夏の訪れ、狩りの始まり
本日2話目の更新です。
前話はまぁ読まなくてもなんとかなるので、読む読まないは各自が判断くださいね〜。
よろしくどうぞ!
嫌でも気づく。
この依頼を頼んだのは違うことなく公爵令嬢──ケイトリン・マジェットだろうと。
何故なら、標的が標的だったからだ。
銀髪の娘──フィオナ。
彼女は王都の学園に通う特待生で、王太子と仲睦まじい間からの女性とだという。
噂の舞姫──エピフィルム。
芸術の月に開かれた夜会で、彼女の舞を見た者達はそのあまりの美しさにもう一度その舞を見たいと、彼女のことを探しているという。そしてこちらも、王太子が関心を向けている。
そんな彼女達の排除だ。二人がいなくなったら〝誰が〟喜ぶのか……。
それが分からない奴はきっと馬鹿だ。
……。
…………。
とはいえ。そうだとしてもやるべきことは変わらない。
だって金のためならば何だってするのが、闇の世界を生きる住人というものなのだから。
「……さぁて。一つ稼いでこようかね」
そう小さく呟いた男は、呑気に王太子達と街歩きをしている標的の後を……警戒しながら尾行するのであった。
◇◇◇◇
散々と太陽が照りつける夏──。
学園の長期休暇に合わせて、観光地であり避暑地たるメーユには沢山の滞在・観光客達と、様々な目的を抱く人間どもが集まった。
元々、メーユで暮らしている人間。この夏をメーユで過ごす者。遊びに来ているだけの者。
更に標的を暗殺したい者。標的を保護したい者。標的を見つけたい者。
そして……標的である王太子一行。
既に役者は揃っている。
流石に王都の人口ほど、という訳ではないが……例年よりも遥かに人の出入りが多いこの地に、様々な理由をもって人を集めた理由はただ一つ。
この領地に……亜人達の隠れ里があるからだった。
敵の親玉の第二の本拠地とも言えるこの地に隠れ里があると知った時は思わず呆れてしまったものだが。しかし、隠れ里の方が先にあったのだと知れば納得もする。
当時、人間どもから逃げた亜人達は安住の地を求めた。そこで辿り着いたのがこのメーユ、温暖さが緩やかな過ごし易い土地だ。
彼らが結界で襲われないように安全な地を作り出して、隠れ里を築き上げてから数十年後──人間どももこの過ごし易いこの地に目をつけた。そうして直ぐに開拓を行い、過ごし易いように整えて、王族の公領となった。
運が良いことに元々あった隠れ里は結界のおかげで人間どもに気づかれることはなく……。今のような、王族の支配する土地に隠れ里が存在するカタチになったらしい。
(とにもかくにも……第一段階の始まりだ。これだけ人間がいる状況で隠れ里が見つかったら。奴隷確保のために、人間どもは隠れ里を襲う計画を立てるだろう)
それこそがアルフォンスの狙い。
これほど人を集めたのは、襲撃する人数を増やすためだ。王太子達が連れて来ている護衛達は勿論、謝礼金を払って民間からも襲撃参加者を募るだろう。参加者が増えれば増えるほど、隠れ里は危機に陥る。
つまり……復讐計画の一。それは人間どもに隠れ里を襲わせることだったのだ。
きっと第三者からしたら人間どもにではなく亜人側に被害を出すのだから、これは復讐ではないと言われるかもしれない。
だが、亜人達に怒りを、人間どもへの憎しみを抱かせるには自分達のモノを奪われるのが一番効果的だ。
勿論、生命的な被害は出さないつもりだ。人間どもの襲撃時期をコントロールして、タイミングを合わせて亜人達自体はアルフォンスが《箱庭》で保護する。
しかし、隠れ里は破壊させる。帰る場所を失くさせる。
そうして……アルフォンスは自分と同じように、人間達へ敵意を向ける同志を手に入れることになる。
…………それが、第一段階の完了。
(出来れば……王太子か王弟が率いてくれたら良いんだが)
その方が更に、人間への憎悪が増すだろう。なんせ王族こそが人間達の代表と言っても過言ではなのだから。王族が率いていれば、それが人間どもの総意だと言っても一応の説得力はある。
(後は、刺客達も頑張ってくれるといいんだが……)
刺客の奴らの中には破落戸も沢山いる。彼らの行動は特に制限していないので、彼らは金が貰えるならばと襲撃作戦に参加する人材にもなるだろうし。
この地ならば王都よりも警備が薄いため、標的を狙うことを優先する奴らも少なくはないはず。
王太子側も皆で避暑地に遊びに来て、いつもと違う非日常感で油断しているだろうから……刺客達にとっては、まさに絶好のチャンスになる。
(とはいえ……全てが全て上手くいくとは限らないことだし。ひとまずは隠れ里の襲撃だけは成功させよう。時期を見計らって、人間どもに隠れ里を見つけさせるには──……)
メーユ領都の街並みを観察していたアルフォンスは、領都中央にある時計塔最上階──関係者以外立ち入り禁止エリア──から《門》を潜って、いつもいる応接室のような《箱庭》にいたカルディアの元へ向かう。
ソファに座った彼女はどうやら、何か難しいことを考え込んでいるようで……「う〜ん……」と唸り声をあげている。
「カルディア様」
声をかけるとカルディアはパッと視線を上げた。
そして心底不思議そうに、首を傾げた。
「あれ、アルだ。どうしたの?」
「カルディア様、お暇でしょう?」
「まぁ、暇だね」
「なら追いかけっこ、やりませんか?」
「…………追いかけっこ?」
きらりと、金色の瞳が輝く。
その先を促されて、アルフォンスがにっこりと笑いながら話を続けた。
「鬼は人間ども。彼らから逃げて、隠れ里に辿り着いたらカルディア様の勝ちです。勿論、人間程度に力は抑えてくださいね?」
「…………その名で呼ぶってことは、公爵令嬢じゃなくてカルディアに参加してってことかな?」
「えぇ。エピフィルムである貴女に参加して欲しいんですよ」
カルディアは感覚派ではあるが、馬鹿ではない。
だから、それだけで……アルフォンスの目的を察してくれる。
「つまり、人間どもを隠れ里に導くのが私の役目ってこと? アルってば、亜人達のことを人間に襲わせるつもりなの?」
「えぇ。そうです」
「…………へぇ?」
それを聞いたカルディアの口角が上がる。好奇心に満ちた笑顔を浮かべる。
その笑みを見て、アルフォンスは自身の策が彼女の〝お眼鏡〟にかかったことを悟った。
きっと、彼女の好奇心に刺さるだろうと思っていたのだ。
だからこれを、彼女への〝求婚の品〟にした。
カルディアは異界の、壊れた竜だ。異常性を保有する竜だ。
《渡界の界竜》カルディアの異常性は強過ぎる〝好奇心〟。
面白ければなんでもいい。面白さためならば例え、他人がいくら死のうが厭わない好奇心至上主義。
ならば、好奇心を利用しない手はないだろう──?
カルディアを楽しませるのだ。自らの手で。
カルディアを喜ばせるのだ。自分の策略で。
要は彼女に……自分はこんなにもカルディアを楽しませることが出来るのだと、理解させれば良い。
伴侶として側におけば、ずっと自分を面白がらせてくれると理解させれば良いのだ。
そうすれば彼女は、自身の好奇心を満たすためにアルフォンスを伴侶に選ぶはず──……。
つまり……この作戦は。カルディアを手に入れるための一手でもある。
「ただ、亜人達の命を散らすような馬鹿なことはしません。人間どもに壊させるのは隠れ里だけで……タイミングを測って彼らを助けるつもりですので、カルディア様もそれだけは把握しておいてください」
しかし、そう告げた瞬間──アルフォンスは自身の失敗を悟った。カルディアの顔から笑みが消えたのだ。
彼女は不愉快そうに、咎めるように。顔を歪めて、ギロリッと睨んでくる。
「っ……!?」
それにアルフォンスは動揺した。動揺してしまった。
何も、おかしなことは言っていないはずだ。カルディアだったら『面白そう!』とか言ってただただ受け入れてくれると思っていたのに。
なのにまさか……こんな目で見られるとは、思ってもいなくて。アルフォンスは動揺を隠せなかった。
「カルディア、様? 何か、気に触ることを言いましたか……? あまり、面白そうではありませんでしたか?」
「いーや? 追いかけっこ自体は面白そうだと思うよ? なんだかんだで人間ぐらいにまで力をセーブするなんて……あんまりしたことなかったし」
「…………では、何故そのような不快そうな顔を?」
「…………ちょーっと、気になるとこがあっただけ」
カルディアは不満そうな様子を隠さずに溜息を零す。
だが、不服ではあれどそれでも引き受けてはくれるらしい。
彼女はソファの背凭れに腕をかけながら、聞いてきた。
「まぁ、いーよ。それで? 追いかけっこはいつやるつもりなの?」
「あ、えっと……それは──」
…………動揺を取り繕うように。説明に集中したアルフォンスは気づかなかった。
今だに、カルディアの瞳孔がキュッと細まり、何かを見定めるように自身を貫いていることに。
…………いつもと違う独特な雰囲気を纏い、薄らと笑うカルディア。
その表情こそが、滅多に本気で怒ることがない彼女が、本気で怒っている時の顔なのだと……アルフォンスは知らない。
そしてこれが……後に二人の関係にちょっとした変化を齎すことになるのだが……。
今のアルフォンスも当人であるカルディアも、全然それを、知る由もないのであった。