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イベント・芸術の月に、女神が踊る( Ⅱ )

 




 ディアナの三姉妹は、それぞれが異なる美しさを有した舞を踊る。


 三女のアーヤ。彼女の踊りは無邪気で、とても明るく。見る人を励ます、元気に溢れた踊りであった。

 次女のエリシェバ。彼女の踊りは激しくありながらも、不敵。見る人達を鼓舞するような踊りは、生命の輝きに溢れていた。

 長女のシェヘラ。彼女の踊りは見る者の目も、心も、魂すらも虜にするような妖艶さで。惑わし舞と言われるほどであった。

 それぞれの方向性は違えど、三人が揃って踊る舞は息がぴったりと合っていて。個人の舞とはまた違う魅力に溢れている。

 そんな彼女達三姉妹を抱えるディアナ一座。

 彼女達の名は今、芸術の月が始まったレメイン王国で一番と言って良いほどの有名一座となり始めていた。





 ◇◇◇◇





「あら。どこかに出かけるの、ケイティ」


 外出用の装いで屋敷から出ようとしたところで、ケイトリン(カルディア)は正面階段から降りてきた公爵夫人──イーリスに声をかけられた。

 彼女は挨拶をしてから、にっこりと頷く。


「えぇ。巷で噂のディアナ一座を観に行こうかと」

「まぁ! ディアナ一座を? わたくしも気にはなっていたのだけど……道端で披露するそうじゃない? 流石にそれでは観に行けなくてね……」


 芸術の月期間中では……道の至る所で歌や踊り、大道芸などといったパフォーマンスが披露されている。しかし、そういった路上でパフォーマンスしている者達は後ろ盾やパトロンがいない者、所謂いわゆる素人の証でもあるのだ。

 低位貴族や、まだ子供である子息令嬢などがお忍びで観に行ったりする分ならばギリギリ問題はないのだが……流石に公爵夫人ほどの身分の高さになると、その目に映るものすら一流品でなくてはいけない。それに、身の安全的な事情でも人の出入りが多くなる王都に出るのはよろしくない。つまりは、色々と障りがある。

 そのため、イーリスはディアナ一座のことは耳にしていて、興味を抱いていても。実際に観に行くことは叶わないのであった。


「きっと大丈夫ですわ、お母様。これほど名の知れた一座となり始めているのですもの。芸術の月を締め括る夜会に、かの一座が呼ばれるかもしれませんわ」

「あぁ……そうね。わたくしの耳に入るほどですもの。王妃殿下のお耳にも彼女達の話は入ることでしょう」


 学園の最優秀者が芸術を披露する芸術の月の最後に開かれる夜会には、王都で特に名の売れた芸術家達も招待される。

 この夜会でその芸を披露すること自体が、一種のステータス。

 公爵夫人の耳に入るほどに有名になっていれば王妃──この国で最も身分が高い方々の耳に入るのも時間の問題。そうなれば夜会に紹介される可能性も上がる。

 その時ならばイーリスも観ることができるので……不確定ではあるけれど、その可能性に彼女も賭けることにしたようだった。


「何はともあれ気をつけてお行きなさいね。護衛を忘れずに」


 母が真剣な顔で告げる。

 芸術の月は人が集まる。王都入りする者は、実際に王都に入る際にきちんと身分確認は行ってはいるが……それでも不埒者がいないとは限らない。騎士達も普段より多く巡邏して目を光らせているが、それでも犯罪が起きないとは限らない。特に高位貴族の令嬢など格好の的だ。

 カルディアは素直にそれに頷いて、背後に立つ二人に視線を向けた。


「問題ありませんわ。三人ほど、連れて行きますので」


 ケイトリンの背後で、空気のように気配を消していたアリスとエイスが深々と頭を下げる。イーリスはそんな彼らを軽く一瞥するだけで特に声をかける様子はない。高貴な身分の者が下々を気にかける必要はないからだ。


「ご歓談中失礼致します、奥様。お嬢様。馬車の準備が整いました」

「あら。貴方も共に行くの。なら、安心ね。アルバート、娘を守りなさい」

「はい、奥様」

「では、行ってらっしゃい。ケイティ」

「行って参りますわ、お母様」


 イーリスはそう、一言残して去っていく。

 その後ろ姿をなんの感情もなく見送って、カルディアも動き出した。

 アルフォンスのエスコートで馬車に乗り込む。その後に彼とアリスが続き、扉が閉められる。


「出発いたします」


 御者の合図で馬車が動き出す。

 王都は王宮を中心に貴族街、高級商業区、一般商業区、平民街となっている。

 芸術の月を迎えた王都では、馬車での移動も制限される。つまり、高級商業区までしか馬車で移動できず、それ以降は徒歩での行動となる。これもまた高位貴族が出歩けない理由だ。

 普段であれば貴族の子息令嬢だろうが徒歩で行動するなどない話ではあるが……芸術は案外、思わぬところにあるものであり、目を養うには様々な芸術に触れることで培われる。芸術が溢れる王都を自らの目で見ることに意味がある。

 そのため、芸術の月においてはお忍びで王都を散策する子息令嬢も少なくないため、安全上を考慮して必ず護衛や付き人と共に行動することが推奨されていた。


「ぶっちゃけ心配なんて全然してないですけど。公爵令嬢のフリをしている以上は、護衛もきちんっとやっとかなきゃ駄目なので。アリスは隣、男性陣はぴっちり後ろについて護衛をするのですよ!」

「りょーかい。よろしくね」

「こちらも了解です」


 その後も散策の打ち合わせを行い、三十分ぐらいで馬車が止まった。どうやら高級商業区と一般商業区の境目に着いたようだ。

 カルディアはアルフォンスにエスコートされて、馬車から降りる。そして、御者席に座っていた護衛役のエイスが後ろに控えたのを確認してから、カルディアは歩き出した。


「……凄まじい熱気だわ」


 思わず声が漏れる。街はいつにない賑わいを見せていた。

 どこからか流れてくる美しい音楽に、通りに面した窓に飾られた色とりどりの垂れ幕。通りの端では大道芸人が技を披露したり、露天商で自身の作品を売っている者もいる。


「足元、どうぞお気をつけくださいませ。お嬢様」

「えぇ」


 カルディアはあちらこちらを見渡しながらも、すれ違う人々にぶつからないように気をつけながら通りを進んだ。

 高級商業区の大広場と違って、大きな噴水がない一般商業区の大広場には、芸術の月限定の特設舞台が設置されている。立ち見客は無料だが、舞台の前で観る一番良い席は優良だ。今回はアリスが先んじて、席の方を確保しておいてくれたらしい。

 舞台の近くに待機していた受付担当者に声をかけて、チケットを見せる。舞台の一番前──特に観やすい席に案内され、カルディア達は渡されたパンフレットに目を通した。


「ディアナ一座が出るのは後半のようですね」

「まぁ。それほど有名になっているのね」


 芸術の月で芸術家達が集まるからこそ、その争いはシビアだ。無名の芸術家であれば、人目のないところ──大通りや大広場から離れた小通りなど──からのスタートになる。そして、大広場の特設舞台に出演できるほどになれば、かなりの有名演者と言っても過言ではない。

 ディアナ一座も最初は無名ではあったようだが、短期間で特設舞台に出れるほどの有名一座となっている。それも、大トリに近い後半の出演で。

 カルディア達はそれなりに──アリスは思いっきり──期待しながら……ディアナ一座が出るまでの公演を楽しんだ。

 そして……その時が、やってくる。


『さぁさぁ皆さんお待ちかね! ディアナ一座の登場だ! 張り切って、どうぞ!』


 司会者の紹介で、観客達から歓声があがり……演奏隊が舞台に上がって、それぞれ楽器を構える。

 空高く笛の音が響く。それに合わせて太鼓と撥弦弦楽器の音色が響き始める。独特なテンポの音楽で場を温めると、一人の少女が舞台袖から飛び出してきた。

 茶髪のポニーテールに、飴色の瞳。褐色の肌には露出の高い衣装を身につけているが、その表情が無邪気だからか。いやらしくは見えない。

 彼女はニコニコと笑いながら軽やかに、明るく。見る人を元気にするような踊りを披露する。

 観客席から「アーヤちゃぁぁぁん!」と少女の名を呼んだらしい声が聞こえた。その声に反応して、彼女の笑顔は益々晴れ渡る。彼女の踊りはまるで、突き抜けるような青空のようだった。

 曲のテンポが変わる。荒々しくも勇ましい音楽。

 次に飛び出してきたのは、真っ赤な瞳と銀髪のベリーショートが印象的な女性。彼女も最初の少女と同じ褐色の肌ではあるが……その身体は筋肉質で、どこか戦士のような錯覚を抱かせる。それに合うように彼女の踊りは猛々しい。けれど、決して雑な訳ではない。

 まるで戦士達を鼓舞するかのような──……。燃え盛る太陽のようだと、カルディアは思った。

 また、曲が変わる。艶やかな、ゆったりとした音楽。

 しゃらりと、淑やかに。腰まで伸びた黒髪に、薄紫色の瞳を持った女性が出てきた。カルディアは彼女の姿に目を見開く。

 抜群のプロポーションを誇る褐色の肌がどこか艶めかしい。彼女の踊りはとてもゆっくりで。だからこそ、その技量がよく分かる。

 まるで匂い立つ華のよう。夜の秘密を思わせる、艶やかな踊り……。

 そんな三者三様の、かつての記憶を呼び覚ますには充分な踊りと。かつての〝()〟に似た彼女を見て。…………カルディアは悟る。

 アリスがわざわざ、こうまでしてカルディアに彼女達の踊りを見せたかった理由を。


(あぁ……そういえば。あの子の名前も……月に関した名前だったっけなぁ……)


 遠い昔の、〝きっかけ〟がなければ思い出せなかったであろうその記憶を思い出す。

 その瞬間──胸に込み上げるのは、竜にしてはそぐわない、郷愁のような、気持ち。


「…………」



 カルディアはただ無言で、彼女達の踊りを見つめ続けた。





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