陰謀《ワナ》が渦巻く、策略《ウソ》が飛び交う( Ⅲ )
レメイン王国国王ハインリッヒは、再度やって来たから王太子コルネリウスの言葉に……小さな溜息を零していた。
「コルネリウス、今、なんと言った」
「ですから……ケイトリンの処刑を、求めます。王族の殺害を試みるなど……許されざる大罪です」
この国だけではなく隣国でも、王族へ危害を加えようとすることは、極刑に値する大罪ではあった。あのフィオナという娘がシーアス王家の血を引く王女であることが確かになった以上、ケイトリンが犯した罪が重くなってしまったのは間違いない。
……だが、覚えていないのだろうか? ケイトリンは公爵令嬢。それも今も、コルネリウスの婚約者であるということを。
(…………隣国との付き合いがある以上、マジェット公爵が、黙っていないだろうな)
公爵夫妻はなんだかんだで子供思いだ。もしも、娘が死を賜るほどの罪を犯していたとしても……公爵夫妻は娘を助けようとするだろう。
もしも、この要望を受け入れてしまったら。ケイトリンの処刑を許してしまったら……マジェット公爵家との関係に、致命的な亀裂が生じてしまう。遥か昔より王家を支えてきてくれた公爵家と仲違えるようなことになっては、国にも影響を及ぼすだろう。ゆえに、ハインリッヒとしては、ケイトリンの処刑を認める訳にはいかない。
それに……分かっていないのだろうか? 彼女がここまでの凶行に出たのは、コルネリウスが元凶だと言っても過言ではないことに。
婚約者がいる身でありながら、隠れもせずに堂々と他の女を侍らかせて。ケイトリンを蔑ろにしてきたから。コルネリウスが平民の女を妃に迎え入れて、婚約者を捨てようとしたから。ケイトリンはその立場を守るために過激な手段に出てしまったのだ。
その排除しようとした相手が、平民のままであったなら。ここまで大事にならなかったであろうに。
その相手がまさかの隣国の王女であったがゆえに……この一件は、学園での火遊びでは収まらなくなってしまったのだ。
ハインリッヒは考える。なんとかこの状況で最善の結果が出せるように考えに考え抜いて……決定を、下した。
「……確かに、ケイトリンは罪を犯したのかもしれない。しかし、彼女はまだ学生だ。十八歳──成人を迎えてはいない。よって、貴族籍の剥奪及び、王都からの追放──その後、厳格な規則が定められている北の修道院に入れることを、罰とする」
「…………なっ!? 何故ですか、父上!! 何故、処刑ではないのですかっ……!!」
「……お前は王太子だろう。少しは自分で考えてみろ。近衛、こいつを下がらせろ」
「「ハッ!」」
ハインリッヒはこれ以上息子と話すのは頭が痛いと言わんばかりに、壁際に控えていた近衛騎士にコルネリウスを退室させるように命じた。
しかし……ハインリッヒはこの時、きちんと息子のことを〝見るべき〟だったのだ。
王族としての教育を受けているはずのコルネリウスが何故、こんなにも愚かな選択をしたのか。
……普段であれば察するはずの国王の意図を、何故理解できなかったのか。
その小さな違和感に、ハインリッヒは気づくべきだった。
しかし、現実はそう上手くはいかなくて。
こうした小さな失敗が、少しずつ少しずつ、積み重なっていく。
それが致命的な傷になるのは、後──……。
◇◇◇◇◇
身の安全のために……女性王族が暮らす宮殿──《月華宮》に身を置くことになったフィオナは、窓辺に寄せた椅子に座って雲に覆われかけた月を見上げていた。
「…………はぁ」
フィオナは溜息を零す。
頭が上手く働いていない気がした。それほどまでに、ここ最近は色々なことがあり過ぎた。
避暑地での襲撃に、明かされた犯人。
慌てて王都に避難したかと思えば、自分が隣国の王の血を引いているのだと明らかになって。今はこうして、王族が暮らす宮殿に身を置くことになって……。
本当に、ここ最近は疲れることばかりだった。
……。
…………。
………………けれど、本当は。フィオナをここまで疲労させたのは、それらが一番な原因ではなかった。
彼女をこんなにも打ちのめしているのは……。弱らせているのは……。
──コルネリウスの、想いの在り方。
(…………分からない……貴方の気持ちが分からないです、コルネリウス様……)
そう……フィオナの胸には今、コルネリウスに対する不信感というものが、芽生え始めていた……。
きっかけはやはり、舞姫エピフィルムの存在だろうか?
彼女の舞を見てから、コルネリウスは舞姫に想いを寄せるようになった。
隣で彼を見てきたフィオナは気づいていた。それは自分に向けるような〝好意〟であると。
婚約者であるケイトリンとの間には情なんてものはなく、政略で結ばれた婚約であるがそれでも婚約者ではあるからと。外聞があるからと実際に言葉でその気持ちを伝えてもらったことはなかったが……それでも、視線で。態度で。言葉以外で、彼はその想いを自分に向けてきていた。
逆を返せば、彼は態度に気持ちが出やすかった。だから簡単に、分かってしまったのだ。
自分に向ける想いがこうも呆気なく薄れて……たった一夜。一度切りの舞を見ただけで容易く、コルネリウスが、あの舞姫に靡いてしまったことが……。
(…………コルネリウス様)
……とはいえ、あくまでも薄れただけであって、まだ自分に対する想い自体は抱いているらしい。
しかし、今の今まで平民として暮らしてきたフィオナは。一夫一妻制が当たり前として生きてきたフィオナは、何人もの女性に好意を向けるコルネリウスに不信感を抱かずにはいられない。
そもそも、あんなにも簡単に女性を好きになるのだ。今後も、そうならないとは限らないではないか。さらに言えば、この時点で自分に向ける情が薄れているのだから……好きな人が増えれば増えるほど、コルネリウスは前に好きになった女性に見向きもしなくなる可能性が高くなる。
それに……フィオナは、コルネリウスに対して疑惑を抱くようになってしまった。
…………コルネリウスは本当に、自分のことが好きなのだろうか、と……。
好きならば、好きな人の思いを。意思を。無視して話を進めたりしないはずだ。
なのに彼は狙われた当人であるフィオナが〝止めてくれ〟と言っても、ケイトリンを処刑することを撤回しようとはしなかった。
見知った人が処刑されるのが嫌だったのも確かではあるが。自分の所為で誰かが死ぬことを恐れるフィオナの気持ちを、分かろうともしてくれなかった。
(だって、そうでしょう……? ケイトリン様がこんな凶行に出てしまったのは……私がコルネリウス様を好きになって。コルネリウス様も私を好きになってしまったからなんだから……)
コルネリウスはケイトリンとの間に情はないとは言ったけれど。それはコルネリウス側の見解になる。
では、ケイトリンは? コルネリウスに対して、彼女が恋情を抱いていないだなんて……誰が決めた?
(だって、私を。エピフィルムを。コルネリウスが想いを向ける相手を消そうとするぐらいなんだもの……。その選択こそが、ケイトリン様はコルネリウス様に、それほどの強い気持ちを抱いているって、証拠なのに。なんで、コルネリウス様はそれに気づかないの?)
…………気づいていないから、公爵令嬢の気持ちを知ろうともせずに。ただただ。ケイトリンを排除しようと動いているのだろう。
ただ、自分にとって邪魔な存在だから……彼はケイトリンを排除したいだけなのじゃないだろうか?
──コルネリウスは、本当に自分達を見ている……?
フィオナはそう、思わずには、いられない。
「どう、したら……」
王女だと分かっても、何の力もない小娘は。ただただ周りに流されることしかできない。何もできない。
この物語をハッピーエンドに導ける者がいるとしたら……それは他ならぬ主人公ただ一人であったというのに。
そして、こんな風に……周りの誰も彼もが、主人公の気持ちを蔑ろにするものだから。
── この物語は……世界の終わりを迎えてしまうのだ。




