仔竜教育計画そのいち。取り敢えず体力を回復させましょう。/仔竜裏教育計画そのいち。その愚かさを自覚させましょう。
※実際はキューキュー鳴いてますが、以降、仔竜の台詞は普通に書いていきます。
《箱庭》──それは《渡界の界竜》カルディアが生み出した魔法。
これは、世界の中に自分だけの小世界を作り上げ、好きなように生活環境を整えることができる魔法だ。
他の竜ならばそうはいかないが……《界》という概念を司る竜であるカルディアであらば、多種多様な《箱庭》を生み出し、維持したままでいられる。更には、《箱庭》内の時間すらも好き勝手弄ることができるのだ。
つまり《箱庭》は……永い時間が必要となるであろう仔竜の教育の場として、この上なく最適かつ適材な場所で。カルディアが仔竜を《箱庭》に連れ込むのは、ある意味必然であるのだった──……。
カルディアの《箱庭》は何種類かあるが……仔竜を連れて入ったのは、深い森が主体となった《箱庭》だった。
見上げるほどに高い木々が並ぶ、深い深い森。けれど、陽射しがめいいっぱい差し込んでいるから……決して暗くはない。開けた場所にあるのは、キラキラと輝く湖。湖の中央には小島。他の木とは少し違う薄青色の葉が生い茂った大樹が生えており……その根元に毛長のカーペットが敷かれ、ふっわふわのクッションが沢山集められている。
まさに休むための場所、といった感じであり……実際に彼女の目的はその通り。
「という訳で! 仔竜さん! ひとまず貴方は体力回復に専念ね!」
『うわぁっ!?』
カルディアはそう言いながら、そのクッションの山に仔竜をズボッと埋め込む。
埋められた仔竜はジタバタと暴れて、息が詰まる前になんとかクッションの山から顔を出すことに成功した。
『はぁ……はぁ……。こ、ここは……?』
──ビクビク、キョロキョロ。
不安そうに辺りを見渡す彼に、カルディアは情けないモノを見るような目を向ける。実際に情けないと思ってはいるのだが……この竜が立派に育つか否かはカルディアの手にかかっている。
ひとまず──いつまでも怯えられては面倒なので、一応この場所の説明をしてやることにした。
「ここは《箱庭》。小さな私だけの世界。私の許可なしに誰も入ってこれない。誰も侵入できない。侵攻なんてもっての外な、不可侵領域だよ」
『《箱庭》……』
「そんで、この《箱庭》は……ある世界の堕天使さんが拠点にしてた場所を模しててね? 空間丸ごと模倣したからその堕天使さんが構築した回復陣もそのまんまなの。だから、ここなら誰にも邪魔されずにすっごぉ〜く回復できるんだよ」
『すっごく回復……』
「現に傷、治ってきてるでしょ?」
カルディアが指摘すると、仔竜はバッと下を向く。そしてギョッとした。
言われた通り、自身の傷まみれだった手が治り始めていたのだ。慌てて背中を振り向くと、穴だらけだった翼もじんわりと治り始めている。
仔竜は驚きに目を見開いたまま、固まる。
そんな彼の姿に、カルディアは呆れたような視線を向けた。
「言っとくけど……竜ならこんな陣の力なんて借りなくても自己治癒能力が高いから、致命傷以外の傷はよゆーで治るはずなんだからね? 逆を返せばこんなモンの力を借りなきゃいけないぐらい君が弱いってことで。ホ〜ント……同じ竜として信じられない気持ちでいっぱいだよ……」
『…………りゅう??』
「なぁに、その目は。なんか疑ってるような目ぇしてない??」
『だって、にんげん……』
その言葉に、カルディアは額に手を当てながら溜息を零す。
本当に呆れてしまう。まさか、人の姿をしているからカルディアが竜ではないと思っているのか。それ以前に、仔竜とはいえ同じ竜の本性を見抜けないほど弱っちいことに頭が痛くなる。
「あっきれたぁ〜……! 人の姿をしてるから人間って安直に考え過ぎ! というか……本気で私が竜だって分からないの? 同じ竜の気配とか、感じ取れないの?」
『…………』
「もぉぉぉぉ……!」
カルディアは立ち上がり、人型を解く。
バキバキと音を立てて変わっていく輪郭。
色白な肌に燐光を放つ若草色の鱗が生え、鋭い爪が地面を抉る。美しくも大きな翼。曲線を描く優美な身体。陽の光を受けて輝く黄金の瞳はまるで宝石のようで。
仔竜はあまりにも美し過ぎるその竜の姿に、目を奪われずにはいられなかった。
『どーお? これで私が竜だって分かった? それも仔竜さんなんかより遥か〜に強い竜だって!』
『…………(コクコクコクッ!)』
仔竜が何度も何度も頷く。
呆然としつつも、自分に見惚れているのが分かったカルディアは再び人型に戻りながら……どこか夢現状態の彼に、言い聞かせるように告げた。
「本性が大きい生物は基本的に小型化……基本的に人型を取ることが多いの。理由は簡単。動き易いし、人間は数が多いから目立ち難くなるから。だから人の姿をしてても人間じゃないこともあるんだから、覚えておくよーに!」
『う、うん……』
「で……今の私の本性を見て分かったと思うけど! 今のが本来の竜というモノなの! …………貴方とは大違いだったでしょ? 強そうだったでしょ? 実際にかな〜り強いよ。竜は本気出せば国一つ滅ぼせる存在だからね!」
『!?』
カルディアは知っている。
容易く国や大陸、世界だって滅ぼせる竜がいることを。
他の世界の竜だって、世界を滅ぼせる程度ではなくても災厄を振り撒く程度には最強種であることには変わりはなかった。
つまり、目の前にいる仔竜も。例に漏れないはず。
「だから、私は竜なのに情けない貴方を教育することにしたの! 貴方には私ぐらい強くなってもらうから、覚悟してね!」
『で、でも……! ぼ、く……は……』
泣きそうな声になりながら俯く仔竜。
今まで見てきた竜とは比べ物にならないほどに、弱気な姿だ。
そんな彼を見たカルディアは呆れた顔をしながら、この世界の竜が狩られた理由をほんの少しだけ理解した。
「…………はぁ。意味分かんない……なんでそんなに腰抜けなのかなぁ? そんなんだから……この世界の竜は君以外全員、死んじゃったんだよ」
『……………え?』
仔竜が顔を上げる。
動揺が、その瞳に宿っている。信じられないと、言外に物語っている。
けれど、カルディアからしてみれば何が信じられないのかが、分からない。
「なぁに、その顔。思いもよらなかったって顔だね?」
『だ、だって……今、ぼく以外の……!』
「? そうだよ? 君以外の竜は全員、死んでるよ?」
この仔竜を確保した時、カルディアはついでとばかりに、この世界に現存する竜の気配を探っていた。
もしかしたらと思ったのだ。人間どもに殺されそうになっていたこの仔竜は、あんなにも無抵抗でいるものだから。もしかして他の竜も同じような選択をしたのではないかと。
そして結果は、ある意味想像通りで……。
この世界のどこにも、この仔竜以外の竜は、生きていなかった。
『!? な、なんで!?』
「なんでって……さっきの君自身が答えじゃない?」
導くように返してやれば、答えに辿り着いたのであろう。
仔竜の顔が、絶望に染まる。
『…………みんな……みんな……。殺されちゃった、の?』
「……そうじゃない? だって君もそうだったんだし。魔道具の材料にされちゃったんだと思うよ?」
『…………そ、んな……』
──何が〝そんな〟なのだろう? カルディアは不思議で仕方がなかった。
だって、この世界の竜がほぼ滅んでいるのは。ただの自業自得でしかないのだから。
「自分達で選んだ結果でしょ? 本当は人間なんかに容易く殺されるはずがない竜なのに。殺されることを受け入れてきたからこうなったたけでしょ? なのになんで、そんなに悲しんでるの? 絶望してるの? おかしいよ」
カルディアは柔らかく、けれど確実に仔竜の心を抉るように告げる。
同じ竜として雑魚どもに殺られるこの世界の竜達に怒りを抱いていた。
けれど、今は。そんな怒りよりも好奇心が勝つ。
この世界最後の竜が、現実を知って。自分達の愚かさを知った結果──どうなるのかが。どんな選択をするのかが。気になって気になって、仕方ない。
「君達が抗えば、きっと誰もが生き残って。今でもみ〜んなで暮らせてたと思うよぉ? 誰にも害されず、穏やかに家族と生きれただろうね? もしかしたら素敵なお嫁さんができて、君の家族も増えたかも?」
『…………お父、さん……お母、さん……』
「でも、それはもう叶わない。力がある癖に自分達は弱いと勘違いして、無駄に命を散らしてしまったから。君はこの世界で、独りぼっちだよ?」
『…………』
仔竜の瞳から、光が完全に消える。深過ぎる絶望に、無気力状態になってしまったらしい。仔竜はぐったりと、クッションの中に沈む。
それを見届けたカルディアは敢えて何も言わずに。心の中でほくそ笑みながら、その場を後にする。
「う、ふ……」
寝室に使っている《箱庭》に移動したカルディアは、もう堪え切れないと。クスクスと笑いながら、ベッドに飛び込んだ。
彼女はパタパタと足を動かしながら、その美しい顔に凶悪な笑みを浮かべる。
「あははははっ! あぁ、面白い! 面白い! 良い絶望顔だったよ、仔竜さん!」
本当、あの顔は面白かった。素敵だった。
他人の不幸はなんでこんなに楽しいのだろうか? 楽しくて、仕方ない。
竜特有の残虐さが、その表情から滲み出たいる。
「でもでも、今はまだ種は蒔いただけ。本番はこれから、これから♪」
カルディアが蒔いた種は、上手く発芽するだろうか?
あの仔の心に植え付けた絶望は、どんな風に芽生えるだろうか?
どのように育てるかは……カルディアの手腕と、あの仔竜次第。
「……悪役令嬢の身代わりに、愉快な人間が二人。この世界最後の竜に、その教育。うんうん、面白いことがいっぱいだね! ふふふふっ……これからどうなるかな? 楽しみ楽しみ♪」
カルディアの声はその軽さに反して、ゾッとするほどの悍ましさに満ち溢れていた。