進む、進む。物語が、計画が。
ケイトリンの特別授業での振る舞いが広まったのか。他の生徒達から恐れられて、元々孤立気味だったのが完全に孤立してから一週間。
カルディアはある違和感を、感じ始めていた。
(んん? なんか一気に、恋愛色が強くなってない? あそこ)
暇潰しがてら学園を散策していたカルディアは、窓の向こう側──中庭にある大きな木の下にある四阿でお茶をしている主人公と取り巻き達を見つめる。
側から見ても分かるぐらいに、彼らの距離が近くなっている。その目に宿る熱量を隠さずに、愛おしそうに主人公を見つめている。
(…………私が知らない間に恋愛イベント(?)とかいうのが進んだのかな?)
彼女達の親密度が上がっているとなれば、考えられるのはそれだけだ。
きっと乙女ゲームの流れに沿って、主人公が攻略対象達の攻略を進めたのだろう。
(…………今までそんな感じじゃなかったのにこのタイミングでいきなり、ってのは多少気になるけど。まぁ、面白そうだしいっか?)
カルディアは笑う。
学園生活に戻ったこの一週間。本当につまらなかったのだ。つい先日まで、殺し合いという名の狂楽に長く永く溺れていたからこそ余計に、その落差を感じていた。
他の生徒達は怯えて、距離を置くばかり。それどころ教師達も同様で。
本当、何も面白いことがなくて。刺激が足りない日々だった。
身代わりの約束をしているからまだ、ここにいるけれど。きっと、約束を交わしていなかったら、もうとっくのとうにここから去っている。それぐらい、今の状況はつまらない。
だから、何か面白いことが起こしてくれるなら、彼女達の恋愛事情が進むのは大歓迎だった。
(楽しませてくれるといいなぁ〜。期待してるよ? 主人公ちゃん達♪)
カルディアはニンマリと笑って、颯爽とその場を後にした。
◇◇◇◇
それから更に一週間後──ロロ達が帰ってきた。
二割ぐらい殺される可能性もあったが、どうやら想定通りの選択を向こうはしてくれたらしい。
伝来より彼らの帰還を聞いたアルフォンスは、次の対応策を頭の中で考えながらも待ち合わせ場所に向かう。
既にその場で待っていた彼らの帰還に安堵したフリをしながら、彼らに柔く声をかけた。
「お帰りなさい。良かったです、無事に帰ってきてくれて」
「只今帰還いたしました、アルフォンス様。ご心配をおかけしました」
「怪我などは?」
「問題ありません。全員無事です」
アルフォンスは息を零す。
これでロロは、自分が心底彼らの無事に安堵したと勘違いしてくれただろう。これもまた、アリスから教わった騙し方。
「ひとまず《箱庭》へ戻りましょうか」
「いえ。先に隠れ里の代表殿から伝言を」
「伝言、ですか?」
「はい──『もし、まだ許されるのであれば。改めて、話し合いをしたい。可能であれば謝罪も兼ねて異界の竜殿もお呼びしたい』とのことでした。……如何なさいますか?」
ロロから伝えられたのは、隠れ里代表ジェットからの改めての話し合い要請と、謝罪の申し入れだった。
アルフォンスはスッと目を細めて、考え込むフリをして黙り込む。
答えは当然ながら、イエス。ジェットに言った内容──《箱庭》の維持で思ったよりも力を消耗してるのは嘘じゃない。今はまだ余裕があるが、いつか限界がくるのは絶対だ。だから隠れ里がこちらの保護した亜人達を受け入れてもらわなくては困る。
だが……ここで答えるのは良くない。敢えて時間を置くことで、向こうに心理的な負荷をかける。こちらの優位性を更に高めるのだ。
だからここで答えるべきなのは……。
「…………勿論、と言いたいところですが。わたしには都合があります。直ぐに話し合うことは、厳しいかと」
「……そうですか。では、いつ話し合いを?」
「…………一週間後は、どうでしょうか? それぐらい経てばわたしの力も少しは回復しているはずです」
──ピクリッ。
ロロが〝力の回復〟という部分に反応した。
それを待っていた。
「…………アルフォンス様……もしや、ご無理を?」
「……あぁ、すみません。心配させてしまいましたか? 最近、少し頑張り過ぎてしまったみたいで。でも、少し休めば問題ないですから。大丈夫ですよ」
「本当ですか?」
「はい。信じてください」
にっこりと笑って、そう告げる。
それでもロロの表情は優れない。信じ切れない、といった様子だ。
…………上手くいった。こうなるように、持っていけた。
きっとこれで、ロロは、彼らは自分に無理はさせられないともっと頑張ってくれるだろう。
「…………承知しました。ですが、隠れ里代表殿との話し合いの調整は、全てわたしに任せていただけないでしょうか?」
「…………ロロ?」
「隠れ里とのやり取りは全てわたしが担います。その間、どうかアルフォンス様にはゆっくりと休んでいただきたく」
「ですが、君は帰ってきたばかりで……」
「問題ありません。妻達にも協力してもらいますので。よろしいですね? アルフォンス様」
念押しするような言葉に、アルフォンスは渋々頷く。
けれど、本心はほくそ笑まずにはいられなかった。ここに彼がいなかったら、大きな声で笑い転げたかった。
なんせ、全てが順調過ぎるぐらいに、良い展開に転がっていっていたのだから。
「…………負担をかけますが、よろしくお願いしますね。ロロ」
「はい、お任せくださいませ。アルフォンス様。では早速、隠れ里に戻ります。他の皆も構いませんよね?」
ロロの言葉に頷く他の一員の姿に、アルフォンスは困ったような顔をした。勿論、それも演技。
彼は申し訳ないと言わんばかりの様子で、彼らに提案した。
「…………ならせめて、里の近くまで送ります」
「!? アルフォンス様にご苦労をかけられません! 自分達で戻りま──」
「それこそわたしの台詞ですよ。せめてそれぐらい、やらせてください」
「…………」
「ね? ロロ」
にっこりと笑いながら押し倒すと、ロロが渋々といった様子で頷く。
「…………分かりました。アルフォンス様の、ご負担でなければ」
「えぇ、大丈夫ですよ」
了承を受けたアルフォンスは《門》を隠れ里近くに開いた。申し訳なさそうな顔して潜る彼らに「気をつけて」と声をかけながら、見送る。
《門》を閉じた後──アルフォンスはこの件をロロ達が担ってくれることに、安堵の息を溢した。
実のところ、アルフォンスはなんだかんだで忙しい。伯爵計画を進める傍ら、公爵令嬢の侍従としての務めもあるのだから……仕方がないのかもしれないが。
それなりに体力のある竜とはいえ、精神的な疲労は免れない。
あまりにも上手く事が進みすぎていることが逆に、余計な疲労を感じさせていた。こういった時ほど足元を掬われやすいのだからと、警戒を強める必要があったからだ。
…………自覚がないが、アルフォンスは思っているよりも疲れていたのだろう。だから、気づかなかった。
……自身の耳元に、そっと顔を寄せるモノがいたことに。
「悪ぅい男になってきたねぇ〜? ア〜ル?」
「っ!」
囁かれた声に驚き、耳押さえながらバッと勢いよく振り向く。
そこにいたのはニマニマと笑う、カルディアの姿。
アルフォンスは驚きに目を見開きながら、恐る恐る問いかけた。
「い、いつからそこに……」
「えっと〜……『お帰りなさい』辺りから?」
「最初っからってことですね……」
「そうとも言うかな?」
カルディアは楽しげに笑いながら、アルフォンスの頬を突っつく。
「あのエルフ君達は君を盲信してるから騙せたけど。分かる人だと演技してるって分かっちゃうかもだから、も〜ちょい顔の使い方を意識した他が良いと思うよ〜?」
「…………」
「まぁ、それも無理か! なんか疲れてるっぽいし」
そんなに顔に出しているつもりはなかったが、バレていたらしい。
やはり本格的な休息を取るべきかと考えたところで……カルディアが何かを思いついたように「そうだ!」と声をあげた。
……………嫌な予感がした。
「ちょっと私とお出かけしよっか」
「…………はい??」
「行くよ〜」
「はぁっ!?」
…………カルディアは我が道を往くだ。
つまり、アルフォンスに拒否権は、ない。
「はぁぁぁぁぁあっ!?」
…………アルフォンスの叫び声を容赦なく無視して……カルディアは彼を拉致するのであった。