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幕間 貴女は悪役令嬢。けれど、本当の悪役はきっと──。


【報告】

えー…。

プロットの時点ではここら辺から恋愛要素が増えてく予定だったのですが、本書きした結果。


全然! 登場キャラ達が思い通りに動いてくれませんでした!

てか、容赦ないダークっぷりになりました(畜生)!!


という訳でジャンルを大人しく恋愛(異世界)→ハイファンタジーに変更します。

恋愛要素のあるハイファンタジーということでよろしくどうぞ〜。


【注意】

残酷描写(?)あります。苦手な人はお逃げください。


なお、本話には真相編(アルバート目線?)があります。

何話かはカルディア達の話が続きますので、本話の続き(ケイトリンとアルバートの話)は少しお待ちくださーい。


 




「またね、()()()ちゃん。楽しかったよ」

「…………」


 一応は清潔に保たれながらも、それでも汚い部屋から男が去って行く。

 ベッドの上で汚れた身体で横たわるケイトリンは、虚な瞳で宙を見つめる。


「………………」


 部屋には悪臭が漂っていた。鼻につく、すえた匂いと粘つく甘ったるい匂い。

 壁が薄いからか、隣の部屋の声が聞こえてきた。女の嬌声と、男の笑い声。


「……………………」


 何故、こんなことになってしまったのだろうか──?

 ケイトリンはそう、思わずにいられなかった。



 ◆◆◆◆



 あの日──。

 ケイトリンはアルバートの用意した家から出て行った。


 苦痛だったからだ。あの家での暮らしが、ずっと。

 故郷とは全然違う日々。かつてのような優雅な生活は叶わず。自由に出歩くこともできない。

 マジェット公爵家で暮らしている頃であれば、ケイトリンが望む前に望みのものが用意されていた。

 綺麗なドレス。美しい装飾品。上品な菓子。麗しい芸術品。

 それが、この生活になってからは一つも手に入らない。身の回りの世話をする侍女もいないため、着飾ることもできない。

 仕事が忙しいからとアルバートが家事を疎かにするものだから、家もどんどん汚れていく。


『逃亡先では全て、わたしにお任せください』


 そう、アルバートが言ったから。今の今までこの生活に我慢してやっていたが、これ以上は我慢の限界だ。


(これ以上、わたくしに相応しくない暮らしなど送っていられませんわ)


 だから、全てを捨てた。


 それがどんなに愚かな行為か。

 自分がどれだけ甘やかされて、守られ育てられてきたかを知らずに──……。


 これが、地獄への第一歩。





『やぁ。素敵なお嬢さん? こんなところで出会えたのも何かの縁だ。良かったら、食事でもどうだろうか?』


 人の多い騒がしい市を通り抜け、広場で休んでいた時のことだった。唐突に、凛々しい男が声をかけてきた。

 短いながらも艶々とした金髪に、とろりと蕩けた紅玉の瞳。着崩した薄着からは、この国の人間らしい褐色の肌が覗いている。

 どこか軽そうな印象を抱く男だが、その首や腕に付けている装飾品は紛うことなく高級品。つまり、それなりに裕福な暮らしを送っていることが見てとれた。


(…………食事のお誘いぐらい、乗って差し上げてもいいかしら。最近、あまり食事を摂れていないことですし)


 この国の食事は保存のために香辛料が強く効いているため、貴族好みの繊細な料理に慣れているケイトリンの口には合わなかった。

 裕福な人間ならば高級店に精通している可能性が高い。口に合う店を知っているかもしれない。そう思ったケイトリンは「えぇ。構いませんわ」と彼の後について行った。

 こう易々とついて行ってしまうほど、彼女はマトモに食べれない食事に参っていたのもあるが……それでもその行動は軽率だった。きっと、昔の彼女ならばこんなこと、しなかった。或いは、家が手配した護衛に守られていた。


 それが、地獄への第二歩。





『ぁ…………ぅ……?』


 ふと、意識が戻る。

 けれど、視界も思考も、朧げで。ケイトリンは何が起きたのかが理解できない。


(わたくし、は……)


 食事を摂っていたはずだ。声をかけてきた男は運良く、異国の──ケイトリンの故郷の味に近い料理を出す高級店を知っていた。久しぶりにマトモに食べれる食事に、舌鼓を打っていた。

 なのに。なのに途中からの……記憶がない。

 何が起きてるのか、分からない。


『にしても随分とチョロかったな、このお嬢様は』


 声が聞こえた。

 相変わらず視界が悪い所為で誰が離しているのかは分からなかったが。どうやら会話をしているらしいことは、分かった。


『所詮は貴族の小娘、周りに守られてるだけの箱入りだったか』

『……失礼なことを言わないでくださいよ。高貴なお方ですよ』

『高貴……高貴、ねぇ? そんな高貴な方を地に堕とそうとしてるお前はなんなんだろうなぁ』

『…………』


 ケイトリンの意識が、再び朦朧もうろうとし出す。


『ま、なんでも構わんさ。オレは()()をするだけだからな。性格にちと難ありだが、異国人らしい真っ白な肌だ。きっと高く()()()だろうよ』


 それ以上、彼女が意識を保つことは叶わなくて。

 次に目覚めた時にはもう、ケイトリンはこの娼館に売られてしまっていた。あの、食事に誘ってきた男によって。

 初めからこれを狙っていたのだとやっと理解しても。後悔したって後の祭り。


 そこから先は、想像通り。





 最初の頃は公爵令嬢であった自分が娼館に売られただなんて、受け入れられるものではなくて。娼婦として仕込まれることに酷く抵抗したものだが……その度に折檻されるものだから、いつしか逆らうことを止めるようになった。逆らえなくなった。

 公爵令嬢として大切に、大切に育てられてきたケイトリンはこの時初めて、暴力による痛みを知った。



『別にアンタだけが特別悲劇的って訳じゃあないんだから。いつまでも無意味なことしない方がいいと思うよぉ。ぶっちゃけ、奴隷として売られるよりは遥かにマシなんだし。この娼館も他所とは比べ物にならないぐらい〝良い所〟なんだから』


 折檻で負った傷の手当をしてくれた娼婦から教わった。

 このムスクヴァ共和国では()()()()()に需要があるため、〝人間の〟奴隷制度が根付いている国であるのだと。似たように思うかもしれないが……娼婦になることは奴隷になるよりも遥かにマシなことなのだと。

 奴隷になったら、その人間には人権がなくなる。あの、()()()と同じになる。いや、下手をするとそれ以下になるかもしれないらしい。

 何故なら、元から奴隷である亜人と比べ……人間から奴隷に堕とされた者は元が奴隷どもを支配する側だと思っているからか、それはそれは酷く〝愉快な反応〟をするようになるらしい。その人間奴隷の絶望感を、地に堕ちた姿を〝娯楽〟として楽しむのがこの国の支配階級の人達なのだという。


『奴隷は〝物〟だからねぇ。どんなに痛めつけられたって、壊れたって、死んだって問題ないし。逆らえないのを良いことに元は高貴な人を家畜以下に扱って、貶めて。地を這うその滑稽さを笑うのがこの国の支配階級の人達なんだよぉ。……貴女みたいなきれーな異国人らしい白い肌の人は余計に目立つから、目ぇつけられたら他の人間奴隷よりも酷い目に遭ってたかもねぇ』

『………………そ、そん、な……』

『でも、このまんまじゃどうなるか分かんないよぉ。いつまでもマトモに客を取れない娼婦なら、お金持ちに奴隷として売ってしまった方が利益が出るだろーし』

『…………』

『だからねぇ? いい加減、現実を見なぁ。お前はもう、娼婦なんだからねぇ』


 それから直ぐ、娼婦として働かさせられるようになった。

 他の娼婦から注告を受けていたけれど。それでも無理だった。受け入れ難かった。泣き叫んだ。客を前に暴れてしまったこともあった。

 でも、そうなればやはり折檻。鞭で叩かれて、食事も水も抜かれて、薄暗い部屋に閉じ込められた。

 何日も、何日も、何日も。

 何もない暗い部屋で過ごすだけの日々は。公爵令嬢として、高貴な女性として育てられたケイトリンを狂気と恐怖の坩堝るつぼに叩き落としその自尊心を。矜持を、容赦なくへし折った。



 ◆◆◆◆



「………………」


 そうして、ケイトリンは娼婦として生き始めた。始めざるを得なかった。

 最初は失敗ばかりだったけれど。客に媚びることを覚えてからは、幾分かやり易くなった。

 ここの娼館は他よりもマシなそうだがそれでも、娼婦が客に生意気な態度を取ると酷く扱われる。

 媚びて。甘えて。媚びて。下手に出て。客の望むように振る舞って。おだてて。気分を良くさせて。

 そうすれば比較的優しく扱われることを知った。心が壊れていくのはどうしようもないけれど、肉体的な痛みを負うことは遥かに減っていった。


「……………………」


 ケイトリンは緩慢な動作で起き上がる。

 次の客が入ってくる前に身を綺麗にして、着替えなくてはならない。

 砂漠の国でもあるこの国では水は貴重だ。そのため、風呂に入るなんてことはできないが、前の客の残り香を纏ったままではいられない。

 桶に用意された水にタオルを浸し、身体を拭っていく。拭くだけでは臭いは誤魔化せないから、強めの香水を振りかける。それから酷くはしたない、ほぼ下着のような薄布に腕を通した。


「…………………………」


 ふと、視線が部屋の壁にかけられた小さな鏡にいく。映るのは……昔の影もない、様変わりした自分の姿。

 パサついた髪に、カサつく肌。無表情のまま動かない顔には、隠せない疲労が滲んでいる。

 それでも生きるためには、こうするしかない。

 貴族令嬢としての矜持が穢されるぐらいなら死ぬべきなのだと分かっていても。自死するのが恐くて仕方ない臆病者なケイトリンは、こうやって生にしがみつくしかないのだ。


 だが──……。



「やっと……見つけました。ケイトリン様」



「…………ぁ……」


 やってきた次の客。そこにいた男の姿に、ケイトリンは言葉を失った。

 昔と変わらない、想いのこもった視線を向ける男。



 ──アルバート。



「…………ぅ……ぁ……」


 ぽろりと、涙が溢れる。

 顔が勝手に歪んで、口から嗚咽が漏れ出す。


「見つけるのが遅くなってしまい、申し訳ありませんでした。……ご無事でっ……良かった……!」


 躊躇うことなく、アルバートに抱き締められた。

 前のケイトリンだったならば平手打ちで拒絶していただろうが。娼館暮らしで心が折れてしまっていた彼女には、その優しい温もりが……嬉しかった。


「ア、ァッ……アルバート……! アルバート! アルバート!」

「はい、はい。わたしです、ケイトリン様」

「わた、しっ……わたくしっ……!」

「申し訳ありません。貴女様を、守り切れなかったわたしをお許しください。ケイトリン様」

「あぁぁっ!! あぁぁぁぁぁあっ!!」


 ケイトリンは大声をあげながら、彼の背中に腕を回した。

 本当は、アルバートからの謝罪なんて必要ないのだと思いながら。

 本当に悪いのは自分自身だと。下僕アルバートを捨てて、自ら家を出ていたのは他ならぬケイトリン自身だから。こうなったのはただの自業自得でしかないのだと、理解しながら。

 そう彼に対して後ろめたさを感じながらも……自分を助けにきてくれたアルバートに、縋り付かずにはいられなかった。


「帰りましょう。ケイトリン様。もう、悪夢は終わりです」

「アル、バート……!」

「大丈夫。()()()()()……()()()()()()()()()()()()()


 アルバートに抱き上げられたケイトリンは、彼の胸に顔を埋めて目を閉じる。

 この場所から、ここにいた娼婦ケイトリンから目を逸らすように。ここでのことは全て、悪夢だったのだと思い込むように。


 そうやって、現実を(目を)見なかった(閉じていた)から気づかなかった。



 うっそりと笑う……本当の悪役の、笑顔に──……。





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