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再交渉

 




 その日──ジェットは酷くソワソワとしていた。



 一週間ほど前から隠れ里に滞在している竜の使者であるエルフ・ロロが、落ち着かないジェットに呆れたような視線を向けてくるが……落ち着かないモノは落ち着かない。

 だが、それも仕方なかった。なんせ、彼は先の話し合いの席で失態を犯した。

 向こうからの申し出の対価として、自分が最も忌むべき人間と、同じことを同胞に強要しようとしていたのだ。

 …………彼らが保護した亜人達を引き取る代わりに、竜の血を得るための、想いの伴わない子作りを。

 それがどれだけ酷い行為であるかに気付いたジェットは、それはもう、海より深く反省した。

 どれだけ彼らの気持ちを考えない、身勝手な強要だったのか。嫌というほど理解したからだ。

 だから、今日という日を今か今かと待ち侘びていた。今日は亜人を引き取る打ち合わせをするだけでなく、前回の失態を謝罪するための場でもあったから。

 そして、ついにその時が訪れる。


「!」


 ぐにゃりと歪んだ隠れ里入り口の側。隠れ里の結界を容易く突破して、直接、転移をしてくるつもりらしい。

 歪んだ隙間から、角を露わにした、人型の竜が現れる。

 彼は待ち侘びていた様子のジェット達に驚いたように軽く目を見開き、困ったような顔をした。


「どうやらお待たせしてしまったようですね、申し訳ない」

「いや、アルフォンス殿……! こちらが早くに待ち過ぎてしまったんだ……! よく来てくれた!」

「こんにちは、ジェット。今日こそいい話し合いができることを願いますよ」

「っ……! 勿論だ」


 真剣な面持ちになったジェットに案内されて、あの時のように屋敷に向かう──。


 張り切る彼は気づいていない。

 もう既に、アルフォンスの手中に落ちていることに。


 気づかぬまま……竜にとって優位な取引が、これから始まる。





 ◇◇◇◇





 後ろ姿からも分かるぐらい張り切っている代表の姿。

 今日こそはいい取引ができそうだと、アルフォンスは心の中でほくそ笑む。


(これは上手く、転がせそうですね)


 前の時と同じように屋敷に案内されて、席に座った。

 今日は前回と違って事前にお茶の準備をしていたらしい。ジェットの妻だという妖精の女性がにっこりと笑って、お茶と茶菓子を出してくれた。


「ありがとうございます」

「いいえ〜。こちらこそありがとうございました」

「…………?」


 何故、彼女からお礼を言われるかが分からなくて首を傾げる。

 けれど彼女はそれ以上何も言わずに去って行った。

 ……暫く呆然としていたが、去ったヒトの言葉を考えたところでどうしようもない。お茶に口をつけて一息つく。

 すると、テーブルを挟んだ向かいの席で気まずそうにしていたジェットが、恐る恐るという様子で口を開いた。


「まずは、謝罪を。先の席では、失礼なことを言った。申し訳なかった」

「………………もう、強要はしませんか?」

「しない。我が名と血にかけて誓おう」


 吸血鬼ヴァンパイアにとって、名前と血にかけて誓うというのは重みのある言葉だ。いうならば誓約に近い効果を持つ。

 ゆえに、これは絶対に信頼できる言葉である。アルフォンスはそこでやっとゆったりと笑って、頷いた。


「分かりました。謝罪を受け入れます」

「……ありがとう。あの……もうヒトリの竜殿は?」

「あぁ……界竜様ですか。あの方は……『完全に興味が失せたから、行かなーい』──だそうです」

「…………」


 その場の空気が凍りつく。

 ジェットは頬を引き攣らせているが、生憎と本当にそう言っていたのだからどうしようもない。


「そ、そうか……なら、アルフォンス殿から謝罪の旨を、伝えてくれると有難い」

「えぇ、分かりました。お伝えしておきますね」


 この件はひとまず、これで終わりだ。やっと本題に入ることができる。

 アルフォンスはお茶で口を濡らしてから、口火を切った。


「さて……前回決裂した取引ですが。隠れ里でわたしが保護した亜人達を引き取ってもらうことは可能でしょうか?」

「あ、あぁ。問題ない。元々、人手不足だからな。人手が増えるのは助かる」

(……言われてみれば確かに里の規模に対して人が少ない気がしますね)


 アルフォンスは気配を探ってみる。ジェットの言葉に偽りはない。五百人近い容量キャパシティがあるのに、隠れ里で感じ取れる生命反応は精々一割程度……つまり、五十人前後の人数しかいない。

 アルフォンスは違うとは思いながらも、ワザと思いついたことをジェットに問いかけてみた。


「もしや流浪する亜人を発見・保護するために、里の外にヒトを出しているんですか?」

「あぁ……いや。違うよ。元々、この隠れ里では子が産まれにくいんだ。産まれてもあまり長生きできなかったりとね」

「…………それは、最初から、ですか?」

「……? いや、そんなことはないよ。昔は普通に産まれていたさ。そんな風になったのは……二百年くらい前から、かな?」

「…………この里、亜人の保護数は多いですか?」

「……いや、最近は少ないよ。人間どもに捕まってる亜人の方が多くなってて、隠れてる亜人も殆どいなくなってるし。亜人を捕えている施設への襲撃は殆ど失敗してるから」

「…………もしかして、特に獣人の数に、目に見えた影響が出てるのでは?」

「! よく分かったね!? まさか、さっきの質問だけで……!?」


 驚くジェットに、アルフォンスはこめかみを押さえた。

 予想通り過ぎて、頭が痛い。どうやら、この里では()()()()()()()が蔓延っているらしい。

 アルフォンスは大きな溜息を零して……この原因を知らないらしい代表に教えてやることにした。


「この里、多分、血が濃くなり過ぎたんですよ」

「…………血が、濃い?」

「多分ですけど……近親相姦とか、あったんじゃないですか? 昔」

「あ、あぁ。うん。あったよ? それがどうかしたのかい?」

「わたしも聞いただけですが……血の繋がりが近いモノ同士で子を成すと、遺伝的な問題で、子に障害が出やすいそうですよ。流産し易いとか産まれても短命とか奇形だとか。種族としてあるはずの力がないとか」

「!!」


 ジェットがハッと息を呑む。どうやら思い当たる節があるらしい。


「この里は長い間、閉鎖的な環境になってしまってます。その中で結婚やら子作りやらを繰り返していれば、嫌でも血が濃くなります。だから、もう殆どこの里で暮らしてるヒトビトは血縁同然になってしまっていて……その影響で、禁忌による障害が出てるんだと思いますよ」

「そ、そうなのか……知らなかった」

「えぇ。短命がゆえに子を成し易い獣人ですら子が出来にくいってなってるんでしたら、相当の影響が出てるはずですよ」

「…………そ、そんな……!」


 愕然とするジェットは、またいつぞやのように顔面蒼白を通り越して土色になっている。

 吸血鬼ヴァンパイアという血に特化した種族だからこそ、禁忌ぐらい知っているかと思ったが。この感じでは本当に知らなかったらしい。

 吸血鬼ヴァンパイアという種族は一族によって、近親相姦が普通──吸血鬼ヴァンパイアという血によって生きている種族だからこそ、血の障害が起きない。或いは敢えて、血を濃くするために近親相姦を推奨するところもあるのだとか──という一族もいるらしいので、もしかしたらジェットの一族もそうだったのかもしれない。

 こんなことになるまで放置するなんてと呆れてしまうが、もうどうしようもない。

 とにもかくにも。この里では禁忌による悪影響が大きく出てしまっている状況だ。

 アルフォンスは頭を掻きながら……この状況を打破する解決方法を、彼に告げた。


「…………なんか、こんな状況で言うのもアレかもしれませんが。わたしが保護してる亜人を引き取ってくれれば、この問題も解決する可能性がありますよ」

「…………え?」

「血が濃くなり過ぎているなら、薄くなるように。他所から血を入れれば良いだけなので」

「…………!」


 アルフォンスが保護している亜人は約三百人態度。

 各国の機関を襲撃した所為でとんでもない人数になってしまっているが……この里の規模からしたら、受け入れられるはず。

 そして、それほどの人数が増えれば。先住者と移住者間での恋愛も起きるだろうし。少しずつではあるだろうけれど、徐々に血も薄くなっていくはずだ。


「仲間からの報告では、生活基盤に基づく知識は全員叩き込んでいるそうです。更に、種族ごとに適した知識も。また、奴隷だった亜人達の奴隷気質もある程度緩和できてるらしいので……この里に暮らす方々に大きな苦労や世話、面倒を見させるようなことにはならないかと」


 いずれ保護していた亜人達を隠れ里に移すことを見越していたアリスとエイスの手腕によって、彼らの自立教育はあらかた終わっている。

 本当、彼女達には頭が上がらない気持ちだ。


「なので、隠れ里側の準備が完了次第、受け入れてもらえればと。…………如何ですか?」

「(アルフォンス殿は無責任にただ放り出すだけではなく、きちんと生き方を学ばせてまでいるのか……!)分かった。自分のことは自分でできるというのならば……こちらとしてはいつ移ってもらっても構わないよ。ただ隠れ里の人数では新しい住人達が暮らす家の準備をするには無理があるから。住める家をは提供するから、片付けなんかは自分達でなんとかして欲しいと思うよ」

「それぐらいは当然でしょう。なんせ住ませてもらう側ですからね。皆にも伝えておきますよ」

「頼むよ。…………で? いつから来る? 今日かい?」


 アルフォンスは考え込む。

 できれば早く《箱庭》から彼らを連れ出して、力を温存したいのが本音だ。

 だが、アリスの言葉が思い返される。


『いいです? 情動というモノを甘く見てはならないのですよ。なんせ、それで生かされるヒトも死ぬヒトもいるんですからね!』


 …………そう言っていたアリスの話はなんだっただろうか?

 あぁ、そうだ。


「いえ、明日にします」

「明日?」

「えぇ。今日は別れの宴をあげるので。永遠に会えなくなる訳じゃないですけど……一つの区切りではありますし。彼らの、新しい門出になりますから」


 最後まで気を抜かずに。

 将来、重要な役目を果たす彼らの心象を。最後まで良くしなくてはいけない。


「すみません。なので、明日の11時頃に改めて訪問させてもらっても?」

「あぁ、勿論。大丈夫だよ」


 ジェットが柔らかい笑顔を浮かべながら、了承してくれる。

 アルフォンスの本当の目的は分かっていないだろうが。きっと、亜人達のために心を砕く善人だと勘違いしてくれていることだろう。



 ここにいる最後の竜こそが、この隠れ里を地獄に叩き落とす災厄だと気づかずに……。



「良い夜を過ごしてくれ」



 ジェットからの言葉に、災厄アルフォンスは綺麗な笑顔を浮かべて頷いた。





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