下準備は丁寧に、そして杜撰に。( Ⅴ )
申し訳ありません! 島田、ちょっと忙しくてですね?
しばらく更新をお休みさせていただきます。
ある日しれっと更新再開すると思うので。気長にお待ちくださると幸いです。
ではでは、よろしくどうぞm(_ _)m
人の口ほど軽いものはない。
エピフィルムの噂は瞬く間に貴族達の間に広がっていった。
美しい舞。美しい姿。あれは見たものにしか分からない至高の一時であったと、エピフィルムの話はどんどん尾鰭を付けて広がっていく。
一度見た者はもう一度あの舞を見たいと、彼女を探すようになった。
不幸にもあのパーティーの広間にいなかった、エピフィルムの舞を見なかった者達は……そんなにも口々に称賛されるのならば自分も見てみたいと、彼女を探すようにようになった。
今では王族や高位貴族すらも、彼女を探しているという。
アルフォンスは自分が考えた策ながらも、想像よりも遥かにエピフィルムに夢中になってくれた王侯貴族達を嘲笑わずにはいられなかった。
たった一人の舞姫の存在で、人間どもは現在、かなり人間関係をギスギスさせている。
ある貴族は舞姫に魅了されて、家族を蔑ろにしてまで彼女を探しているらしい。
ある貴族は他の貴族よりも先に舞姫を見つけ出し、捕らえてしまおうと画策しているらしい。
ある貴族は舞姫に一目惚れをしてなんと、先走って妻と離婚すらしてしまったんだとか。
そしてある王族は……婚約者も、恋人のような女も放置して。その舞姫への想いを馳せて、彼女を探していて。
またある貴族の息子は、舞姫の想いは自分にあるのだと勘違いして。他の舞姫を求める男達に怒りを向け、烏滸がましくも独占欲を発揮しているんだとか。
(本当、馬鹿だなぁ? 人間どもは)
アルフォンスは愚かしい人間どもを嗤う。なんて馬鹿なんだろうと、呆れてすらしてしまう。
流石は、芸術をこよなく愛するお国柄だ。今ばかりは美しいものに目がない人間ばかりで、芸術に盲目な奴ばかりで助かったと思わずにはいられない。
きっとこの国の人間どもは分かってないだろう。これが復讐者が張り巡らせた策略だと。
たった一人の舞姫を巡って……奪い合わせ、探り合わせ、疑い合わせて。余計な労力を割かせることで人間関係の亀裂と、舞姫に意識を向かせて注意力を散漫にさせる──つまりは油断を生み出す策略なのだと、気づいていない。
それほどまでにカルディアの仕事は完璧だった。完全に、あの場で舞を見た者達の人生を狂わせてくれた。こんなにも人間どもを愚鈍に陥らせて、翻弄して、こちらから攻撃し易いようにしてくれたのだから……カルディアには感謝するしかない。
それに……人間どもがたった一夜踊った程度の舞姫を無様に探している姿は、面白かったのだろう。カルディア自身の機嫌も良いし。美しい舞を見れたアリスのやる気も全開だ。本当に、上手い具合に事が進んでくれた。
何はともあれ。人間どもの意識がエピフィルムに向いている今という機会を、逃す訳にはいかない。
アルフォンスは人目につかぬように。けれど、絶対に見つからないようにはせずに……夜闇に紛れて、静かにその場所を訪れていた。
◇◇◇◇
そこは貧民街に近い場所にある小汚い酒場だった。
古びた店内。店主らしき小太りの男はカウンターの奥で煙草を咥えながら新聞を読んでおり。客である小汚い破落戸らしき男達はジャッキで酒を飲み、煙草を吸いながら柄悪く騒いでいる。
そんな酒場に、上等なローブで全身を隠した男が現れた。
シンッ……と静まり返る店内。男は周りの不躾な目を気にすることなくカウンターに進む。
そして、ジロジロと品定めするような店主に向かって……フードから覗く口元に、ゆったりとした笑みを浮かべた。
「失礼。ここでは金さえ払えばどんな仕事でも引き受けてくれるとお聞きしたんですが……本当でしょうか?」
「…………なぁに言ってんだ。冷やかしなら帰ってくれ」
店主には鼻で笑って視線を新聞に戻す。
そんな彼の耳にジャラリッと金属が擦れる音が響いた。
「金ならあります」
ローブの男がカウンターに置いたのは、焦茶色の袋。響いた音の感じから、ここらじゃ滅多に見ないほどの大金が入っていることが察せられた。それを感じ取った客の一部が、俄かに浮き足立つ。
「…………」
店主は金が入った袋をジッと見つめた。
そんな彼に駄目押しとばかりに、男は告げる。
「これは前金です。成功したら、これの二倍の金を払いましょう」
「!」
「どうでしょうか?」
ジリジリと、探り合うような空気が流れる。
けれど、欲には勝てなかったのだろう。店主が溜息を零して、カウンターに置かれた袋を手に取る。そして中身を確認しながら、仕事の内容を問いかけた。
「で? 何をして欲しいんだ? 金さえ払ってくれればなんだってするぜ。後ろ暗いことだってなんだってなぁ?」
「拉致監禁、性的暴行……からの殺人、なんて可能でしょうか?」
「…………ほぅ?」
ニヤリと店主が笑う。きっと金蔓になると判断したのだろう。
しかし、男はそれすらも見越している。
「出来ませんか?」
「出来るぜ。ただそんだけやんならこれっぽちじゃ足らねぇなぁ」
「…………」
「五倍。五倍だ。そんだけ払うなら、受けてやるよ」
指を五本立てた店主は、がめつく笑う。
これを、待っていた。
「分かりました。払いましょう」
「!」
『!』
盗み聞きしていた客達が騒めいた。店主が吹っ掛けた依頼費を容易く払うと答えたからか、興奮冷めやらぬといった様子だ。
しかし、そんな彼らに水を差すように。男は「但し」と騒めきを遮る。
「…………なんだい?」
「この依頼はここだけではありません。この店にいるような……金さえ払えばなんでもやるような荒くれ者達が集まる他の店やギャング、闇ギルドなんかにも依頼を出しています」
「…………あ"?」
「これは争奪戦です。一番初めに依頼を達成した者に、十倍の報酬を払いましょう。我が主人はそれだけ、貴方達の働きに期待をしています」
この十倍となれば、平民として慎ましく暮らせば一生遊んで暮らせるほどの値段だ。派手に豪遊しても、それでも二十年は遊んで暮らせるだろう。
ここにいる誰もが……そんな上手い話あるはずがないとは思いながらも。それでも乗らずにはいられない魅力的な提案。
この場にいる全員の目の色が変わったのを、男は確かに感じ取った。
「…………一番重要なことを聞いてなかったな。標的は?」
店主の問いに、男は懐から折り畳まれた紙を二枚取り出す。それを開いて、カウンターに置く。
「標的は二人。一人目は国立ジュレイユ学園の生徒フィオナ。平民でありながらも特待生として学園に通う、珍しい銀髪が特徴的な少女です」
「……ほう? 二人目は?」
「もう一人は今、巷を騒がせている話題の舞姫──……エピフィルム」
『!!』
店主だけじゃない。ローブの男を除いた全員が、絶句していた。
それほどまでに、その標的は以外過ぎたのだ。
「素性は明らかになっていません。分かっているのは……本職が踊り子ではないことと、この異常なほどに美しい容姿。そして──……王家の公領地メーユで暮らしていることだけ」
踊り子の衣装を身に纏った、エピフィルムの姿が描かれた紙を撫でながら……男は告げる。
「金が欲しければこの二人を、始末するしかありません。…………どうです? やりますか?」
静まり返る店内。
別に断られたらそこまで。他の組織にだって頼んでいるのだから、断られたって痛くも痒くもない。
しかし……金の魔力というのはとても強かったらしい。店主はニヤリと笑って、絵姿を受け取った。
「やるよ。やるに決まってんだろぉ? なんせたった二人ぽっちを始末するだけでそんな大金が手に入るんだからなぁ! お前ら、仕事だ! 早いモン勝ちの大勝負! さぁ、やる奴は名乗りを上げな!」
店主の声にハッと我に返ったのだろう。
客達──もとい、ならず者達は欲に塗れた笑顔を浮かべながら、店主の下へと集まった。
そんな彼らに「よろしくお願いしますよ。定期的に顔は出しますので、報告はその時に」と言い残して、男は店を後にする。
来た時と同じように人目を避けながら。けれど絶対に見つからないようにはせずに、彼は薄暗い路地を進む。
(こちらの仕込みは終わり。向こうの仕込みもそろそろ終わる頃か……)
こちらの仕込みは上手くいったのだから、向こうの方も失敗しないといいのだが。まぁ、問題ないだろうと意識を切り替える。
大事なのは、どれだけのニンゲンが気づくか。
この依頼に隠された──否、仕組んだ〝意図〟に、一体どれほどの人間が気づいてくれるだろうか?
(…………楽しんでくれ、カルディア。これは俺の復讐劇であり……俺がお前に捧げる、求婚の品だ)
男──アルフォンスはそう心の中で呟きながら……うっそりと、フードの下でほくそ笑んだ。