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イベント・芸術の月に、女神が踊る(Ⅴ)

 




 この日のために本物のケイトリンが一年前から注文していた豪華な真紅のドレスを身に纏い、着飾っていく。

 侍女の手によって複雑に結い上げた髪に生花を差し、派手過ぎない化粧を施す。装飾品をつけて、扇子を手に持てば少しな隙もない完璧な公爵令嬢の完成だ。

 カルディアは鏡に映るケイトリンの姿に、満足げに頷いた。

 ──トントントン……。


「どうぞ」

「失礼いたします」


 入室を許可するとアルバート(アルフォンス)が声をかけてから入ってきた。彼は盛装したケイトリン(カルディア)を見て、なんとも言えない表情をする。

 最近、主人と眷属の繋がりが強まってきたのか……アルフォンスにはカルディアの偽装が効かなくなってきた。つまり、偽りの姿ではなく……本来の姿が見えるようになったらしい。

 だから彼の目には、ケイトリンであれば似合う衣装──カルディアには似合わないドレスを纏う姿が目に入ったのだろう。アルフォンスはほんの少し眉間の間に皺を寄せたまま……そっと近づいてくる。

 そして、触れそうで触れない距離で、白粉がついた頬を指の背でそっとなぞっていった。


「…………アル?」


 思わず、彼の名を呼ぶ。

 いつもと違う雰囲気に。普段とは違うアルフォンスの反応に、カルディアは若干の困惑を滲ませながら……目をパチパチと瞬かせる。

 彼は頭のてっぺんから足先まで視線を動かすと、小さな声で呟いた。


「…………似合いませんね、貴女にその赤いドレスは」

「……そうかしら?」

「えぇ。貴女は着飾らなくても充分美しいですから。そんな派手なドレスは似合いません。装飾を限りなく落とした衣装の方が、貴女自身の美しさを活かしますよ」

「…………(なんか、口が上手くなってない?)」


 まだ退室していなかった、着替えを手伝っていた侍女達が息を呑んだ気配がする。

 カルディアもまさか、アルフォンスがそんな歯が浮くような台詞を言うとは思ってもいなかったため、驚きのあまり目を見開いたまま固まってしまう。

 そんな周りの様子に気づきながらも……アルフォンスは主人の薄い黒レースの手袋に覆われた指先を親指で横に撫でながら、手の甲に口づけを落とす。そして、艶やかに微笑む。


「そろそろ出発のお時間ですので、玄関先までエスコート役を任せていただいても?」

「…………許します」

「ありがたき幸せ」


 彼は困惑するカルディアを有無を言わさずエスコートする。玄関に繋がる階段を降りて外に出ると、既に待機していた馬車に乗せられた。


「では、お嬢様。お気をつけて行ってらっしゃいませ」


 にっこりと笑ったアルフォンスはそう言って、扉を閉める。

 外から出発の合図が出されて、ガタガタと馬車が動き出す。

 馬車の中で……カルディアは出発を見送った竜を思い返しながら、心底不思議そうに首を傾げた。


(…………なんか、最近のアルは変かも?? どうしたんだろ??)


 …………カルディアは気づいていない。

 アルフォンスの態度が変わり始めた理由。それが自分を伴侶とする(捕らえる)ために巡らせている策なのだと。

 少しずつ、少しずつ。警戒心を持たれないように気をつけながら。アルフォンスが距離を詰めていることに。


 恋愛に無縁だった彼女は……彼の策略に、気づくことができなかった。





 王宮に着いたカルディアは、公爵令嬢の仮面を被って馬車から降りた。

 今回のパーティーは王族主催ではあるが、芸術鑑賞会としての側面の方が強いため、そこまで格式ばったパーティーではない。そのため、挨拶回りも行われないし、夫婦の同伴や婚約者のエスコートも──なんせ親しい仲であってもあっても美的感性は異なるので、同じ芸術品を好むとは限らない=下手するとそれでとんでもない喧嘩になるため敢えて──免除されている。

 ゆえに、カルディアが一人で王宮に現れても変な目で見られることもなかったし。カルディア自身も周りを気にすることなくじっくりと絵画や展示品などを鑑賞できたのでまぁまぁ楽しい時間を過ごせていた。

 だから、だろうか──。

 ほんの少しだけ、気を抜いていたのかもしれない。

 気づかなかった。気づけなかった。背後に立った彼の姿に。

 カルディアの耳元で、そっと掠れた声が囁かれる。


「こんばんは、レディ。良い夜ですね」

「…………へ?」


 …………聞こえた声に、耳を疑った。思わず振り向き、目を見開く。

 きっちりと結い上げた白髪。キラキラと輝く金眼。その異様なほどに整った顔には甘い笑みが浮かび……前髪を右半分だけ後ろに流している所為かいつもより男振りが上がっている気がする。着ている服は深緑色モスグリーンの、金糸で刺繍が施された豪華な正装。


「あ、貴方、は……」

「おや。わたしのことを忘れてしまいましたか? レディ。まぁ、普段は()()()()()()()()()ので……()()()の顔なんて忘れてしまったのかもしれませんけど」

「お、幼馴染……??」

「えぇ。()()()()()()()()()()()──……お久しぶりです、ケイトリン様」


 そっと取られた手。親指が指先を横になぞり、手の甲に口づけが落とされる。

 先ほどされた挨拶と丸っきり同じ動作。それが彼が紛うことなく自身の眷属であるという証拠で……。

 何故、アルフォンスがここにいるのか──?

 そもそも幼馴染ってどういうことなのか──?

 これには流石のカルディアも困惑を隠せないようだった。


「あ、貴方、何故……」

「母アリスがディアナ一座の公演にとても興味を持ったようでして。父エイスにおねだりして今年はパーティーに参加することにしたんですよ」

「そう、だったの……(おっとー? 気づかぬ内に家族設定が出来上がってたみたいだぞー?)」


 今の言葉には、かなりの情報量がぶっ込まれていた。

 アリスがディアナ一座のことを気にしていたのはカルディアも知っている。だから、こうしてパーティーに紛れ込んで鑑賞するつもりだったのだろう。純粋に紛れ込むだけなら普段通りでも問題なかっただろうに何故か、わざわざ貴族としてパーティーに参加しているようだが。

 エイスへのおねだり、ということから……貴族としての立ち位置を準備したのは彼なのだろうと思われた。


 淫魔と毒竜の混血児──エイス。


 彼の淫魔としての人を惑わす能力と、毒の力──人の意識を改竄させる毒──があれば周りを騙して、元々この国にいた貴族であると思い込ませるなんて容易いことだろう。


「多分、両親も久しぶりに()()()()()()()()()たるマジェット公爵夫妻にお会いできて喜んでると思いますよ。……逆に、滅多に領地から出ませんから、怒られてるぐらいかも?」


 それを裏付けるように……アルフォンスから、彼らが遥か昔からの付き合いであるように捏造したと証明される。

 カルディアはスッと目を細め、ほんの少しだけの不満を滲ませながら彼に告げた。


「……そう。そう、なの。なんで、事前に教えてくれなかったのかしら? 酷いわね」

「あははっ、ごめんなさい。一応、お伝えするのも考えたんですよ? でも、貴女は楽しいことが好きでしょう? だから、サプライズの方が楽しんでもらえるかも。驚いてもらえるかもと、思っちゃったんです」

「…………えぇ、とても驚いたわ。少し恨んでしまうぐらいに」

「あはははっ」


 アルフォンスは楽しそうに笑う。けれど、それは一瞬のこと。


「っ……!」


 ガラリと変わる雰囲気。誰もを魅了するような、色気を垂れ流しにした微笑。

 知らないアルフォンスの表情に…………カルディアは笑顔のまま固まる。

 その隙をついて、彼は彼女の腰に腕を回して。至近距離で呟いた。


「ごめんね? どうか許して、ケイトリン嬢」

(ちょっと待ってちょっと待ってちょっと待って!? いつの間にそんな顔出来るようになってんのっ!? なぁにしてくれてんのっ、アルさぁん!?)


 周りから突き刺さるような視線が集まる。驚愕のあまり漏れてしまった、みたいな声も聞こえる。

 それもそうだろう。カルディアは今、どっからどう見ても公爵令嬢ケイトリンに見えているはずだ。そんなケイトリンは王太子の婚約者であり……他の男と親しくしているところを見られたら、困るなんてモンじゃない。それもここは王宮──婚約者である王太子達が暮らす場所だ。外面が悪いどころの話じゃない。

 それ以前に──……純粋にカルディアとして、この距離感は慣れな過ぎる!!


「ゆ、許しますから手を離しなさい! 馴れ馴れしくってよ!?」


 カルディアは慌てて、自身の腰に回っていた手を扇子で叩き落とす。

 なのに彼はそれすらも嬉しそうに……叩き落とされた手を撫でながら、肩を竦めた。


「おっと……つい幼馴染の距離感で話してしまったよ。ごめんね?」

「…………幼馴染でも、こんなに近くないと思いますけど?」

「そうかな? 君とわたしの仲ならこれぐらい普通じゃない?」

「…………」


 思わずジト目で見てしまう。

 アルフォンスはニコニコと笑いながら、また少しだけ距離を詰めた。


「そんな怒らないでくださいよ。そんな顔、貴女には似合わないんだから。あははっ……信じてなさそう。でも、わたしは貴女を楽しませたいってのには嘘じゃないですよ? そのために動いてるんですから」


 手が差し伸べられる。

 カルディアが手を取ると疑っていない、自信に満ちた手が。


「きっと最後には満足させてみせます。だからどうか、今宵貴女をエスコートする栄誉を頂けませんか?」


 ……探るようにその目を見つめる。

 きっと、他の人が聞いたならば今宵のパーティーを楽しませるためにエスコートさせてくれと言っていると思うだろう。でも、カルディアだから分かる。

 アルフォンスの言っているのは、今夜のことだけを言ってる訳じゃない。最後の竜の復讐をもって、カルディアを楽しませてみせると言っているのだ。

 笑っていても、真剣な瞳がそう告げている。そ

 …………つまり、こうして何も言わずに独断行動を取ったのは。あくまでも自分カルディアを楽しませるためであって。楽しませる自信があるから、こんな行動をしたのだと、言外に告げていた。


(…………へぇ?)


 ……まだまだお子ちゃまだと思ったのに。いつの間に、こんな予想外の行動を取れるようになったのだろう?

 言いたいことは沢山ある。

 でも、今優先させるのはカルディアという存在になくてはならないモノ──〝好奇心〟。

 アルフォンスが何をしようとしているのか?

 わざわざ主人カルディアに隠してまで行動した理由はなんなのか?

 このまま、彼の望む通りに動いたやったらどうなるのか?

 気になって気になって仕方ない!


「……仕方ないわね、()()


 カルディアは手を取る。

 仕方なそうなフリをしながら。でも、その瞳を爛々と輝かせながら。


「わたくしを楽しませて頂戴ね、アル」



 にっこりと笑うアルフォンス。

 それが答えだった。





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