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交渉( Ⅰ )

 




 その日──亜人達の隠れ里に、来訪者が訪れた。



「こんにちは。信じていただけるかは分かりませんが、我々には敵意がありません。どうかここの代表の方と話させていただけないでしょうか?」


 武装した獣人達に守られたエルフの夫婦が、そう警戒する門番に告げる。

 はっきり言って何百年にも渡って誰にも見つからなかった隠れ里を見つけて、こうして結界を潜り抜けて入ってきた時点でかなり怪しいのだが……それでも彼らの見た目は明らかな亜人だ。

 門番の片割れ──狼獣人が、警戒をしたままエルフらに告げる。


「暫し待て。今、隣のコイツに確認に行かせる」

「えっ、オイラですか!?」

「いいから行け」


 今日の相方を務めていた鰐獣人の青年が不満そうな顔をするが、目で圧をかけたら大人しく里の中へと入って行った。

 残った狼獣人は来訪者をマジマジと観察しながら、問いかける。


「また後から聞かれるかもしれないが……一度確認しておきたい。お前達は何者だ?」

「見て分かるように、我々は貴方達の言い方で表すところの亜人です。我々は最後の竜──アルフォンス様の使者として、《亜人解放軍》とお会いできないかと先触れを出しに参りました」

「っ……!」


 《亜人解放軍》──その名が出た時点で、彼らを帰す訳にはいかなくなった。彼らが人間どもに捕まったら、そこから情報が漏れることになるからだ。


「悪いが、お前らを帰す訳にはいかなくなった。大人しくしろ」

「「「「っ…………!」」」」


 護衛の獣人達が一気に警戒心を高める。その構えから、彼らが熟練であることが分かった。

 …………隠れ里出身以外の、亜人がだ。


「落ち着いてくれ、ポチ殿達」


 しかし、一触即発になりそうだった獣人達に反して、エルフの夫婦だけは落ち着き過ぎていた。この場に、そぐわないほどに。


「大人しく従いましょう、皆さん。私達は戦いにきた訳ではありません。話をしにきたのです。相手が私達を信頼できないと言うのならば、信頼してもらえるまで応じるのが道理ですよ」

「だがっ……」

「大丈夫だ。我らにはアルフォンス様がいらっしゃる」

「…………分かった。武器を下せ」

「「「ハッ」」」


 リーダーらしい犬獣人が声をかけると、他のメンバーも武器を下ろす。

 あまりにも抵抗なしで従うものだから逆に、狼獣人の方が驚いてしまうぐらいだった。


「さて。我らはどうすればいい?」

「…………とりあえず、拘束させてもらうぜ。里の安全のために、な」

「承知した」


 大人しく腕を差し出すエルフらに、狼獣人は益々困惑する。


(…………なぁんか、調子狂うな。おい)


 けれど、里の安全を守る守り手として……彼は容赦無く、エルフらを拘束していくのであった。





 ◇◇◇◇





 ケイトリンのフリをしたカルディアが特別授業に参加している最中──。

 学園の侍従待機室で他の貴族の侍従から情報を集めていたアルフォンスは、窓ガラスの縁に停まった子鳥を見て……他の侍従達に軽く断ってから人気のない裏庭へと向かった。

 小鳥──伝令役の鳥獣人から聞かされたのは、使節団一行が、《亜人解放軍》に拘束されたということ。

 そう報告を受けたアルフォンスは、直ぐに行動に出ることにした。


「分かりました。わたしが出ます」

「アルフォンス様自ら、ですか?」

「えぇ。彼らはわたしの指示の所為で囚われの身となってしまったのですから。ここはわたし自らが行くべきでしょう」


 そう言っているが実のところ、アルフォンスはこうなる可能性も考えていた。

 今まで人間の魔の手から逃れてきた者達だ。人間以外の種族──彼らの言葉を借りるならば、同じ亜人同士だろうと、警戒しないはずがない。

 最悪、問答無用で殺される可能性すらあると気づいていたが……アルフォンスは敢えてそれを指摘せずに、彼らを《亜人解放軍》へと送り出していた。


(とにもかくにも。これでわたしが()()()()()()ができました。一応、カルディア様にお声をかけた方がいいですかね)


 好奇心で生きている竜だ。面白い事があるとは確約できなくても、ここで何も声をかけずに行って。それで彼女の琴線に触れるようなことが起きたら、後々に怨まれることになるかもしれない。


「わたしはお嬢様に声をかけてから行きます。貴方も直ぐにここから離脱し、任務に戻ってください」

「承知しました」


 小鳥が旅立ったのを見送って、眷属の繋がりを利用し、カルディアの居場所を探す。どうやら自身の《箱庭》にいるらしい。

 アルフォンスは《ゲート》を潜るついでに姿を戻し、怪しい実験室のような《箱庭》で魔道具の調整を行なっていたカルディアに声をかけた。


「お嬢様。特別授業はどうしたんですか?」

「んー? 魔道具君の調子が想像以上に良すぎて、怯えられちゃったから帰ってきた」

「へぇ……そうなんですか……」


 アルフォンスも、公爵令嬢から渡された魔道具に、魔道具の素材となった火蜥蜴サラマンダーの魂の欠片が宿っているとは聞いていたが……竜であるカルディアが〝想像以上〟と言ってるのだから、相当強力だったのだろう。

 思わずマジマジと魔道具を観察してしまうと、カルディアが呆れたような顔をしながら振り向く。


「それで? 用事があったんじゃないの?」

「あ、そうでした。《亜人解放軍》へと使者に立てたロロ夫妻一行が捕まりました。なので、わたし自ら顔を出しに行こうと思っているのですが……お嬢様はどうなさいます?」

「え? そりゃあ行くに決まってるでしょ! 面白そうだし!」


 カルディアの目が一気にキラキラと輝き出す。

 やはり、声をかけて正解だった。ここで一声かけていかなかったら。きっと面倒なことになっていたに違いない。


「では、早速行きましょう」


 場所は事前に聞いている。アルフォンスは《ゲート》を開いて直接、《亜人解放軍》が拠点としている場所の門の前へと空間を繋げた。


「なっ!?」

「人間っ!?」


 木製の、それなりに高さがある門の前に立つ門番達が、唐突に現れた二人に驚愕の声をあげる。

 アルフォンス達が人型──亜人らしい特徴もない容姿のまま現れてしまったので、完全に人間だと誤解してしまったらしい。


「クソッ……! やっぱり、アイツらの所為か!」


 彼らは殺意に満ちた目でアルフォンス達を睨みつけ、問答無用で攻撃を仕掛けてきた。

 ぶわりっと、隣で戦意が湧き上がる気配がする。敏感にそれを感じ取ったアルフォンスは慌てて、彼女が反撃に出る前に彼らを直ぐに制圧した。


「馬鹿がっ! 相手の力量も分からずに攻撃を仕掛けるな! 死にたいのかっ!」

「むむっ!」


 一瞬で距離を詰めたアルフォンスが、二人の門番を地面に叩きつける。

 先ほどの模擬戦もどきで不完全燃焼だった所為で鬱憤が溜まっていたカルディアは、ここでも不完全燃焼して不機嫌を隠さずに顔を歪ませる。

 彼女はベシベシ──実際は地面がひび割れるぐらい陥没しているのでそんなに可愛らしいモンではない──地団駄を踏みながら、アルフォンスに文句を言った。


「ちょっとー! 邪魔しないでよ! 折角、思う存分戦えると思ったのに!」

「止めてくださいよ、お嬢様。わたし達は殺し合いをしにきた訳じゃないんです。ここでお嬢様に彼らを殺されたら……交渉も何もなくなるでしょう?」

「そっちが先に攻撃仕掛けてきたのに? 正当防衛でも?」


 こてんっ。

 瞳孔が開き切った、獣じみた笑みを浮かべながら問いかけられる。

 アルフォンスはごくりっ……と生唾を呑み込みながら、彼女の機嫌を損ねぬよう。気をつけて言葉を紡いだ。


「…………鬱憤が溜まっているよはよく分かりましたから。後でお相手するので今はご遠慮ください」

「…………」

「お願いいたします、お嬢様」

「…………もおー。仕方ないなぁ。言質取ったからね。その言葉、忘れないように」

「えぇ……ありがとうございます、お嬢様」


 ほっと息を溢したアルフォンスは、気を取り直して顔を上げる。

 高い塀の向こう。見張り台に身を潜める〝彼〟に向かって、大きな声をかけた。


「それで? いつまでそこで高みの見物をしているつもりで?」

「…………おっと。バレていたか」


 ──ふわりっと、見張り台から一人の青年が落ちてきた。

 キラキラと日の光を受けて輝く金髪。血のように真っ赤な瞳。病的なほどに青白い肌と……その口元から覗く鋭い牙。


「とんでもない魔力を感じて慌てて来てみれば……まさか、竜にお会いすることになるとは。思いもしなかったよ」

「何を仰いますか。わたしが来ることは想定済みでしたでしょう? わたしの使者を捕らえているのですから」

「…………本物だとは思わなかったんだよ、最後の竜殿」


 彼は大きく溜息を零す。それから、地面に叩きつけられて呻く門番らに向かって「竜相手に生きててよかったね」と同情するような声をかけてから、こちらに顔を向けて。


「失礼な挨拶になってしまい、申し訳ない。お初にお目にかかる、最後の竜殿。わたしは吸血鬼ヴァンパイアのジェット。この隠れ里の代表であり、《亜人解放軍》のリーダーでもある。まだ貴殿らに話し合いの余地があると言うのならば……今更ではあるかもしれないが、是非とも話をさせてもらいたい。如何だろうか?」



 舞台で演じる俳優のように、どこか嘘っぽい言葉でそう告げるのだった。





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