隠し攻略対象 / 正規イベント・避暑地での出会い
後ろで結ばれた白髪に、黄金を溶かしたような瞳。
人外の美貌を誇りながらも周りの目を気にすることなく。彼は誰の目も奪いながら、歩み進める。
(なんでなんでなんで!? なんで隠し攻略対象の〝アルフォンス〟がこんなところにいるの!!)
その姿を見た〝彼女〟は驚かずにはいられなかった。
隠し攻略対象──〝アルフォンス〟。
彼と会うのは二年目の夏──避暑地でもある王家公領でのイベントのことである。
王太子コルネリウスに誘われて避暑地の離宮に遊びに行ったヒロイン一行。その離宮近くにある街で、ヒロインは迷子になってしまう。
一緒に来た攻略対象達を探す間に、誤って裏道に迷い込んでしまうヒロイン。王太子からプレゼントされていた一応平民の格好──それでも裕福だと見えてしまう服──ではあったが、王道のように破落戸に絡まれることになるのだ……が。
そこで、フードを被った謎の男に助けられる──……。
『何をしてるんだ、馬鹿どもめ』
あっさりと男達を伸した彼こそが、隠し攻略対象であるアルフォンス。
ヒロインは助けてくれた彼に深く感謝をする。
『あ、ありがとうございます! 助けてくれて!』
『…………気にしなくていい。………ついて来い』
『…………え?』
『…………大通りまで連れて行ってやる』
言葉少なではあったが、アルフォンスはヒロインを人通りの多い場所まで連れて来てくれる。
そんな彼に、ヒロインは言う。
『あの! お礼がしたいの!』
『いらん』
『でも、助けてもらったのに……』
『しつこい』
『!』
『もう、迷うなよ』
そう言い残したアルフォンスは姿を消し……ヒロインは自分を探してくれていた他の攻略対象達と合流するのだが。
彼のことを忘れられなかったヒロインはワザと、昨日と同じ裏道に足を運ぶ。
『馬鹿か、お前』
どこからともなく現れたアルフォンスは溜息を零した。
ヒロインは彼の手を取って、真剣に告げる。
『言ったでしょ。お礼がしたいんだって! させてくれるまだ何度でも来るから!』
『…………面倒だ。…………はぁ。一回だけだぞ』
『! えぇ!』
こうして屋台の串焼きを奢ることになったヒロインは、ペラペラと彼のことを聞きまくる。しかし、彼は多くを語ろうとはしない。
まるで仲良くなることを拒絶するかのように──……。
ヒロインは思わず問いかけてしまう。
『なんで、そんなに拒絶するの?』
『…………何?』
『まるで、ワザと仲良くなろうとしないみたい。そんなに私と仲良くするのやだ?』
『…………』
『人はヒトリじゃ生きていけないんだよって、お母さんが──』
『黙れよ』
鋭い声。発せられる殺気。
今までこんな敵意を向けられてことがなかったヒロインは、無意識の内に後ずさってしまう。
『何も知らない癖に好き勝手言うな』
『…………ぁ』
深く被ったローブの下から、剣呑とした光を宿す金眼が睨みつけてくる。
彼は何も言わずにその場から立ち去った。
その後──ヒロインは自分が何も知らずに不躾なことを、自分の価値観を押し付けてしまったことを後悔する。
それから王都に帰ってからも時々彼のことを思い返したりするのだが……心のどこかではあそこまで嫌われてしまったら、もう二度と会うことはないだろうと思っていた。
………………あんなところで、再会するまでは。
◇◇◇◇
何が起きているの分からない。
何故、彼がこのパーティーに参加しているのか、それも貴族に混じっているのかが分からない。
何よりもおかしいのは……その隣に、公爵令嬢がいることだ。
(まさか……ゲーム前からアルフォンスを攻略してたの……!?)
よくある展開だろう。ゲームが始まる前にシナリオを変えてしまうなんてこと。
でも、そうとしか考えられない。このイベントで悪役令嬢の隣に隠し攻略対象がいるなんて、そうとしか思えない。
けれど、動揺する彼女に……。更なる困惑が襲いかかる。
唐突に変わった世界。
月明かりに照らされた砂漠で踊る、異様に美し過ぎる舞姫。
(誰……!? この人……!? こんな人、ゲームに出てきてないっ……!)
自分が知らないことが起きている。自分が知らない人がいる。
そこでやっと、一つの可能性に気がつく。
(もしかして……ヒロイン側でも、悪役令嬢側でもない〝誰か〟が関わってきてる……!?)
それならば、ゲームに出てこない人が現れるのにも納得出来る。イベント発生条件は達成しているのにイベントが起きなかったら、おかしかったりしているのも理解出来る。
──ふわりっ……。
甘い、匂いがした。思考が途切れる。思わず上を向いてしまう。
キラキラと輝く黄金色の視線が合った。愛おしそうに目が細められた。
それだけで、心臓が撃ち抜かれた気がした。
(っ……! 何、これっ……!)
身体が熱い。心臓が痛い。息が出来ない。目が離せない。
本当に、美しいなんて言葉じゃ足りないぐらいに綺麗で──……。
「…………っ」
胸に湧き上がる感情から、彼女は無理やり目を逸らす。
自覚してしまったら、終わってしまいそうで──……。
けれど、無理やり目を逸らしている時点でもう手遅れ。
竜の策略によって、乙女ゲームのシナリオは……どんどん、どんどん……滅茶苦茶にされていくことになる──。