イベント・芸術の月に、女神が踊る( Ⅲ )
【お礼】
誤字脱字報告ありがとうございます。とても助かります。今後もミスってるところがあったら、教えてくださると幸いです。よろしくお願いします。
申し訳ない。また体調を崩しました。
どうやら体力が落ちているらしい……。普段は出ないアレルギー反応が出るようになってしまったので、少し治るまでお休みさせていただきますね。
本作品を読んでくださってる皆様にご迷惑をおかけしてしまいますが……どうぞよろしくお願いします。
自分勝手で、面白いことしか興味のない最低な竜だという自覚はあるけれど。
それでもカルディアだって──偶には他人を。それも人間のことを気にかけたことぐらい……あったのだ。
──ほんの、一回だけだけど。
『死ぬの、***』
静かな静かな夜の砂漠。
月の光に照らされたオアシスで、絨毯の上に寝かされた女性が柔らかく微笑む。
『えぇ。わたくしももう歳ですもの。死んでしまいますよ、カルディア』
『…………長生きするとか、ほざいてたじゃん』
『まぁ……! ご覧なさい。もうしわくちゃのお婆ちゃんですよ? 充分長生きしましたよ、わたくしは』
『…………満足してる?』
『勿論ですとも! だって他の一族の女達と違って……最後は、こうやって自由のまま死ぬことができるのですからね』
そう言った彼女は、心の底から満足そうだった。
…………この女性の一族は、美しい容姿と舞を継承する一族だった。あまりの美しさに、女神の寵愛を受けた一族だと言われるぐらいで。
だからこそ、それが原因で各国の権力者達に狙われることになった……哀れな一族でも、あった。
『…………あぁ、けれど。やっぱり……一つだけ、後悔していることがあります』
『なぁに?』
『わたくしが、受け継いできた舞を後継者に引き継がなかったことです』
『…………』
この女は、誰かとの間に子を成すことはしなかった。自分の子に、自分達の一族と、自分と同じような苦しい目に遭わせることを……躊躇ったから。嫌がったから。だから彼女は、自ら自分の血を断つことを決めた。
けれど──……。
『でもね、カルディア。わたくし、本当は知っているのよ』
『?』
『貴女、本当はわたくしの舞、覚えているんじゃなくて?』
『…………。えぇ……? なんのこと?』
『誤魔化せないわよ、カルディア』
くすくすと、夜の砂漠に女の笑い声を聞いて、カルディアは気まずい気分になった。
だって知っていたのだ。彼女の一族の舞は、彼女の一族にしか受け継いではいけないのだと。
だから、竜としての記憶力で彼女の舞を覚えてしまっていたけれど。カルディアは決して、踊ろうとはしなかったし、覚えていることも口には出していなかった。
しかしそれを、当の本人は気づいていたらしい。彼女はそっと、側に座るカルディアの手を掴んだ。
『カルディア』
『…………なぁに』
『貴女に、わたくしの舞を受け継がせます』
『…………何言ってんの。君の一族以外、踊っちゃいけない踊りなんでしょ』
『ふふふっ。いいのよ。だって貴女は、この世界のヒトじゃなさそうなんだもの。この世界でのルールなんて、貴女には当て嵌まらないわ』
『!!』
『嫌ねぇ……気づいてないとでも? 何度も会いにきてくれてるのに、全然容姿が変わってないんだもの。貴女がヒトならざるモノであることぐらい簡単に分かるし。話の端々からこの世界のヒトでないことも……嫌でも気づいてしまうわよ、お馬鹿さん』
失態だった。そこまで意識していなかった。
確かに、彼女が幼い頃から……何度も何度も、不定期に彼女に会いに来ていたのに。成長する彼女の容姿に反して、自分の容姿を偽ることをすっかり忘れてしまっていた。
『…………やっばい。竜なのに人間風情に一本取られたぁ』
『!? 竜なの!?』
『竜ですけど?』
『まぁ!? そんなに神聖な御方だったの!? カルディア様ってお呼びすべき!?』
『止めて止めて。今更過ぎるし、君にそう呼ばれると気持ち悪いよ。まぁ……永い竜生での初めての人間の友達記念で、特別に許してあげるから。感謝してよね、***』
『…………!』
彼女の顔が、柔らかく綻ぶ。本当に嬉しそうに。
本当に……泣きそうに。
『うふふっ……やったわ。竜という凄い御方と、友達になれてしまったわ。それも貴女が、わたくしの舞を受け継いでくれるなんて。なんて幸せなことなのかしら』
『…………***』
『あのね? わたくし達の舞はね、生きた証なのよ。少しずつ、ほんの少しずつ。舞の動作が増えていくの。受け継ぐ人達でね、違和感がない程度に。でも確かに自分がこの踊りを踊っていたよ、という証を残すの』
『…………ふぅん』
『だからカルディア。最後に伝えるわ。わたくしの生きた証を。どうか、観ていて』
彼女はそう言って起き上がる。病魔に犯された身体は、動かすことすら辛いだろうに。そんなの分からないぐらいに妖艶に、無邪気に、勇ましく笑って。
最後の踊りを、踊る──。
『…………』
最初は気まぐれ。普段ならば人間風情なんて気にもかけないのに。
なのに、夜の砂漠で人目を忍ぶように楽しそうに踊る人間の少女に興味を抱いたから……声をかけた。
彼女の踊りが、美しかったから。命の美しさを感じさせて、心に響くモノがあったから。だから、何度か。気まぐれに。彼女の下を訪れた。
時には酷い目に遭っていて、助けてあげようかと声をかけたこともあったけれど。〝それでもこれが自分の人生だから〟と笑顔で断った、弱者でありながらも強かった人間に……感心した。
そして最後を看取ることになるなんて……他の人間にだったら、しなかっただろう。
女神も寵愛したと言われる一族は、竜すらも魅力してしまったのかもしれない──なんて。
少しだけ自分らしくないことを考えて、カルディアは笑う。
そんな余計なことを考えていても、彼女の踊りからは一つも目を離さなかった。最初から最後まで、見守り続けた。
最後のポーズを取って固まった彼女は、身に纏っていた紗を手に取って、カルディアに差し出す。
それを受け取った瞬間──彼女は満足げに笑って、ゆっくりと目を閉じた。
同時に傾く身体。地面に倒れないよう支えてやったが、もう彼女が手遅れなことを感じ取った。腕の中にいる小さな生命は、もう生きていない。
『……………とっても、綺麗だったよ。***』
カルディアの腕の中で、炎が爆ぜる。この世界で最も位の高い弔い方は、火葬だ。
だからカルディアは……慣れない炎を駆使して、彼女の遺体を空へと還す。
『…………』
彼女の身体を燃やし終えたカルディアは、受け取った紗を被って竜に変じる。
そして、もう思い残すことのなくなったその世界から……姿を消して……。
自由気ままな旅へと、戻っていった──。
◇◇◇◇
ディアナ一座の公演を見てからか、カルディアの様子が少しおかしかった。
窓の側に置かれた椅子に座って、ずっと外を見つめ続けている。彼女の視線の先には屋敷の塀しか映っていない。けれど、なんだか……あの特設舞台の方を、見ているような気がした。
まさに心ここに在らず、といった様子だ。心配のあまり何度か声をかけようかと思ったけれど、その度にアリスに止められて……アルフォンスは見守ることしか、できなかった。
何を思っているのだろうか?
どうして、そんなに寂しそうなのか?
普段と違うカルディアの様子に……アルフォンスは心配な気持ちが尽きない。
「お嬢様」
そんな時──アルフォンスのことは止めた癖にアリスが声をかけていた。
カルディアはこちらを向かないまま『なぁに』と返事を返す。
「また、ディアナ一座の公演を観に行きます?」
「…………」
沈黙が満ちる。
だが、カルディアは無言のまま頷く。
「了解したのです。では、手配するのですよ」
「…………」
返事をもらったアリスは、パタパタと部屋から出て行った。勿論出て行く時に〝今は話しかけちゃ駄目ですよ〟という念押しを忘れずに。
(…………どうなさったのですか、カルディア様。叶うなら貴女の心を、僕にも教えてくれればいいのに)
この時ばかりは……。
カルディアの言葉を聞かなくてもその心が分かる《全知》を持つアリスが羨ましくて。
アルフォンスはほんの少しだけ、いじけるような気分になるのだった。