がしていた。とっても愉快な、楽しいことが起こる予感だ。
そして、それを齎すのは当然──……。
「お嬢様」
マジェット公爵家の私室。
その時を迎えるにあたって、豪奢な薔薇のようなドレスを着て身支度を整えていたカルディアは、かけられた声に振り返る。
「アル」
「大変長らく、お待たせしました。楽しい楽しい復讐劇の時間です」
アルバート──マジェット公爵家の侍従のフリをした《最後の竜》アルフォンスが邪悪に笑う。
爛々とその瞳を輝かせながら、公爵令嬢ケイトリンのフリをした主人に手を伸ばす。
「お手をどうぞ?」
「……手を取る前に聞かせてよ、アル」
「……?」
カルディアの瞳が弧を描く。
外見はケイトリンの姿だというのに……本来の竜の瞳が、瞳孔を細めて爛々と輝いているような気がした。
「自信はあるの?」
「…………」
それは自分を楽しませることができるか、という問いかけだった。
この竜は好奇心で生きている竜だ。面白そうだからと、アルフォンスの復讐劇に付き合ってくれていたのだ。だからそう、問いかけるのも当然で。
自信があるのかと聞かれればその答えは──……。
「さぁ? それは分からないです。案外、杜撰な計画で進めてますし。最後、力業の予定ですし」
「うわぉ、素直」
「でも少なくとも……俺にとっては楽しい時間であることは間違いありませんが?」
「…………」
「そんな答えでいかがでしょうか、カルディア様」
「…………あはっ。あははははっ!」
アルフォンスの答えを聞いたカルディアは笑った。目尻に涙が滲むぐらいに……大きな声で、面白そうに笑った。
「うん、大丈夫そう! 多分、私も楽しめるね! だって自己中心的な物語ほど身勝手で、面白いモノはないもん! 行こっか、アル! 楽しい楽しい復讐劇を、特等席で観劇させてもらうね!」
今度こそアルフォンスの手を取り……二人はマジェット公爵家を後にした。玄関前に準備されていた馬車に乗り、王宮に向かう。
ガタガタと馬車に揺られること数十分。王宮に辿り着いたカルディアは公爵令嬢の仮面を被って、粛々と馬車から降りた。
「こちらです」
アルフォンスの案内で彼女は王宮内を進む。
遠くから騒めく人々の声が聞こえてくる。どうやら他の観客達の準備も万全らしい。
興奮からついつい笑ってしまいそうになるけれど、それは公爵令嬢らしくないから我慢する。
そして、貴族令嬢らしく楚々とした面持ちで大広間の扉の前に立つと……それを待っていたかのように、ギィィィッと扉が開いていった。
「入れ。ケイトリン・マジェット」
大広間の奥から、王太子コルネリウスの声が聞こえた。アルフォンスは中には入らないようだ。彼に見送られながら、カルディアはゆっくりと中へ入っていく。
普段は舞踏会などが開かれる大広間は、簡易の裁判場となっていた。
夜会では国王夫妻が座る玉座が置かれている壇上には、王太子コルネリウスと顔面蒼白なフィオナ。更にその取り巻き達が控えており……大広間の左右の壁際には困惑を隠せない貴族達の姿があった。
そして中央。そこにあるのは紛うことなく、罪人が立つ証言台が用意されている。
「ケイトリン・マジェット。証言台の前に」
──ざわりっ……!
周りの貴族達から動揺の声が漏れた。事情を聞かされていない彼らではあったが、証言台があることで公開裁判が行われるのであろうことは察していた。
しかしまさか、裁判を受ける者が……王太子の婚約者であるケイトリンであったなんて。
このことをマジェット公爵家は、公爵は知っているのだろうか……?
彼らはそんな不安を口々にするが……王太子コルネリウスが「厳粛に!」と制してきたため、大人しく口を噤むしかなかった。
「ケイトリン・マジェット」
「はい」
「貴様、我々を殺害しようとしたな」
「まぁ」
コルネリウスから放たれた衝撃的な言葉に、また周りの貴族達が騒めく。しかしそれは、王太子の背後に立つタンザの鋭い視線で大人しくなる。
当の本人は心底驚いたと言わんばかりの表情だ。彼女はこてんと首を傾げて、その容疑を否認した。
「わたくし、そのようなことはしていませんわ」
「嘘をつくな!」
「いいえ、嘘ではありません。本当にわたくしはしていませんもの」
……その言葉に嘘はない。確かに、カルディアは彼らの殺害を企てたりなんかしていなかった。だって、自力で殺してしまった方が早いのだから、そんなまどろっこしいことをするはずがない。
この舞台を整えたのは全て、アルフォンスなのだから。きっとこれもカルディアではなく、彼がやったことなのだろう。つまり、冤罪である。
だから、カルディアは堂々と真実を口にしていたのだが……コルネリウス達はそれを信じるはずもなく。彼女を馬鹿にするように鼻で嗤うのだった。
「ふっ……これを聞いても同じことを言えるか。タンザ」
「はい。証人をここに」
カルディアが入ってきた扉が再び開かれ、二人の近衛騎士の手によって身なりの汚い、明らかに裏の世界で生きていそうな男が連行されてくる。
ギョロギョロと周りを見渡した男は証言台の側まで連れてこられると、無理やりその場に跪かされて、騎士達の手で逃げ出せないように押さえ込まれた。
「っ……! おい、痛ぇぞ! 優しくしろよ!」
「黙れ! 余計なことは喋るな!」
「チッ……」
舌打ちを零した男に、人々は侮蔑の視線を向ける。
何故、こんな男がこのような場に……という空気が流れる中、タンザがその男に問いを投げかけた。
「男。お前は、ここにいるフィオナ様と舞姫エピフィルムの殺害を、そこにいるケイトリン・マジェットから依頼されたな?」
「あぁん……?」
「素直に答えた方が身のためだぞ。真実を明かせば、命だけは助けてやる。もう一度問う──……お前は、ケイトリン・マジェットからフィオナ様とエピフィルムの殺害を依頼されたな?」
「…………」
男は王太子達と証言台に立つカルディアを交互に見る。それから考え込むように、黙り込んだ。
きっとどちらについた方が得策か考えているのだろう。
とはいえ、この状況で選ぶべき選択なんて一つに決まっている。
「…………まぁ、依頼に来たのは使用人っぽい奴だったからこの嬢ちゃんかは分からねぇけどよぉ。確かに、フィオナとかいう平民のガキとエピフィルムってぇ舞姫をブッ殺せって依頼を受けたぜぇ」
「……報酬は」
「宝石類をたぁんまりと。ま、どっちの女も王太子が好意を寄せてるって有名な女だ。その女どもを消して喜ぶ奴なんて一人しかいねぇだろうよ」
『っ……!』
人々の視線がカルディアに集まる。
普通の令嬢だったならば恐怖に震えていただろう。或いはボロを出していたかもしれない。
だが、カルディアは本当に無関係なのだ。何も関わっていないからこそ──関わっていても図太いので全然動じないだろうが──、彼女は一切の揺らぎもなく。真っ向からそれを否定した。
「わたくしは、その容疑を否認いたします」
「貴様が、マジェット公爵家の使用人に《隷属の首輪》を嵌めて刺客の一人として放ったことも知っているのだぞ? アルバート」
「はい」
また、背後の扉が開いた。
さっき共に入ってこなかったのは……専属侍従が、王太子側に付いているということになっているかららしい。
何をするつもりなのかと目を輝かせながら彼を見つめるカルディアに、アルフォンスは怒りに満ちた顔を向けた。
「…………ケイトリン・マジェット。よくも、よくも……望まぬ隷属を強いてくれたな……!」
「まぁ。なんのことかしら?」
「ふざけるなっ! お前が俺に《隷属の首輪》を嵌めて! フィオナ様を殺害させようとしただろうが! もしも失敗した場合のことも考えて、俺に自害するように命じるほどの念の入れようでっ……! それを忘れたとは言わせないぞ、ケイトリン・マジェットッ!」
「…………本当に嫌だわ。貴方、わたくしの侍従であったというのに、わたくしを嵌める気なの? 随分と恥知らずな使用人なこと」
「き、さ、まぁぁぁっ……!」
「お、落ち着けっ! アルバートッ!」
コルネリウスが慌てて制止の声をかけた。あまりにも鬼気迫る様子は、見ているこっちが冷や冷やするものだった。少しでも油断すれば、今にも公爵令嬢を殺してしまいそうなほどに、彼の怒りは凄まじい。
けれど……これによって、場の緊張感が一気に高まった。今の今までどこか白けていた空気が、真剣みが浴びてきた。
どうやら冗談では済まされない事態だと把握し始めた貴族達は緊張した面持ちで……裁判の行方を見守る。
「ふーっ……ふーっ……」
「……アルバート。証言できるか?」
「…………ふーっ……」
コルネリウスに問いかけられたアルバートは大きく息を吐いて、前を向く。
そして憎悪に濁った瞳で、高らかに偽りの証言を行った。
「刺客を雇い、フィオナ様を亡き者にしようと企てたのはケイトリン・マジェットで間違いありません! 報酬はジェット公爵家が保有していた宝石類! それは既に裏の流通ルートで換金されています! 裏で換金されたという時点で、充分後ろめたいことをしたという証左と言っても過言ではないと、わたしはここに証言します!」
「…………だ、そうだ。これでも容疑を否認するのか、ケイトリン」
「えぇ。否認しますわ」
「っ……! お前!」
「仮に、です」
カルディアの嘲るような視線がフィオナに向かう。
ビクリッと身体を震わせる彼女をジッと見つめながら……多分これを向こう側が望んでいるのだろうな、という台詞をワザと口にしてやった。
「その女は平民です。公爵令嬢たるわたくしが怪我を負わせたところで……そんな重たい罪になるはずがないでしょう?」
「…………ふっ……ふははははっ!」
──かかった。
そう思ったのは……一体、どちらなのか?
コルネリウスはついにこの瞬間がきたと、ケイトリンを見下す目で睨みつけた。
「平民か! フィオナを平民と言ったか!」
「……えぇ、言いましたが?」
「いいや、違う! フィオナは隣国──シーアス王国国王の血を引く王女である! 彼女がシーアス王家の血を引くことは、シーアス王国の大使によって証明されている!」
「…………!?」
カルディアは内心、(そんなのお嬢様から聞いてから知ってるけど〜?)と思いながらも、初めて知ったという演技をする。だってその方が、人間どもが面白い反応をしてくれそうだったので。
実際に策が上手く嵌ったと、愉悦に浸る王太子の姿は本当に笑ってしまいたくなるぐらいに面白かった。本当、ケイトリンのフリをしてなかったら大爆笑したかった。
だがこの感じであれば……きっとそれは、直ぐに叶うはず。
「親交の深い隣国の王女の殺害を企てたなど……国交にも影響を及ぼすだろう。よってケイトリン・マジェットには罪を償ってもらう。我が国も隣国も、王族を害することは極刑に処される決まりだ」
「まさか……!」
「…………ここに判決を下す。ケイトリン・マジェットの貴族籍を剥奪! そしてここに、貴様の極刑を命じる! 処刑人をここに呼べっ……!」
『なっ……!?』
──ギィィィ……!
コルネリウスが指示を出すと同時に扉が開き……大きな人影──処刑人が現れた。
錆色の鎧を全身に纏った処刑人の手には、大きくて錆びついた斧。それは、苦しませるための処刑道具だった。錆びついているからこそ簡単には首を落とすことは叶わず。何度も何度も刃を振り下ろして罪人を長く長く苦しませようという、悪意が滲んでいる。
それを見たマトモな観客──初老の貴族の男性は、ついに我慢ができなくなったのだろう。臣下とした進言すべく……今更ながら、制止の声をあげてくる。
「お、お待ちくだされ! これは不当ではありませぬか! 確かに、ケイトリン嬢は罪を犯したのかもしれませぬがっ……このような! このような一方的な判決は、許されませぬ! マジェット公爵家も黙っておりませんぞ!」
「黙れ! ケイトリンを擁護するということはお前も共犯か! …………お前も処刑されたいのか?」
「ヒッ……!」
王太子から血走った目で睨まれ、その貴族は恐怖のあまり後ずさった。その声音から、王太子は本気で、ケイトリンの共犯だと断じたら共に処刑するつもりであることを察してしまえたのだ。
この状況は明らかにおかしかった。何かがおかしかった。王太子が乱心した──……狂ってしまっているとしか思えない。
そうとは思いながらも恐怖のあまり、誰も口に出せない。何も言えない。
今の進言ですら、ケイトリンを擁護したとして共犯にされかけたのだ。自分の命が惜しいならば、口を噤んでしまうのも……仕方のないことなのだろう。
誰も彼も、自分の身が一番可愛くて仕方がないのだから。
「取り押さえろ!」
「きゃあっ!」
王太子の命令に従い、苦しそうな顔をした騎士達が彼女を押さえつけた。
本当はうら若い女性を捕えるなどしたくないのに、王族からの命令ゆえに逆らえないのだと……その態度が嫌というほど物語っている。だが、騎士である以上、王族の命令は絶対だ。
騎士達の手によって、彼女はその場に無理やり跪かされ、その白い首筋が晒された。
貴族達は見ていられないと言わんばかりに、その光景から目を逸らす。
フィオナとハリオは、今にも倒れそうな表情で見ていた。
タンザは感情のない顔で。
コルネリウスは興奮しきった様子で。
…………ファングは安堵したような面持ちで。
彼女の首筋に一度刃が添えられてから、大きく振りかぶる。
そして──!
「執行せよ!」
──彼女の首を落とすための刃が、ついに振り下ろされた。




