締め括りは後味悪く。真実は堕天使の忠告と共に。
解説は後書きにて。
《エピフィルム》と呼ばれる舞姫によって、ディアナ一座のことは直ぐに観客達から忘れ去られてしまった。その後に演奏した宮廷音楽団も散々だったらしい。
ずっとずっと、その夜はエピフィルムのことだけしか話題にならなかった。
その後──。
出演料を貰って宿泊している宿屋に帰ってきたディアナ一座の面々は、早々に各自の部屋へと戻っていった。
シェヘラ、エリシェバ、アーヤは特に意気消沈している様子だった。自分達よりも遥かに上手い踊りを見て、自信を喪失している状態であった。
こんな状況では何を考えても碌なことにならない。三人は言葉少なに、夕飯も摂らずに就寝した。
そして──。
目を開けるとシェヘラは……美しい庭園の四阿に腰掛けてきた。
「ここ、は……?」
シェヘラは困惑に目を瞬かせる。
視界に映るのは美しい庭園。川のせせらぎが聞こえ、綺麗な花々が咲き乱れる。遠くの木々には真っ赤な林檎がわんさか実っていて。空はどこまでも晴れ渡っていた。
「こんばんは。お邪魔するのですよ」
「!?」
周りを気にしていたシェヘラは、かけられた声にパッと前を向いた。
いつの間にそこにいたのだろうか?
向かい側の席に、頬杖をついて座る金髪碧眼の可愛らしい少女がいた。彼女はにっこりと、愛らしく微笑む。
「困惑してるです? でも、安心するといいです。ここはお前の精神世界。夢の一歩手前の世界なのです。エイスは淫魔ではありますが、夢魔ではないので。今回はこんな感じでお会いさせてもらったのですよ」
「…………??」
「って、そんなことはどうでもよかったのです。アリスはお前に忠告しにきたのですよ、シェヘラ。異界の悪魔の血を引く娘」
「……………は?」
シェヘラは言葉を失った。
彼女の言葉が理解出来なくて……顔を顰める。
「理解出来ないです? でも、そのまんまの通りなんですけどねぇ……まぁ、いいです。今回の一件はアリスが〝あの舞〟を見たがったのが起因なので。一応責任取って、しっかりとアフターサービスするのですよ」
ふんすっと意気込んだ後──彼女の雰囲気が変わった。
ゾッとするほどに。何もかも見通すような、恐ろしさを感じる瞳が、シェヘラを貫く。
「お前、今日の舞を見てお前の一族の歴史を知りましたね? 一族の舞を知りましたね?」
「え、えぇ……」
「いいです? これは忠告です。お前、あの舞を踊れるようになろうなんてしてはいけません。考えても駄目なのです。……いいえ、もっとはっきりと言いましょう。お前は今後一生、あの踊り方で踊っちゃいけないのです。自分の力──魔力を込めて踊ってはいけないのです」
「…………え?」
「もし、お前が一族の女としてあの踊り方で舞うのならば……お前は傾国どころか傾世の舞姫として、世界を滅ぼすことになりますよ」
「………………」
シェヘラは思った。〝この子は何馬鹿なことを言っているのだろう〟──と。
傾世の舞姫の? 世界を滅ぼす? そんなことあり得るはずがないじゃないか。
……。
…………。
………………そう、思うのに。彼女の瞳が一切揺らがなくて。
「あの舞の記録では、一族から見た側面しか残ってなかったです。では、視点をちょっと変えてみましょう」
何故だろう。
じわりじわりと、嫌な予感が胸に滲み始める。
「お前の一族がいた世界には、人間の他に悪魔と呼ばれる種族がいました。欲望や負の感情を糧に、動乱と混沌、災厄を撒き散らすことを生き甲斐とする種族です。けれど、人間だって馬鹿じゃあありません。悪魔に対抗する術を持っていましたし。何かよろしくないことが起きて、それが悪魔の仕業だと分かれば。人間どもは原因となった悪魔を殺せるような強さがありました。勿論、悪魔側もやられたらやり返すで人間どもを殺してたんですけどね。簡単に言うと、互いに敵対してたってことです。そんな中、ある悪魔が考えました。──〝悪魔の仕業だとバレずに人間どもを殺す術はないだろうか? 一番違和感がない方法は……やっぱり女が原因で身を崩すとかかな〟と」
「な、何、を……」
「その悪魔は人間の女を攫って、実験しました。その結果生まれたのが中身は悪魔だけど外側は人間という特殊な存在──《フェイク》と呼ばれるモノでした」
あぁ。
「《フェイク》には魔力を放ちながら舞を踊ると、魅了・精神汚染・狂化・暴走……などなど。様々な弱体付与を舞を見た者達に与える力がありました。けれど、《フェイク》は中身は悪魔でも外は人間ですから疑われることはありません。それに本人達も自分達が悪魔であるとは知らないので。自分達の舞が何故、人々を狂わせるのか……自分達が本当はそのために生み出された悪魔だからだとは。そんな理由だからとは全然、知らなかったのです」
そんな話。
「だから、人間どもは狂ったようにお前の一族──《フェイク》を求めたのですよ。それはいつしか激しい殺し合いとなり……戦となった。沢山の人が死んだため、悪魔達はとても喜んだそうです。だって、《フェイク》の存在のおかげで勝手に餌が準備されるのですから。据え膳上げ膳状態だったのですよ。そんな一族達も自分達に向けられる欲望を喰らって、悪魔としての能力──人々を狂乱に陥れる弱体付与能力を更に強化していく……。その繰り返しの果て──《フェイク》ついに、世界の管理者こと女神すらも惑わすほどになり。それが原因で、世界が滅ぶこととなってしまったのです」
聞きたくないのに。
「一族の舞に魅了されてしまった女神は、自分が愛でる彼女達を助けようと一部の者達を他所の世界に逃すことにしたのです。けれどそれは無理やり、です。自然に輪廻転生をする訳でもなく。偶然にも世界から零れ落ちる訳でもなく。世界を渡る力を有する訳でもなく。無理やり世界に穴を開けて、一族を生かすために生きたまま他の世界へと逃してやりました」
耳を、傾けずには。
「でも、そんな無理をしたら女神の力が大きく削られることになるのは必然。女神は弱って、世界に開けた穴を塞ぐことが出来なくなってしまいました。穴はいわば、ブラックホールです。水の入った水槽に穴が開いて、中の水が溢れ出すように。世界も外へと流れ出して崩壊していきました。気づいた時にはもう手遅れ。こうして一つの世界は崩れ壊れてしまったのでしたとさ」
いられない。
「ですからね? その女神に異世界に逃がされた《フェイク》の末裔たるお前も中身は悪魔なのですよ。なので、魔力を使いながら踊っちゃいけな──」
「う、嘘です! 嘘よ、嘘なのよ! わたくしは信じません! 信じないわ!」
シェヘラは机を叩きつけて立ち上がる。頭を何度も振り、泣きそうな声で叫んでいた。
そんな彼女に、堕天使は冷たい目を向ける。
「…………本当ですよ、信じられなくても。おかしいと思わなかったですか? 一族の容姿が、なんで全員同じになるのか。それは《フェイク》の繁殖方法が自己複製だからなんですよ。異性と肌を重ねるのは妊娠のため、ではなく。自己複製による人間成分の劣化を防ぐために外部から遺伝子を取り込むためであって。……まぁ、人間として違和感を持たれないように、肌を重ねることをトリガーに自己複製を行うように設定されてたみたいなので、ある意味妊娠と同じようなもんかもしませんけど。外見が同じになっちゃうのは、始まりの《フェイク》の姿を延々と複製しているからなのです。その完全に同じになる容姿こそが悪魔の証拠と言っても過言ではないですよ、ぶっちゃけ」
「そんな……そんな! そんな!」
シェヘラは再び叫ぶ。狂乱したように、信じないと叫びながら。
それを見た衝撃の真実を暴露した彼女は心底面倒そうに溜息を溢した。
「とにかく魔力を込めて踊るなってことなのです」
「嘘、嘘、嘘……」
「…………なぁんでそんなに動揺してるのですかね? 今までの舞はそんなことしてなかったので、一応実力だったんですから。別に真実を知ったところで、そんなに気にすることはないと思うのですが?」
「っ……! 貴女の所為よ! 貴女が、わたくしが悪魔だなんて言うから……!」
「だって本当ですもん。アリスは都合が悪いことは黙りますし、ワザと勘違いさせるようなことは言いますけど、嘘はつかないですよ?」
可愛らしく笑う顔が。残酷な真実をあっさりと告げるその精神が。
とても、恐ろしい。
「まぁ、なんにせよ。アリスの目的は果たしたのです。忠告はしました。安全に見れる、惑わされる心配のないこの世で最も美しいと言われる舞を見ることが出来ました。うんうん、これも全部××××××様のおかげなのです! モチベーションアップしたので、これからも頑張って協力していきましょっと。アリスとエイスの赤ちゃんのためにも!」
「…………ぅ、あ……」
「むむ? この程度で精神的に参っちゃうだなんて。悪魔の血が泣いちゃうのですよ? ……まぁ、その悪魔の血もこの世界由来じゃないために適応不順を起こしているのと。複製を繰り返し過ぎて異常が生じ始めてる所為で確実に悪魔として弱体化してるので、無理はないのかもしれないのですけど」
「…………」
ついに黙り込んでしまったシェヘラに、少女は最後の追い討ちをかけるのは止めてやることにした。
「…………はぁ。仕方ないですね。人間として暮らしてたから余計に精神構造が人間寄りだったみたいですし。しっかりアフターサービスするって言っちゃった以上は、きちんとやるのです。当然ながら、他力本願ですけど。とゆー訳でエイス、エイス」
「ん? どうした、アリス?」
ふわりと、空間から滲み出るように……色気が全開の、金髪碧眼の美青年が現れる。彼は流れるような動作で彼女の額に口づけを落とし、甘ったるく見つめる。
少女はコロコロと鈴のように笑いながら、男への願いを口にした。
「エイス、エイス。お願いなのです。ここでの会話における彼女の記憶の一部を消去して欲しいのです。正確には、一族の話全部ですね」
「いいよ、任せろ」
「あっ。でもでも、忠告だけは消さないでください。そのためにここまできたので」
「勿論分かってるさ」
美しい男はもう一度額に口づけを落として、シェヘラの方を向く。
彼は先ほどの甘さが嘘のように。冷徹な瞳で、正気を失いかけているシェヘラを見た。
「…………世界は違えど、同じ悪魔としてその体たらく、情けなさ過ぎて涙が出そうだ。けれど、人間どもの中に送り込む潜伏兵として、悪魔としての自覚がなく生きるように仕組まれているならば仕方ないことなのかもしれないな」
容赦なく、頭を掴まれる。
冷酷な声が、頭の中に響き渡った。
「ここでの記憶は俺が貰っていく。けれど忘れるな。お前は今後、《女神の寵愛を受けし一族》──悪魔のシェヘラとして踊ってはいけない。貴様の舞は世界を滅ぼす。人々を狂わせ、屍の山を築く。そうしたくなければ人間のフリを続けろ。恐れられ、畏怖され、迫害され、怨まれ、殺されたくなければ。ディアナの、人間のシェヘラであり続けろ──いいな? アリスの忠告を無駄にするなよ」
◇◇◇◇
──ちゅん……ちゅんちゅんっ……。
小鳥の囀りで目を覚ます。
シェヘラはゆっくりと起き上がり、寝起き特有のぽかんっとした様子で座り込む。
彼女は頭を押さえる。そんなに寝過ぎたつもりはないが、ズキズキと頭が痛い。
「わたくし……何か、夢見ていた気が……」
何か、酷い夢を見た気がするのに思い出せない。
思い出せないということは、思い出すべきではないということなのだろう。
「ん……あね様? もう起きたのか……おはよう」
「うぅ〜ん……ふぁぁぁ〜……おはよー……」
隣二つのベッドに寝ていた妹達が起きてくる。
シェヘラはハッとして、彼女達に心配をかけぬよう。柔く微笑んだ。
「おはよう。エリシェバ、アーヤ。良い天気ね。気持ちを切り替えて、改めて精進することを決意するに相応しい朝だわ」
「…………あね様」
「……うん! うん! そうだね! 良い朝だね、ねえ様!」
二人は驚いた顔をした。
けれど、シェヘラの言葉も一理あったのだろう。納得したような顔で頷く。
「さぁ、今日からもっと。素晴らしい舞を踊れる踊り子になれるように頑張っていきましょうね」
その後──彼女達は更に技術を高め、世界に名を轟かせる稀代の舞姫と呼ばれるようになる。
シェヘラはこの時の夢の記憶を忘れてしまったけれど……それでもその忠告は深く、胸に刻まれ込んだようで。
彼女はそれから一生、《女神の寵愛を受けし一族》もとい《悪魔》として踊ることはなかった──……。
アリスが見たかった踊りは、《悪魔》の踊りではなく……〝カルディアの舞〟。
何故なら、偽物だからこそ惑わされることなく。安全に、完璧に模倣された舞を見ることが出来るから。
ちなみに……カルディアは《全知》な訳じゃないので、かつての友人が本当は悪魔だとは知りませんでした。
まぁ、普通の人間じゃなさそうだな?とは思っていたけれど。人間だろうが悪魔だろうが、どうでも良かったし。気にするようなことではなかったので。些事。