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交渉( Ⅱ )

 




『この知識は必要ないかもしれませんが……いいですか、アルフォンス。交渉において大事なのは、相手の弱みを握り、大義名分を得ることです』


 師は語る。

 これからの生活に必要ないかもしれないと言いながらも無駄に詳しく、交渉術について説明する。


『交渉時は如何に自分が優位に立つかが大事です。相手の失態を見逃さず、その弱みを使って切り込んで、こちらの要望を押し通し、相手を服従させる……。敢えて下手に出て、わざと相手に失敗を起こさせるのも一つの手だったりします』

『…………わざと?』

『そう。例えば、あくまでもこちらは話し合いをしたいというスタンスだったのに向こうが先に武力を以ってこちらを従えようとしてきたならば。不可抗力だと抵抗しても何もおかしくありませんよね?』

『…………成る程。相手が手を出してきたら、やり返してもいいってヤツですね?』

『その通り。反撃してもいい理由さえできてしまえばこちらのもの。なんせ暴力的な解決は竜の十八番オハコですから』


 ニヤリと笑ったマキナは獰猛な笑顔で笑う。

 酷く人間らしい竜ではあったが、所詮竜は竜。彼であっても天災を振り撒く本性を、有しているようだった。


『兎にも角にも。こんな交渉術が必要になる機会なんてないには越したことはないのですが……もしかしたらいつか役に立つこともあるかもしれませんから。まぁ、覚えておくといいかもしれないですね』


 アルフォンスは心の中で師匠(※死んでない)に語りかけた。


(──残念なことに……役立つ機会が普通にありました……師匠)



 ──……と。





 ◇◇◇◇




 隠れ里の中に足を踏み入れたカルディアは、好奇心を隠さぬ顔で観察をしていた。

 建物は想像以上に頑丈そうだった。赤茶けた煉瓦の、似たような街並み。ここまで統一性がある以上、建築や鍛治を得意とするドワーフがいるのかもしれない。

 里全体を覆うのは、木製の塀と三重に重ねられた結界。


(ほうほう。エルフと魔族、精霊系による結界かぁ)


 普通なら反発し合う結界を上手く担当を分かることで、隠れ里を守る結界の重ねがけに成功しているらしい。

 エルフは物理攻撃を防ぎ、魔族は隠れ里を隠す隠蔽膜の展開、精霊系種族は魔法攻撃を防いでいるのだろう。


(獣人も結構頑張って訓練してるみたいだね〜)


 遠くから聞こえている掛け声から察するに、戦闘訓練も盛んなようだ。

 ついでに、人々の営みの方も。


(人型のまんまだから警戒はしてるけど、代表君と一緒だからそこまでじゃないって感じかな? お、子供もいるんだ〜)


 小さな獣人と悪魔の子供達が追いかけっこをして、カルディア達を追い越していく。想像以上に、この隠れ里は発展していた。亜人達の楽園と言っても、過言ではないかもしれない。

 カルディアは(流石は何百年も人間どもに見つからなかった隠れ里だなぁ〜)と感心しながら、吸血鬼ヴァンパイアジェットとアルフォンスの後に続いた。


「さて、こちらへどうぞ。竜殿」


 歩いて数分ほど。

 里の中央にあるそれなりに豪華な建物に案内される。

 中に入ると、直ぐそこはリビング。大きなテーブルには何人も座れるように椅子が何脚も置かれていて……会議場としての役目も果たしていると、見てとれた。


「今帰ったよ!」

「まぁまぁ、お帰りなさいませ。ジェット様」


 ジェットが声をかけると、奥から背中に妖精の羽根を生やした女性が出てくる。ふわふわとした亜麻色の髪に深緑色の瞳を持った彼女は、カルディア達を見てギョッとする。

 そして、オロオロとしながらジェットの方を見た。


「ジェジェジェ、ジェット様!? 人間!? 人間では!?」

「あ〜……さっきからの皆からの視線はこれが理由だったのか……。わたしの考えが至らなくて申し訳ないし、客人にこんなことを言うなんて失礼極まりないのだが。一部、本性を出すとかできるだろうか?」

「……あぁ、構いませんよ。お嬢様は?」

「んー? まぁ、いーよー」


 カルディア達の頭に角が生える。

 はっきり言って、こんな中途半端な竜化は一番面倒くさいのだが。

 それでも、本性を現しすぎると竜としての無意識な圧も漏れ出てしまうものだし。流石に影響を及ぼす範囲内に子供がいる以上、これ以上の竜化はしない方が良さそうだった。


「すみません。本性を出しすぎると、子供には悪影響だと思うので。角だけでも大丈夫ですか?」

「悪いね、配慮してもらっちゃって。角だけで大丈夫だよ。それだけで充分、君らが亜人だと分かるからね。…………で、だ。もう大丈夫だね。アイヴィー。お茶の用意を」

「は、はぁ〜い。直ぐにご準備しま〜す」


 アイヴィーと呼ばれた妖精の女性は、キッチンへと消える。

 カルディアは勝手に席に座りながら、ジェットへと問いかけた。


「今の奥さん? それとも使用人? 吸血鬼ヴァンパイアと一緒に暮らす妖精なんて珍しいね」

「…………あ〜……彼女は一応わたしの、奥さんだよ」

「一応なんだ?」

「成り行きで夫婦になったからね」


 それ以上は聞いてくれるなと、ジェットは笑顔で告げてくる。

 まぁ、この隠れ里が出来上がるまで()()()あったのだろう。語らずとも、察される。

 カルディアは〝ふぅん?〟と意味深に笑ってから、相変わらずこういうことには疎いらしいキョトン顔のアルフォンスに声をかけた。


「まぁ、この話はどうでもいいよ。私はあくまで傍観者。面白いことあるかもって付いてきただけだから。今日、大事な話をしにきたのはこっちだからね。そろそろ本題に入りなよ、アル」

「おっと……そうでした。まずは改めてご挨拶を。わたしはアルフォンス。この世界最後の竜です。こちらの女性は異界より招かれし《渡界の界竜》様になりますが……本人も仰るよう、本当にただついて来られただけですので、それをご理解いただければと思います」

「…………」

「……ジェット様?」

「え? あ、あぁ……ごめんよ。まさか本当に竜と対面するとは思いもしなくて。流石に想定外だったから、驚きを隠せなかったんだよ……」


 ジェットが心底驚いたようにカルディアを見つめる。探るような、見定めるような目で。

 …………。その目がとても不快感で。嫌な予感がして。カルディアは思わず顔をしかめた。


「それで…… 本題なのですが。わたしの目的はこの里に捕えられた仲間を解放してもらうこと。また、彼らからも聞いたと思いますが……同じ人間に狙われるモノ同士──《亜人解放軍》の方々と協力し合うための話し合いができれば思い、訪問させてもらいました。…………貴殿らが捕えた仲間達を、解放していただけないでしょうか?」

「…………あぁ、それは勿論。直ぐに解放するよ。別に、傷つけたい訳じゃないし。この里の安全を考えて捕えたようなものだったからね」

「ありがとうございます。それを聞いて安堵しました」


 アルフォンスはそう言ってから、申し訳なさそうな顔をする。

 そして、恐る恐るといった様子で……ジェットに問いかけた。


「更に不躾なお願いをするようで申し訳ないのですが……もし可能であればついでに。捕えていた仲間達を含めて、わたしが保護している亜人達をこの里で引き取ってもらえないでしょうか?」

「…………何故だい?」

「わたしが保護している亜人達がいるのは、わたしの力で作った空間です。その空間の維持に、膨大な量の魔力を消費していまして……このままいくと、わたしの方に支障が出てしまうのです」


 元々、アルフォンスには《箱庭》を作るような魔法は使えない。全て、界竜カルディアのおかげだ。

 だからこそ、適性のない魔法を使っている所為で、余計に魔力を消耗してしまっている。

 それを聞いたジェットは考え込むように黙ると……少ししてからゆっくりと、口を開いた。


「分かった。君の要望を受け入れよう。元々、亜人達を助けるために作った里だからね。受け入れるのには問題ないよ」

「本当ですか? それは助かり──……」

「ただし」


 ──ピタリッ。

 嫌な予感が、今度はハッキリと感じられた。

 まぁ、嫌でも感じずにはいられないだろう。なんせずっと視線が、カルディアから離れなかったのだから。


「全てを受け入れるには条件が一つだけある」


 そして、その予感は面倒なことに的中してしまう。


「…………なんで、しょうか」


 アルフォンスもそれを感じ取ったのだろう。警戒が滲む声音で、ジェットに問いかける。

 すると彼はカルディア達を真っ直ぐに見つめ……。


「君達竜が、この里の者を相手に一人以上の子供を作ること──それが、こちらからの条件だ」



 彼女達の予想を斜め上に裏切る、とんでもないことを言い出すのであった。





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