交渉後、吸血鬼は自覚する。
お待たせしました。
またぼちぼちと投稿していきます。
ep31割り込みました。
【お礼】
誤字脱字報告、ありがとうございます…! 本当に助かります……!
気をつけていても間違えてしまう今日この頃……。
なので、今後とも皆さんに助けてもらえると幸いです。
それではこれからも〜よろしくどうぞっm(_ _)m
竜達が姿を消した後──。
ジェットは捕らえている一行のヒトリ──……エルフの男を閉じ込めている部屋へと訪れていた。
「おや。何の用でしょうか、代表殿」
鉄格子が嵌った窓際で、椅子に座って外を見ていた男性が振り向く。
ジェットは向かいの席に座って……ゆっくりと、口を開いた。
「…………君らの解放と、自身が保護している亜人達を移住を求めて、アルフォンスと名乗る竜が来たよ」
「…………アルフォンス様、が?」
「ただ、交渉は決裂。彼は君らを見捨てて帰ってしまったよ」
「…………」
エルフの男、ロロが驚いたように目を見開く。
しかし、彼はそれを聞いても想像よりは動じていない。それどころか……彼は心底胡乱な目で、ジェットを見返してくる。その視線の居心地の悪さに、ジェットは気まずそうな顔をした。
「何、かな」
「…………アルフォンス様は簡単に我々を見捨てるような方ではありません。ですから、そうなさったということ、そうせざるを得ない原因があった──……ということなのでしょうね」
「…………」
「何を、言ったんです? 代表殿」
「…………わたしが、原因だと?」
「えぇ。そうだと思いますよ」
ジェットは思った。
この男は随分とあの竜を信頼しているのだな、と。あの竜は容易く、彼らを見捨てたというのに。
けれど、確かに。向こうが受け入れられない条件を出したのはこちらだ。
そして、このエルフの男には、嘘が通じそうにない。隠し事も無理そうだ。それぐらい、強い目でこちらを見ている。
…………それに。何故、あの交渉が失敗したのか。彼らが何を思っていたのか。それを知りたいと思った。
だからジェットは先ほどのやり取りを、エルフの男に細かに伝えた。
そして──……。
「…………信じられないな……。お前、最低だな? 本当に、屑野郎だ、お前……」
今まで丁寧だったエルフの言葉が崩れるぐらい……軽蔑した目で見られることになるのだった。
「な、なっ……!? そこまで言わなくても──」
「馬鹿か。それぐらいのことをしたって分かってないのか」
「はぁ!?」
「確かに、アルフォンス様の言ってることは嘘じゃない。竜はたったヒトリの番としか子を成し得ないと聞く」
どうやら竜がただヒトリとしか子作りできない、というのは嘘ではないらしい。
だが、問題はそこではないと、ロロは彼に言い聞かせた。
「だがそれ以前に、だ。アルフォンス様が交渉を蹴った本当の理由は……あの人間どもと同じことを、お前が求めたからだろうよ」
「はぁっ!?」
ジェットはギョッとする。
いつ、自分が人間と同じことをしたと言うのだ。
そんな本心が表情から読み取れたのだろう。ロロは頭が痛いと言わんばかりに、眉間によった皺を揉みながら溜息を吐いた。
「…………人間どもが、我々亜人を奴隷としていることは知っているな?」
「あ、あぁ。それは勿論」
「…………より良い魔道具を作るために飼育して、繁殖させたり。素材の質を上げるための品種改良──つまりは、交尾によって異なる種と種を掛け合わせた新たな血統を生み出そうと研究をしていることは、知らないのか?」
「!」
…………。
人間どもが亜人達を捕らえ、一定数の素材を確保するために繁殖させていることは知っていた。
しかし、まさか……もっと良い素材を手に入れるために、違う種族同士の繁殖研究なんてことまでやっているとは、知らなかった。
「素材のために血と血を掛け合わせるための交尾と、竜の血を取り込むための交尾。目的は違えど、お前がしたことは人間どものそれと同じことだ」
「っ……!」
「……いや、人間どもより質が悪いかもしれないな。我々という人質を取っている状況なのだから」
ジェット側にはそんなつもりはなかったとしても。アルフォンス側の仲間、ロロ達がこの里に捕えられている時点で、それは人質も同然だ。
「ヒトリとしか子作りできない種族で。実際に未成熟で物理的にも子供が作れないからアルフォンス様は断ったそうだが。もし竜以外のモノが代表だったら、この条件を受け入れざるを得なかったのだろうな。もし断りでもしたら、捕らわれている仲間達が危険に晒されるかもしれないと思うだろう。自分の気持ちなんて後回しにして、仲間を助けるために望まぬ子作りを。本人の意思ではなく他人の命令で。自分のためではなく、他人の利益のためにすることになるのだろうな」
「そ、それは……」
「それに、だ。こうやって子作りを強要されたともなれば……アルフォンス様は保護している亜人達がこの里に移ってきた後、彼らにも同じように子作りをお前から強要されるかもしれないと思ったのでは?」
「…………ぁ」
「ここまで説明してやれば、馬鹿なお前でも理解できたか? どうだ? お前の行動は人間どもと変わらないじゃないか」
「……………」
「…………普通は、良心や常識があればそんな条件、出そうともしないだろうよ。だから、交渉は決裂したんだ。そんな条件を出されたとなれば、例えアルフォンス様でなかろうと……受け入れまい。少なくとも、わたしも同じ選択をするだろうさ」
ジェットはもう、言葉にもならない呻き声を漏らした。
本当に、気づかぬ内に。自分はこんなにも憎んでいる人間と同じになってしまっていたという事実に打ちのめされて。
人間どもに狩られることに、怯える日々を過ごしてきた。
仲間達と逃げ続けた。一箇所に止まり続けることなんてできなくて。過労、病気、衰弱……人間どもに殺されて。一人、また一人と命を落としていく。
そんな極限にも近い状況でジェットは……“誰にも脅かされない居場所が欲しい”と思った。
もう嫌だったのだ。他のモノ達を生かすために、誰かが犠牲になるのは。
追手から逃げるために、他のモノを見捨てるのは。
だから彼は、その気持ちに賛同してくれた仲間達と共にこの“隠れ里”を使った。
最初は上手くいかなかった。何度か人間どもの襲撃を受けて、里自体を違う場所に移転させたこともあった。けれど、今の場所は上手く隠蔽魔法が噛み合っているのか……そう簡単には見つからないように、なった。
居場所ができれば、他のことに気を回す余裕が出てきた。ゆっくりと食事が食べれるようになった。ぐっすりと眠れるようになった。ボロ布を纏っているだけだった服装も、少しずつ良くなって。生活も徐々に良い暮らしへと変わっていった。
その頃からだろうか──?
里の女達がジェットの子供を産み始めたのは。
初めは獣人の女性だった。
獣人は獣の性を持つ。今まではそんな余裕もなかったが……安定した暮らしを送れるようになった今、その獣としての本能が子を欲しがったらしい。──この里で一番強いモノの子を。
そうして、ジェットは発情期に入った彼女の懇願もあって……子を成した。
次はエルフの女性だった。
彼女はその時点で、里唯一のエルフとなっていた。見目麗しい容姿をしている上に魔道具としても上々。ゆえに、積極的に狙われる対象となっていたからだ。
数を減らした仲間を増やすために。また、子を成して明確に、ジェットの庇護下に入るために。
そんな理由で、彼女はジェットに媚薬成分が含まれた果物を食べさせた。
その次は女でありながら戦士として戦っていた魔族だった。
彼女は里を守るモノが少ないことを懸念していたらしい。実際に、逃げ惑う日々で他のモノ達を救うために犠牲になったのは戦えるモノ達ばかりだった。
だが、里の外から逃げる続けている亜人達を助けて、里を共に守ってもらうのは難しいと考えたのだろう。
ゆえに、彼女は子を作るという選択肢を選んだのだ。これならば、生まれた時から里を守るための守り手として、育てることができるからと。そしてそれは、ジェットも同じように考えていたことで。
二人は利害の一致から、肌を重ねた。
…………そうやって、子を成していたからだろうか?
いつしか子を作ることは愛するモノ達が愛を育んだ結果である、いう意識が薄れてしまっていたのかもしれない。
(あぁ……だから、アイヴィーは)
ジェットは思い返す。
妻でありながら未だ一度も肌を重ねたことのない彼女の、遠い昔の泣き顔を。
『ごめんなさい……勝手なことだと、分かっています。けれど、貴方が理解してくれるまで。わたしは貴方と、子は作れません』
その言葉の意味を、やっと理解できた。
ずっとずっと、ジェットが“目的”のためだけに子作りしてきたことを。アイヴィーは受け入れられなかったのだろう。
彼女にとって子作りとは……愛の証であるのだから。
「…………うぁ〜……」
ジェットは沈痛な声を漏らす。本当に、後悔しきっている様子だ。
それでやっと、彼はアルフォンス達に出した条件が、どれだけあり得ないことなのかを理解できたらしいと、ロロは感じ取る。
けれど、そんな風になる理由も、分からなくもない。
「…………まぁ、ここまで安寧とした居場所を作るまで、わたしでは分からないほどの苦労があったのだろうよ。ゆえに、今までしてきたお前の選択が絶対に間違っているとは言わないが。それを里の外の、他人にまで押し付けるのは……間違っているだろう?」
「………………う、ぅぅぅ……!」
「そもそも、アルフォンス様がこちらの代表を務めてくれてはいるが。彼は善意で助けてくれているだけだ。本当ならばわたし達を助ける義理なんてないのに……同じ亜人だからと。人間どもに狙われる同士だからというだけで、無償で助けてくれてるのだ。そんな彼に、わたし達のためにこれ以上その身を犠牲にしろなんざ。口が裂けても言えないし、まだお前がアルフォンス様に何かを強要するつもりならば。全力で阻止させてもらうつもりだ」
ロロが鋭い視線で彼を睨みつける。
もうジェットは、呻き声すら出せないぐらいに落ち込んだ。
同じ亜人達を率いる立場でありながら。同じ人間どもに狙われるモノ同士でありながら。そんな彼に利益のためだけに子作りを強要しようとした自分の汚さに。
「…………わたしから話せることは以上だ。これからどうするのか? それは自分で考えるがいい、代表殿。さぁ、帰った帰った」
ロロに部屋から追い出されたジェットは、トボトボと明らかに落ち込みながら帰っていく。
それから五日後──。
ジェットはロロ達一行を解放し……もう一度話し合いの機会をもらえないかと、アルフォンスに伝えてくれるように頼むのであった。