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イベント・芸術の月に、女神が踊る( Ⅰ )

 




 レメイン王国は各国に名の知れた芸術の国である。

 夏を迎える前に〝芸術の月〟と呼ばれる期間があり……その間──様々な国からありと凡ゆる芸術に携わる者達と、観光客が訪れるようになる。

 街は華やかに彩られ、道の至る所で芸術家達が自身の作品を、技術を、披露し。大小様々な劇場では、歌劇・演劇などが連日連夜公演されている。


 そして今日も──。

 レメイン王国の中央通りから離れた小通りで、人々を楽しませる芸が始まる──……。





「さぁさぁ皆様、お立ち会い! 砂満ちる国より訪れし、舞姫達のお披露目だ!」


 異国情緒溢れる美しい服を纏った、褐色の男性が大きな声で口上を述べる。

 独特なリズムの太鼓。遠くまで響く笛の音。耳に残る反響を奏でる弦楽器。

 そして……その音楽に合わせて無邪気に。不敵に。妖艶に。三者三様で微笑む舞姫達。


「我が国随一の旅一座──ディアナの三姉妹の舞は、王族すらも虜にする美しさ! さぁさぁ皆様、どうぞ足を止めて! 見ていかないと、損するよ!」


 音楽に合わせて、美しい衣がひるがえる。美しい踊りに、人々は目を奪われる。

 男の口上に、嘘はない。いや、それ以上──……。



 この日から……レメイン王国に月の女神の名を冠する旅一座の話題が一気に広まっていった。





 ◇◇◇◇




 芸術の月という季節に入るや否や、学園の授業は芸術関連の授業ばかりになった。

 どうやら芸術の月の最後の方には学園で祭──〝芸術祭〟が開かれるのが伝統で。そこで最優秀者として選ばれた生徒は月末に開かれる王宮での夜会にて披露する──美術を専攻している生徒は、王宮画廊に作品の展示がされるのだとか──ことになるらしい。

 公爵令嬢ケイトリンが専攻していたのは音楽。特にピアノを得意としているらしく……学園に入学する前の芸術の月では、婚約者である王子──ヴァイオリンを演奏するらしい──とデュエットを組んで、披露していたようだ。

 しかし、今年はそんな気配が微塵もない。そもそも、カルディア自身、ピアノ自体にそこまで興味がない。

 そのため……芸術の月だろうがなんだろうが関係なく。彼女はいつもと変わらない日々を過ごしていた。

 いや──やはり少しだけ、以前と違う暮らしを送っていた。


「すっごいですね! アリス、ここまで芸術に熱を入れてる国なんて初めて見たのです! 知っててもやっぱり、経験するのとは違いますね! エイス!」

「よかったな、アリス」

「はい!」


 もう既に専用となりつつある学園のサロンにて。

 王都の劇場で披露される劇の予定表を見ながら、アリスがニコニコと笑う。そんな彼女の隣には、愛おしさを一切隠さない色気マシマシなエイス。

 その向かいのソファでは芸術の月に入ってから、あちらこちらで配られている小冊子──短編私小説を読むカルディア。そして、お茶の準備するアルフォンス……。

 まるでずっとこの四人で共にいるような錯覚を覚えそうなほどに馴染んだ光景ではあるが、こんな生活を送るようになったのは。

 亜人達を隠れ里に引き渡した後からの話である──……。





 隠れ里に亜人達を移住させたため、アルフォンスはだいぶ負担だった《箱庭》をやっと閉じることができた。

 しかし、アリスとエイスは他の亜人達とは違う。彼女達には今後も復讐計画に協力してもらうことになるため、二人用の《箱庭》──亜人達を保護していた時とは規模が違うため、維持はしやすかった──を新たな住処として提供しようとした。だが、それはあっさりと当の本人達からお断りされて。



 断られたと思ったらこの二人……何故か、気づいた時にはマジェット公爵家で働く使用人──それもケイトリン付き──になっていた。



 あまりの変わり身(?)の速さに、カルディアは大爆笑した。反して、アルフォンスの方は衝撃のあまり、呆然とせざるを得なかった。

 だって、それぐらいあっという間だったのだ。亜人達を隠れ里に引き渡した翌日の朝には、「本日よりケイトリンお嬢様付きの侍女として働くアリスと申します。どうぞよろしくお願い致します」、「同じく、本日より護衛として働くエイスでございます。よろしくお願い申し上げます、お嬢様」と公爵家のお仕着せを着て、深々と挨拶をしてきたのだ。これが驚かずにいられるだろうか? 少なくともアルフォンスは無理だった。

 とはいえ……ほぼ黒寄りのグレーな方法で使用人になってらしいが、それでも使用人は使用人。表立って行動できるようになってくれたのは、アルフォンス的には大変助かった。何故なら、ケイトリンに付き従うアルバートの代わりを任せられるようになるのだから。

 こうして、ケイトリンの専属使用人が増えたことで……アルバートとして側にいる時間が短くなっても問題なくなったアルフォンス、復讐計画の進行を着実に進めていっているのであった。

 閑話休題。





「お嬢様お嬢様! 読書中失礼するのですよ! これ、今度のお休みの日に観に行きませんか!?」

「んー? なぁに?」


 テーブルの上に広げられていた多種多様なパンフレットやら宣伝紙やらを見ていたアリスが、目をキッラキラさせながら、カルディアに一枚の紙を渡す。紅茶をテーブルに置きつつ、アルフォンスも背後からそれを覗き込む。


「ディアナ一座……?」


 そこにか描かれていたのは、ある旅一座の宣伝。

 砂漠と駱駝ラクダ、三日月を背景バックに、独特なタッチの絵で三人の踊り手らしき女性達と演奏隊の姿が描かれている。

 アリスは専門家プロのような饒舌さで、その度一座の説明をした。


「今、この王都を一番沸かせている一行らしいのです! 海の向こうの大陸から来た旅一座で……異国情緒溢れるリズムと踊りが印象的! 更には舞姫達もそれぞれ踊りに特徴があってかなり見応えがあるんだとか!」

「へぇ……」

「行きませんか? アリスは行きたいです! お願いです、お嬢様〜! 今度のお休み、観に行きましょう?」


 懇願するアリスの態度に、アルフォンスは〝何か〟を感じとる。

 本当に観に行きたいのならば。カルディアが休みの日に行くのではなく、侍女として休みの日に行けば良いだけの話だ。

 なのにこうまでしてお願いしてくるのは……カルディアを連れて行こうとしている分けで。そうまでするのは、何か理由がある──ということなのだろう。


「うーん……」


 アルフォンスでも簡単に分かったのだから、カルディアもそれを感じ取っていた。

 宣伝紙で口元を隠しながら、彼女は考える。

 《全知》を持つアリスはどうやればカルディアを連れて行けるか分かっているはずだ。だから、こんなまどろっこしい会話をしているのだろう。

 そうまでして、自分を連れて行きたいのは何故なのか──?

 竜は探るような視線で堕天使を見つめながら。審判をするかのように、問いかける。


「で? なんでそんなに私を連れて行きたいの?」

「そんなの当然! アリスの観たい未来に繋がって欲しいからです! なお、これは本来の復讐計画やら目的(※エイスとの子作り)とは関係ない寄り道的な未来、アリスの趣味的な理由で辿り着きたい未来なのです!」

「おっとー? なんかカルディアちゃんセンサーが愉快な気配を感じ始めちゃったぞ」

「なんとこの未来! 辿り着く可能性が二割!」


 ビシッ!

 アリスが二本指を立てて、変なポーズを取る。

 …………流石にこんなに大興奮ハイテンションな彼女は見たことがなかったのか。エイスが困惑した顔で、アルフォンスの方を見ていた。見られても困る。


「お嬢様がここで一緒に行ってくれないと! そもそもの可能性が! 潰えるのです!」

「…………ふふっ。あっはははは! 私を連れて行きたいの、完全な私的な理由……私欲なんだねぇ! そのためにこんなまどろっこい会話に、変なアピールパフォーマンス……! あははっ、いいよぉ! 普段は真面目なアリスがここまで恥を捨ててお願いしてるの、面白かったから! 行ってあげる!」

「やったー! です! 恥を捨てて良かったのです!」

(あっ……やっぱり恥ずかしかったんだ……)


 耳が赤くなっていたのは、どうやら羞恥心からだったらしい。

 確かに……自分アルフォンスとエイスだったなら、絶対にできないような……恥ずかしい、行きたいアピールであった(※本人の名誉のため、詳細は伏せる)。


「ちなみに……どんな未来なの?」

「そこは未来のお楽しみ♪なのですよ! はわぁ〜……実際に見られるのかまだ不確定ですけど! 楽しみなのです!」


 アリスがうっとりとした顔で、未来に思いを馳せる。

 どうやら、相当良い未来らしい。

 …………ここまでの反応を見せられたら、流石の竜達だって気になり始める。


「…………どんな未来なんだろうね? アル」

「楽しみですね、お嬢様」

「うん」



 竜達は期待を抱きながら……ディアナ一座を観に行く予定を、立てるのであった。





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