幕間 恋情は容易く絆を引き裂いて。
本日一話目の更新です。
二話目がありますので、そちらもよろしくどうぞ〜。
宰相の子息──タンザ・ビスティは、驚愕に目を見開いていた。
(あの女……! あの時は地味な雰囲気だったが、間違いなく図書館にいた女じゃないか……!)
扇状的な、露出の多い踊り子の衣装を身に纏っているし。雰囲気もかなり違うが、あの容姿は記憶の中にあるモノと間違いなく一致する。
タンザは一度だけ、あの女と会っている。
(…………あの苛つく女が、こんなにも美しい舞を踊るなんて……)
自分の語彙力の無さに舌打ちをしたいぐらいだった。
それほどに美しかった。
ふわりと香る甘い匂い。月明かりに照らされた美貌の踊り子。
唐突に視線が合う。柔く微笑むその表情に、彼の胸が一際強く高鳴る。
(…………まさか……なんだかんだ言ってあの女も、わたしのことを覚えている……!?)
それは完全なタンザの勘違いだったけれど、もう彼はそうとしか思えなかった。そう思い込んでしまった。
(もしや……わたしに気があるのか……!?)
そう考えたら愉悦感が湧き上がった。
皆が見惚れるほどの踊り子が、自分を意識していることに。興奮せずにはいられない。
(ふん……まぁ、お前がどうしてもというのなら。応えてやるのも吝かではないがな)
なんて……勘違いも甚だしいことを考えていたのだが。そんな彼の期待を裏切るように。
彼女は何も言わずに姿を消した。それどころか正体を明かさずに、行方を絡ませた。
(何故、何故何故っ……!)
エピフィルムの態度に苛立つタンザへ追い打ちをかけるように。
翌日、心ここに在らずな王太子が信じられない命令を、伝えてきた。
「タンザ。彼女を……エピフィルムを探してくれないか? もう一度、彼女に会いたいんだ」
「!」
わざわざ王宮の王太子私室に呼び出されたと思ったら、まさかの指示にタンザは驚かずにはいられなかった。
そして、気づいてしまった。本人には自覚がなかったけれど、同じ気持ちだったから分かったのだろう。
…………王太子コルネリウスが舞姫エピフィルムに只ならぬ想いを抱いていることに。俗に言う恋情、を抱き始めていることに。
「彼女の微笑みが、忘れられないんだ」
うっとりと告げるコルネリウスに、タンザは想像してしまう。
きっと殿下はタンザにエピフィルムを探し出させたら。自分の想いを彼女に伝えて、なんとしても側にいるようにするだろう。
この様子ならば、権力を使ってでも……エピフィルムを自分の側に縛りつけそうだ。
それぐらい、彼の瞳には燃え盛るような熱量が宿っている──。
それが。その事実が、タンザの胸にドス黒い感情を湧き上がらせる。
(違う違う、違う! あの女が微笑みかけていたのはわたしだっ……! 殿下にじゃない……! あの女が気にかけているのはわたしだ……! 誰がっ……渡すものか!)
それは独占欲という感情だった。タンザはほぼ初めてといえる恋情に振り回されて、エピフィルムが既に自分のモノだと勘違いしていた。
(あの女を手に入れるのは……わたしだっ……!)
誰も彼も、勘違い。思い違い。自己中心的。自分のことしか考えない。
しかし、これこそがアルフォンスの望んだ展開。
恋情は容易く人間関係を壊していく。恋は容易く、人間を狂わせる。
竜の策略によって……攻略対象達の関係には確かなヒビが入り始めていた──……。




