イベント・芸術の月に、女神が踊る( Ⅳ )
お久しぶりです。
風邪引いて、具合を崩し、よし治ってきたな。そろそろ復活するかーー……と思ったのに速攻で意識をなくしてぶっ倒れた島田です。無駄に身体へのダメージでかかったし、割とマジでビビった……。(遠い目)
まぁ、そんな感じで長らくお待たせしてしまいました、申し訳ありません!
流石にまだ毎日の投稿は無理があるので、今後は週二ペース(日曜日と水曜日の19時)の更新で進めていきます。
調子がいい時は多めに更新できるよう頑張ります。
今後も気長にお付き合いくださると幸いです。
ではでは、よろしくどうぞー( ・∇・)ノ
それなりの頻度で一番前の席に座る、如何にも貴族のお嬢様といった感じの少女の姿を……ディアナ一座の者達も認識し始めていた。
「ねぇねぇ、ねえ様。ねえ様。あのお嬢様、今日も来てるかな?」
ディアナ一座の三姉妹の末っ子──アーヤが、舞台裏で公演の準備を進めるあね達に声をかける。
今日は剣舞を披露する予定の次女エリシェバが湾曲刀の手入れをしながら、あまり興味がなさそうな様子で「どうだろうな?」と首を傾げた。
「それなりの頻度で観にきているよな、あの令嬢」
「そうね……」
鏡の前で目尻に化粧をしていた長女シェヘラが、化粧道具を置き頬に手を当てる。
そして、どこか考えるように視線を彷徨わせながら……ゆっくりと、言葉を紡いだ。
「まるで、遠い昔のことを懐かしむような目をしてらっしゃるわよね。……気になって仕方がないわ」
「…………おや。あね様まで興味を抱かれるとは珍しい」
「だね! うーん……でも、ねえ様の言ってること、あたしも分かるよ! いつも寂しそうな目ぇしてるもん。あたし達の舞を通して、何を見てるんだろうね?」
三女は能天気だが、時々核心を突くようなことを言う。
エリシェバは姉妹達が気にかける令嬢に、ほんの少しだけ興味を抱いた。
「もういっそ、声かけてみちゃう?」
その提案は、ただのアーヤの思いつきに過ぎなかったのだろう。
けれど、その言葉には。長女の〝何か〟に触れるものがあったらしい。
「そうね。そうしましょう」
「「えっ!?」」
「次の公演にいらっしゃったら……声をかけて裏に来ていただけるようにしましょう。…………ね?」
そう言って微笑んだシェヘラの笑顔は、無言の圧というものが備わっていて。
エリシェバとアーヤは大人しく頷くしか、できないのであった……。
◇◇◇◇
今日もディアナ一座の公演を観終えたカルディアは、直ぐに帰ろうとした。
だが唐突に……舞台の近くに立っていた受付担当者から声をかけられる。
「お嬢様」
「…………何かしら」
公演後に受付担当者から声をかけるなんて、初めてのことだった。
警戒しかけるが隣にいるアリスの様子からして厄介事ではなさそうだと判断し、大人しく話に耳を傾けた。
「よろしければ舞台裏の見学は如何でしょうか? 頻繁にお越しくださるので、出演者の方からよろしければご挨拶をしたいとのことでして。都合の方をお伺いさせていただきたいのですが……」
「…………」
「どうやら、例の一座の方々からの申し出のようですよ」
「!」
周りを警戒するように小さな声で告げたのは、他の人に聞かれたら贔屓だと責められるからだろう。
カルディアは考えるそぶりをしてから、それでも直ぐに頷き返す。
受付担当者はホッとした顔で、カルディア達を舞台裏に案内した。
簡易控え室が並ぶ廊下を進み、一つの扉の前で止まる。
「こちらへどうぞ」
「お嬢様。わたくし達は外で控えておりますので。どうぞアルバート様と中に」
「分かったわ」
アリスからの申し出に頷き、扉をノックしてから中に入った。
そこにはあのディアナ一座──三姉妹と演奏隊の面々が揃って……。彼女達は優雅に一礼して、カルディアに挨拶をした。
「ご機嫌麗しゅう、お嬢様。本日はご挨拶のお時間をいただきまして誠にありがとうございます」
『ありがとうございます』
丁寧な挨拶ではあるが、媚びている感じではない。
カルディアは貴族らしい微笑みを浮かべて、挨拶を返した。
「ご機嫌よう。こちらこそご招待くださり、どうもありがとう。…………どうやら、後ろ盾が欲しくて呼んだようではなさそうね?」
「はい、お嬢様。ただわたくしども三姉妹がお嬢様にご挨拶とお話しさせていただきたく。お声をかけさせていただきました」
「…………話?」
「そう! お嬢様、よく観にきてくださってるでしょ? なのに楽しそうじゃないっていうか……寂しそう? って感じだから気になっちゃって! だから──」
「この馬鹿! お貴族様相手になんて口聞いてるんだ! お前の失態でワタシ達まで苦しむことになるんだぞ!? 口を慎め!」
「ぎゃんっ!?」
──ゴチンッ!!
急に口を開いたポニーテールの少女の頭に、短髪の女性が拳骨を落とす。
流れる沈黙。冷や汗を掻く演奏隊を尻目に、黒髪の女性が溜息を溢した。
「大変、失礼いたしました。愚妹達が失礼なことを」
「…………そう、ね」
本音を言うと、面白かったから全然許すのだが。ケイトリンならば絶対に許さないはずだ。というか寛大な対応をするかもしれないが、後で絶対痛い目を見せる。
とにもかくにも……今回は。慈悲を与えるように、けれど貴族らしくその目に侮蔑を乗せて。口元を扇子で隠しながら、告げた。
「今回は許しましょう。けれど、次はないと知りなさい」
「はい。寛大な御心に、感謝申し上げます」
「えぇ」
「お詫びと言ってはなんですが……よろしければお茶は如何でしょうか? お嬢様」
黒髪の女性が、背後のテーブルの上に準備していたお茶を示す。
カルディアは小さく頷いて、席についた。アルフォンスは、その背後に。
銀髪の女性が慣れた動作でお茶を淹れる。細かいことは気にしなさそうな見た目に反した繊細な動きに、カルディアは小さく目を見開いた。
「うふふ、この子──エリシェバは見た目に反してお茶を淹れるのだけはとっても上手なんです」
「見た目に反して、というのは失礼だぞ。あね様」
「あら。ごめんなさいね? さぁ、どうぞ。我が故郷の、香辛料を使った茶ですわ」
「…………いただくわ」
カルディアは少し刺激的な香りがする紅茶を口にする。チャイ、スパイスミルクティーと呼ばれるものだろう。
いつかのような懐かしさを感じさせるその独特な味に、無意識の内に柔く、カルディアは微笑んでいた。
そこで探るような声で、向かいの席に座った黒髪の女性が声をかけてくる。
「お嬢様。遅ればせながらご挨拶を。わたくしはディアナ一座のシェヘラ。こちらがエリシェバ。末のアーヤと申します。そしてあちらの演奏隊が──」
「そこまででいいわ。わたくしはケイトリン。…………身分も、お伝えした方がいいかしら?」
「いいえ。わたくしどもは根無草。お名前をお聞きするだけで充分でございます」
にっこりと笑うシェヘラの様子に、それなりに場数を踏んでいることが察せられる。
余計なことを知らないことが、身を守ることに繋がるからだろう。
カルディアは「そう」と答えて、改めて紅茶に口をつけた。
「いつも公演にお越しくださり、誠にありがとうございます」
「えぇ。いつも楽しませていただいてるわ」
「けれど、だからこそ気づいてしまったのですわ。お嬢様」
「…………?」
「何故、そんなにも悲しいお顔をなさりながらわたくし達の舞をご覧なのでしょうか?」
「…………」
探るような視線が貫く。
答えてやる義理はない。でも……目の前の女性がかつての友の姿に似ていたからだろうか?
カルディアは気まぐれに、ほんの少しだけ、口を開いた。
「…………貴女が、わたくしのかつての友に少しだけ似ているのよ」
「……お嬢様の、ご友人ですか?」
「そう。貴女のような黒髪に褐色の肌をした、随分とまぁ生きの良い子だったわ。貴女達のように踊り子だったというのも一緒」
「…………そっかー。お嬢様はあたし達の踊りを見て、その子のことを思い出してたんだ? 踊り方も似てた?」
側に置いてあった木箱の上に座り、話を聞いていたアーヤがそう問いかけてくる。
しかし、それだけは否定せずにはいられなかった。
「いいえ。貴女達の踊りはあの子の足元にも及ばないわ」
「「「!!」」」
三姉妹の目を大きく見開かれる。
…………旅一座の踊り子とはいえ、彼女達は踊りに関してはそれなりの矜持を有している。
ゆえに彼女達は……自分達の踊りが未熟だと称されて、我慢できるはずがない。
エリシェバが獰猛に笑って、怒りに満ちた視線をカルディアに向けた。
「ほう。ワタシ達の踊りが、貴女様の友人の足元にも及ばないと。そんなにも、貴女様の友人は、踊りが上手で?」
「えぇ。なんせ女神の寵愛を受けし一族──そうあだ名されるほどの腕前でしたもの」
「!? お待ちになって!? どうして貴女様がその名を──……!?」
〝女神の寵愛を受けし一族〟──その名を口にした瞬間、シェヘラの様子が一気に変わった。
淑やかな雰囲気が霧散し、驚愕と困惑が滲んだ様子でカルディアを見つめている。
その名を口にした本人は表情だけは変わらずではあったが……心の中では心底不思議そうに、首を傾げていた。
(あれ? あの子がいたのは違う世界なんだけど……この世界にも〝類似体〟がいるのかな?)
〝類似体〟とは──この場合、違う世界であるというのに似たような人、組織、仕組みのことを表現している。
カルディアの友であった人の子がいたのは確かに違う世界だ。けれど、シェヘラの反応から見るに……この世界にも女神の寵愛を受けし一族と呼ばれる、同じ褐色の肌をした一族がいるらしい。同じようで違うモノ。だから、類似体。
「何故、貴女様がそれをご存知なのです……! 教えてくださいませっ……!」
「…………」
鬼気迫るような顔で懇願される。
だが、カルディアは意味が分からないと言わんばかりに……首を傾げるだけだった。
「何故?」
「…………へ?」
「何故、教えなくてはいけないの?」
その瞬間──その場の空気が、一気に張り詰めた。
言葉を失くすシェヘラに、険しい顔になるディアナの一員達。ずっと黙したまま壁際に控えているアルフォンスだけが、冷静に事の成り行きを見つめている。
「確かにわたくしは〝女神の寵愛を受けし一族〟のことを知っているわ。けれど、わたくしがそれを教える義理はないでしょう?」
「…………いやいやいや! 知ってるなら教えるぐらいいいじゃん!? 減るもんじゃないんだし!」
アーヤが思わずといった感じで会話に割り込んでくる。
カルディアはやっぱり不思議そうにしながら、同じ言葉を口にした。
「だから、何故?」
「な、何故って……」
堂々巡りな会話に、彼女達は絶句した。逆になんでそこまで頑なに教えてくれないのかが、分からないといった様子だ。
けれど、カルディアだって彼女達の心情がわからなかった。
先ほども告げたように……カルディアには〝女神に寵愛されし一族〟のことを教えてやる理由も。必要性も。義理もない。
なのに教えないこちらがおかしいと言わんばかりの態度を取る彼女達の方がおかしいではないか?
そもそもの話、カルディアの知っている一族は他の世界の者達のことで、名前は同じでも完全に同じ一族であるとは限らないし。
自分になんの利益もないのに教えてやるなんて……そんなのとても、つまらないじゃないか。
…………それに。こうやって頼めば教えてもらえると思ってる傲慢さが少し──いや、ほどほどに気に喰わない。
見た目が人間種であった唯一の友に似ているから、余計にそう思ってしまうのだろう。
(あの子が求めたのは先にも後にも死ぬ時だけ──……それも、自分達が生きた証を引き継いでなんて願いだったのに)
だから、自分が知る友とは違って初対面の相手に。こんな小さな願いを、こんななんでもない瞬間に叶えてもらおうとするシェヘラに……不満を抱いてしまう。カルディアの琴線には全然、触れないというべきなのか。やっぱり人間は人間か、と。勝手な失望すら覚えてしまう。
そして、好奇心で生きてるような竜にとって。その気持ちを抱いたとなれば、致命的で。
その瞬間──カルディアはシェヘラからも、ディアナ一座からも興味を失くしてしまった。
彼女達の踊りは懐かしさを感じさせられたが……もう良いかな、と思うには事足りたことだし。もう、ディアナの踊りを観にくる必要はない。気にかける要素は何もない。
それからの行動は、異様なほどに早かった。
「帰るわ、アル」
「はい」
そう告げたカルディアは立ち上がって、控え室を後にしようとする。
今だに呆然とする長女と三女に変わって、次女がハッとした様子で慌てて声をかけていた。
「何処へ!?」
「帰るわ。もう興味がないもの」
「待っ──」
「ではご機嫌よう」
カルディアは振り返らずに、そう挨拶をしてその場を去る。
彼女達が追いかけてくることはなかった。…………実際には、アリス達が押し留めていたのかもしれないが、カルディアが気にかけることではない。
屋敷に戻る頃には彼女の中では、ディアナ一座のことは完全に過去のこととなっていた。
…………きっとこのままであれば、今後は一生関わることがなくなるだろうことは、カルディアという竜の特異性を知っていれば明らかで。
…………ずっとカルディアとシェヘラの会話を聞いていたアルフォンスだけが、何かを考えるかのように黙り込んでいた。