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異界の竜と、女神の邂逅

 




 そこは、全てが白に染まった世界だった。

 上も、下も、左右も。全てが白、シロ、しろ。

 その空間の主人も真っ白だった。

 腰まで伸びた白髪に、恐怖に染まった純白の瞳。肌すらも雪のように白く。白い法衣のような衣装を、白い帯紐で巻き付けている。

 はっきり言って……目がチカチカしそうな白さだった。まるで自分は穢れを知らぬ存在だと言外主張しているようで。どちらかと言えば邪悪寄りの存在であるカルディアはこの女に、この空間に、何もかもに虫唾が走った。

 だが、そんなことはどうでもいい。カルディアが今、許せないのは……それとは別のことだったのだから。


「随分と、アルが()()()()()()()みたいだねぇ?」


 カルディアはその竜の瞳に怒りを宿しながら、獰猛に笑う。

 いつからだろうか? アルフォンスの在り方が歪められたと気づいたのは。

 好奇心で生きているカルディアは、好奇心で生きているからこそ、好奇心が向いたこと以外が杜撰になってしまう悪癖がある。だから、気づくのが遅れた。アルフォンスの無意識になんて好奇心の欠片も向けていなかったから、彼の言動・思考があんなにも歪められてしまったことに。この女の干渉が酷くなる前に、それに気づくことができなかったのだ。

 その、アルフォンスを歪めた元凶たる存在が目の前にいる。

 カルディアは口角を持ち上げて、首を絞める手に力を更に込めた。


「さて。言い訳を聞こうか? なんで、アルを利用したのかな?」

「っ……! っっ……!」

「おっと、そうだった。このままじゃ話せないよね? 手、離してあげるけど……無駄口叩いたらどうなるか、分かるよね?」


 にっこりと脅しかけると、女はコクコクッと微かに頷く。

 カルディアが手を離すと、やっと息ができると言わんばかりに。女は勢いよく咳き込み、深呼吸を何度も何度も繰り返した。


「はぁはぁはぁ……」

「それで? 理由は? なんであの子の意思を歪めて、()()()()()()()()()()()()()のかな?」

「…………」


 カルディア達が育てた通りのままだったならば。アルフォンスはわざわざ、亜人達を復讐の計画に巻き込もうなどしなかったはずだ。だってそんなことをしなくても、竜の力を以ってすれば復讐など容易い。

 カルディアの教え通りに生きているならば。アルフォンスは亜人どもの命がどうなろうが、自分の目的のために容赦なく利用することを厭わなかったはずだ。なのに彼は、亜人達が無意味に命を散らさぬようにと。王太子達の方のことはカルディア達に任せて、自分はつきっきりで亜人達を守るつもりだと、そう態度で示していた。

 それをこれも全て。アルフォンスの言動に、あの女の意思が、反映された結果。


「まださぁ? お前がアルをそのために助けて育てたってんなら、お前がアルを利用してもなんとも思わなかったよ? そのためなんだろーなって納得するから。でも、アルを、アルフォンスを助けたのは私。殺されるところを。死にそうなところを拾い上げたのは私。そして、彼をヒトリの竜としてまで育てたのは私達なんだよ?」


 そう……カルディアが一番気に食わなかったのは──……これだった。

 アルフォンスを助けたのも。彼を竜として育てたのも。全て全てカルディア達だ。

 なのにこの女は、成長し切った後のアルフォンスを横取りして──彼の無意識下に干渉して──、彼の意思と言動を──本人の自覚がないまま──歪めて。自分の目的のために、自分の駒として好き勝手動かしていたのだ。

 要は、他人の苦労を顧みずに成果だけを掻っ攫ったようなモノ。カルディアだけでなく彼の教育に関わったアリスが怒るのも当然の話だった。

 それに──……。


「それ以前にさぁ? 今の今までアル達を、亜人達を人間どもの愚かな手から助けようともしていなかったお前が。彼らは関わる権利なんて、今更ないとは思わなかったの?」

「…………っっ!!」


 ──ブワリッ!!

 女神の目に怒りが宿る。炎のようなオーラが溢れ出し、嫋やかな見た目に反した般若のような顔で、叫んだ。


「わたくしだって! わたくしだってもっと早く!! 彼らを助けて差し上げたかった! でも()()()()()()のよ!」


 じわりとその目に涙が滲む。声が震える。


「これも全て! 人間どもの所為なのにっ……! 何故、何故! こんなことにっ……」


 その場に崩れ落ちて嗚咽を漏らし始めた女神の姿に……カルディアはほんの少し、引いた。この女の情緒が不安定過ぎるからである。

 とはいえ……その言葉の内容には多少の興味。

 こんな状態の女神から詳細を聞き出すことは難しそうなので、かなり反則的な技ではあるが。カルディアは女神の記憶を一つの界と拡大解釈して──……女神の記憶を、貪り漁った。





 ◆◆◆◆




 この世界には元々、亜人しか存在しなかった。

 女神はこの世界の生きとし生きるモノを慈しみながら、見守っていた。


 だが……親しくしている他の世界の女神から〝頼み事〟をされたことで、この世界はおかしくなってしまう。


『お願い。どうか貴女の世界に、わたしの世界の子達を受け入れて』


 友と呼んだいた女神の世界は、女神の失敗によって世界を閉じる──消滅させる──ことになっていたらしい。

 けれど、その世界に生きる者達を見捨てることなどできない。ゆえに、異世界転移──異なる世界で自身の子達を生かしたいと思ったそうだ。

 この世界の女神は、親しい友の頼みならばとそれを受け入れた。


 でも、それが間違いだった。



『待って、待って……待って! 話が違いますわ!』


 友の話では送り込む人間は一万にも満たないごく僅かのはずだった。けれど、実際に送り込まれたのはそれを遥かに上回る──十万人以上。


『いやぁ! 止めて!』


 それに、送り込まれたのは他所の世界の存在だ。この世界由来ではない存在は、ある意味異物。本来受け入れられないモノを受け入れれば、当然負荷がかかる。


『わたくしの世界が! 壊れてしまうわ!!』


 最初に告げられていた人数ならばそこまで影響はなかったはずだった。けれど、送り込まれた人間が多過ぎた所為で異常なほどの負荷がかかってしまい……女神の世界は崩壊寸前まで陥ってしまった。


『駄目、絶対に駄目! 壊して! 堪るものですか! わたくしの世界を!』


 しかし、女神は自身の存在すらも削って世界を守り切った。その影響で永い永い眠り──神の力を回復させるための休眠期──につく結果となってしまったが……それでも、女神は自身の世界を崩壊させなかった。


 それが、失敗。



 まだ、身体は動かなかったけれど。意識だけは目覚めた女神は、愕然とした。

 それもそうだろう。

 まさか、他所の世界から来た人間どもが。あろうことか女神の愛し子達──亜人達を奴隷として支配して、殺して、その亡骸さえも辱めるような目に遭わせていたのだから。


『あ、ぁ、ぁぁぁぁぁぁあっ!!』


 女神は嘆いた。

 追われて、狩られて、奴隷として、無惨に殺される愛しい子達。殺されることが当たり前だと刷り込まれて、家畜のように繁殖させられている愛し子達。自分達の道具に加工するため、消耗品として殺されていく、子達。

 女神の補助役。世界を維持するために必要不可欠であった楔──竜すらも、もう後一匹しか残っていなくて。

 世界はどうしようもなく詰んでいた。女神が命をかけてまで救ったはずの世界は、この竜が死んだ時に終わることが決まっていた。


 けれど、終わりかけた世界にも……小さな救いが、あった。



『もぉぉおっ! なんでそんな()()()()()状況になってるのーっ!』


 異界から来た竜。彼女がこの世界最後の竜となったあの仔を救ってくれたこと。

 そのおかげで、世界は後少しだけ延命することになった。


 しかし……それにも誤算。




『はい、おっそい』


 異界の竜は、あの有名な《()()()()()()()》から来た竜だった。


『防御もしっかりしようね』

『…………止めて……』


 本来ならば優しい、穏やかなはずの女神の竜が。


『いい加減、そろそろ魔法を使うことも意識しようよ。なんのために魔法術式教えたと?』

『……止めて止めて止めて! 止めて頂戴! その子は! わたくしの世界の竜は! そんな残酷な竜ではないの!』


 異界の竜に染められて残酷な、狂った竜の思想に染まっていってしまう。壊れていってしまう。

 けれど、共感できてしまう部分もあった。


『君の気持ちは否定しません。どっかの偽善者ならば復讐なんで何も生まないと甘いことを言うでしょうが……わたしは復讐肯定派です。なんせ復讐は気持ち良いですし、気持ちが晴れますからね』


 女神も、復讐は何も生まないと思っていた。しかし、どうしようもないほどに募る憎悪というモノを知ってしまった。

 やり返さずにはいられなかった。そうしなければこの胸に満ちた黒い感情で、世界を滅ぼしてしまう──……なんて、本末転倒なことをしでかしてしまいそうだった。


 それぐらい、人間ドもが、許セナイ。


 だから、正すことにしたのだ。()()()()()()に。

 この世界の正統な統治者は亜人達だ。人間どもじゃない。

 奴らこそ奴隷として、消耗品として、底辺を這うべきだ。そして奴らを、女神の愛し子達が支配するのだ。



 ──それこそが、この世界の、本当の姿。



 だから女神は……最後の竜を利用することにした。

 女神にとって、愛し子たる亜人達と侵略者である人間どもの立場を逆転させるためには、彼の復讐は都合が良かったのだ。


 最後の竜が復讐を遂げれば、否応なしに人間どもは弱体化する。

 亜人達を復讐計画に巻き込ませれば、上手く彼らに人間どもへの憎悪を植えつけることができる。奴らから支配権を奪い、奴らこそを奴隷に堕とすことができる。

 辛酸を舐めさせられていた愛し子達が、今度は辛酸を舐めさせる側に回ることになる。

 それはなんて……素敵な未来。

 そのためにも──アルフォンスには亜人達を護り、導く〝()()()〟になってもらわなくてはならない。だから、色々と干渉した。彼の意識を。心を弄って、思想を調整したのだ。



 この世界の住人を守ることを第一に考える、本来あるべき竜になるように──……。





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