交渉( Ⅲ )
ここまで休まず更新してきましたが、体調不良につき少しお休みします。申し訳ない。
元気になるまで、更新を気長にお待ちください。
島田
『君達竜が、この里の者を相手に一人以上の子供を作ること──それが、こちらからの条件だ』
馬鹿だなぁ、と思った。
竜のことを。自分のことを。完全に舐めているとしか思えなかった。
きっと、知らないのだろう。竜という存在が、どういう存在なのか。
知っていたのならばきっと、こんな話少しだって持ち出さなかったはずだ。
だから、カルディアは──……。
目の前にいる男を、殺すことにした。
「お嬢様っ!!」
「っ!?」
「ありゃ。止められちゃった」
一瞬で、殺すはずだった。ただ腕を振るうだけで、目の前の吸血鬼を殺せるはずだった。
けれど、殺気をアルフォンスに感じ取られたのだろう。
腕を、強い力で掴まれて。攻撃を阻止される。
アルフォンスは冷や汗をぶわりっと掻きながら、叫んだ。
「何故っ、急に! 攻撃なんかを!」
「だって、ふざけたこと言うんだもん」
「…………え?」
「下等生物が、竜に、何かさせようとするとか、間違ってると思わない?」
こてん。
首を傾げるカルディアの目は、瞳孔が開き切っている。
そのただならぬ様子に、アルフォンスは同じ竜でありながら怯えずにはいられない。
「おかしいでしょ? なんで、吸血鬼風情が、私にまで、子供を作れなんて、要求してるの? なんで、そんな偉そうなこと、言ってるの?」
…………カルディアは面白いことしか受け入れないのだから、吸血鬼風情から子作りを要求された時点で、絶対に受け入れないのは確定しているが。
それでも、自分よりも遥かに弱い奴に、その弱い奴らと子供を作れと言われて、腹が立たないはずがない。
「許せないよね? だから、殺そうとしたの」
そう告げるカルディアに、場の空気が凍りつく。
そんな空気に気づいていながら、堂々と無視をして。カルディアは告げた。
「面白いこと、好きだけどね。誰かに強要されるとか、大っ嫌い。ムカつく、腹が立つ。…………本当、我慢できない。全部、ぶち壊してやりたくなるよね」
「…………お嬢、様」
「そもそもの話、なんで私も含まれてるの? 私、最初にただ面白そうだからついて来ただけって言ったよね? この件には関係ないのに私まで子作り強要とか……怒って当然じゃない?」
「ま、待ってくれ!?」
ジェットが慌てた様子で会話に割り込んでくる。
そんな彼に、カルディアは冷酷な瞳を向けた。
「何」
「む、無関係ってどういうことだ!? 君も、竜なのだろう!?」
「竜だけど」
「なら、君らは仲間じゃないか! なのに、無関係って一体──……」
「ねぇ。お前の耳、節穴? 私は異なる世界から来た竜だって、言ったじゃん」
「…………?」
分からないと言わんばかりの表情に、カルディアは理解した。
コイツは、〝異なる世界〟という概念を知らないのだと。
だから、竜は竜でもアルフォンスの仲間であり。仲間であるから、関係がある──つまりは条件の対象だと思っているらしい。
カルディアは全然、分かっていない吸血鬼に呆れて……今だに掴んでいたアルフォンスの手を振り払った。
「…………もう、やだ。馬鹿の相手は疲れる。アル、私、帰る」
「あ、はい」
「アルと顔を合わせると、コイツを思い出して不快になるから。アルとも暫く会わない」
「えっ!? お嬢様!?」
「計画の方はまだ期待してるよ? でも、今のまんまじゃ下手したら──……ううん、普通にアルも殺しちゃいそう。だから、顔、絶対に見せないでね? じゃあね」
カルディアは《門》を作って、その場から去る。
向かった先は──……ストレスが溜まったら来る、また違う世界。
血のように真っ赤な空。荒れ果てた大地。鉄の臭いを含んだ風。
────ここは……異形が跋扈する、全てのものが殺し合うことを定められた、殺戮の世界。
「…………あはっ。ぶち殺そう♪」
唐突に現れたカルディア目掛けて襲いかかる異形どもを前に、壊れた竜は獰猛に笑った。
◇◇◇◇
残されたアルフォンスは失敗したな、と思った。
最初にきちんと伝えるべきだった。
カルディアは無関係であると。本当に、ただついて来ただけなのだと。
けれど、無関係であるのにこうやって向こうが出した条件の対象に含まれて。更には、子作りを強要されるなんて──あり得ない条件を出されて。
…………怒らないはずが、ないのだ。
竜というのは、誇り高い生き物なのだから。
「…………はぁ。頭が、痛い」
「アルフォンス、殿……」
「ジェット。やってくれましたね」
アルフォンスの空気が変わる。
丁寧だった態度が崩れ、傲慢さすら感じさせられる堂々とした雰囲気に、様変わりする。
「彼女──カルディアは、僕より遥かに強い存在なのに。よくもまぁ、そんなこと言えましたね? 機嫌を損ねたらどうなるか、分からなかったんですか?」
「…………え?」
「良かったですね、この隠れ里を滅ぼされなくて。下手したら、僕含めてここで死んでましたよ」
「…………」
サァァァア……っと、ジェットの顔色が悪くなる。元々青白いのに、今では土色だ。
けれど、そんな顔色になりたいのはアルフォンスの方である。
「お前、竜について知らないんですか? あぁ、やっぱ答えなくていいです。じゃなきゃあんなこと言えませんし」
竜は強種だ。
できないことの方が少ない、国を滅ぼすことすらも容易い天災のような存在だ。だからこそ、力持つ竜であることに誇りを持っている。
ゆえに、自分達よりも遥かに劣る弱者が身の程も知らずに、竜に要求するだなんて……そんなの、逆鱗に触れないはずがないのだ。
それに──……。
「それ以前に……竜は一途な種族です。番との間にしか、子を成すことはできません」
幼い頃から、アルフォンスは母から聞かされていた。
竜はただヒトリの相手──番と認めた相手としか恋に堕ちれないし、子供も産めない。番が死んでしまえば後を追うように死んでしまうし、逆も然り。
それが分かるようになるのは……心も身体も大人になった時。大人になれば竜の本能が、番を見つけ出す。例え遠くにいたって、番の居場所が分かる。
だから、竜はとてもロマンチックで一途な、素敵な種族なのだと。そうアルフォンスは幼い頃から嫌というほど聞かされ続けてきたのだ。
…………異なる世界出身のカルディアもそうなのかは分からないが、今ここでそれを話す必要はないだろう。
大事なのは、ジェットに自分の要望を通すことなく叶わないのだと理解させることのみ。
「だから……僕達は番としか子供を作れませんし、番を見つけられていない時点で大人でもないってことです」
身体は大人でも、心がまだ成長し切ってないのだろう。だから、番を見つけられないのだ。とはいえ、竜には永い寿命があるのだからそんなに焦る話でもない。
そう教えられて……ジェットは、ただ大きく目を見開いて、絶句している。
そんな彼に向かって、アルフォンスは最後のトドメを刺した。
「つまり、お前の条件は受け入れられないということなので。この話はなかったことにしてください。それじゃあ」
立ち上がって玄関に向かい始めたアルフォンスにジェットは本日何度目か分からない衝撃を受ける。
ハッと我に返った彼は慌てて、その後ろ姿に声をかけた。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!? どこに行く気が!?」
「? 帰るんですが?」
「!?!? な、仲間は!?」
「……? だって、お前の条件はどうしたって受け入れられないので。見捨てるしかないでしょ」
「………………」
ジェットは言葉を失くしていた。二の句が継げないとは、まさにこのことを示すのかもしれない。
まさか、ちょっとした思いつきがこんな状況になるとは思いもしなかったのだ。
彼がアルフォンス達に子作りを要求したのは、その竜の血を欲したからだ。
この里は今はジェットが守っているが……今後はそうとは限らない。ジェットだけでは守りきれない事態に陥るかもしれない。
だから、自分の代わりにこの里を守る者が必要だった。或いは、自分と共に里を守ってくれる存在が必要だった。
そのために、竜の血を求めたのだ。竜の血を引く子であれば、守り手としてこの上ない逸材だ。だって、竜は巨大な力を有するのだから。例え混血であろうも、その強さは並の亜人よりも遥かに優れている。
だから、竜達の血をこの里に取り込むため、子を作ってもらおうことを条件にした。
なのに……。
「できれば、彼らのことを殺さないでもらえたらと思いますけど……捕虜の相場は大概、殺されるものですから。どうしようもありません。彼らは好きにしてください」
「ま……まさかっ!? 本当に見捨てる気かっ……!?」
「では、さよなら」
アルフォンスは別れの挨拶を口にして、その場から消える。カルディアと同じように《門》を潜って、その場から離脱する。
しかし、向かった先は彼女とはちがって、自身の《箱庭》だ。
《全知》で帰ってくるのを予測していたのだろうアリスとエイスが、「お帰りで〜す」「お帰りなさいませ」と声をかけてくる。
アルフォンスは小さく溜息を零して、ニコニコと笑うアリスに問いかけた。
「…………どうです?」
「結果は上々。のーもんだい、なのです!」
「…………そうですか」
アルフォンスは、嗤う。嘲笑う。
今頃ヒトリ、頭を悩ませているだろう隠れ里の代表のことを思って。
(現時点では彼らの無事でしたね。連れ戻せない可能性もありましたから、これは予想の範囲内。唯一の想定外はお嬢様がキレたことでしたが……なんとかなったので、これも問題なし。アリスさん自身もそう言ってますし。となると……後はこちらが有利になるような条件を受け入れさせるのみ……。精々頭を悩ませるといい、ジェット)
…………。
カルディアは気づいているのだろうか?
身体は大人になれど、今だに仔共だと思っている彼が……彼女が思っているよりも成長していることに。
気づいた時にはきっと、もう手遅れ。
アルフォンスの暗躍は、思わぬカタチで進行していた。




