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イベント・特別授業の攻防( Ⅱ )

 




 アルバート達が旅立つ前──カルディアはケイトリンから魔道具を受け取っていた。



『この魔道具は我が公爵家の特注品ですの。魔道具の基本は杖型。ですが、普段から身につけやすいように……このような腕輪の型にしてあります。更に、使用している素材も高ランク素材ばかりで──』

『簡潔に言ってくれる?』

『…………要するに、これを待っていると平民に紛れてからも色々と支障が出る、という訳ですわ』


 確かに、その言葉は正しい。

 平民でありながら、明らかに高級そうな魔道具を有していたら。

 疑われるだろう、盗品ではないかと。

 疑われるだろう、もしや元は高貴な身分だったのでは? と。

 狙われるだろう、この魔道具を奪うために。


『それに、流石にこの魔道具の模倣はできませんわよね?』

『まぁ、見た目だけは欺けるだろうけど。魔道具の機能までは真似できないだろーね』

『だと思いましたの。ですから身代わりとなられるカルディア様にお渡ししますわ。これをつけていれば、より貴女がケイトリンであると疑われなくなるでしょうから』


 ケイトリンはなんてことないようにそう言って、魔道具を渡してくる。

 それを受け取ったカルディアはそれを観察するように持ち上げて、下から腕輪バンクルに嵌められた大きな紅玉を見上げた。


『これ私に渡してちゃって、貴女はどーするの? 人間は魔道具がないと魔法、使えないんでしょ』

『問題ありませんわ。ひとまずは平民らが使っているモノと同じモノを使い……良いものが欲しくなったら、貢がせますから』


 にっこりと笑ったケイトリンは、本気でそうするつもりらしい。多分、そこまでの財力はないだろうから……アルバート以外の奴に貢がせるのだろう。それだけの技量を、人を操り人形にする力を、この少女は有している。

 本当、悪役令嬢なんて呼び方じゃ可愛すぎるとカルディアは思いながら……クスクスと笑った。


『そ。なら貰っとくね』


 カルディアは目に魔力を集めて魔道具の解析をする。

 そして、笑った。嗤った。

 その魔道具に宿る……想いを感じ取って。


『うふ、うふふ〜』

『……カルディア、様?』

『私、これの解析に専念するから帰るね。バイ』


 そう言ってカルディアは《箱庭》へと姿を消す。

 一人、部屋に残されたケイトリンは……頬を手に当てながら、ほんの少しだけ憂い顔になった。



 ──〝あの笑顔……わたくし、あまりよろしくないことをしてしまったかしら?〟……と。





 ◇◇◇◇





 殺された者達を素材として作られた魔道具。

 この魔道具には、想いが残っていた。魂の欠片が、宿っていた。

 火属性の魔道具の素材は火蜥蜴サラマンダー……俗説では、肉体を有した精霊と呼ばれる存在だ。肉体を失えど、霊的な存在として魔道具にそれを残していたのだろう。

 憎悪を。苦しみを。嘆きを。

 この魔道具には素材となった火蜥蜴サラマンダーの激情が刻まれていた。

 何故、死ななくてはならないのだと。こんな苦しみ方をして死ななくてはならないのかと。人間達に対する敵意と、凡ゆる負の感情が宿っていた。

 だから、カルディアはその魔道具に語りかけた。


(苦しかったよねぇ。こんな死に方をして。悔しいよねぇ。こんな風に死ななきゃいけないことに。憎いよねぇ。玩具感覚で殺す人間どもが。…………復讐、してやりたいよね?)


 その語りかけに、想いが呼応する。魔道具が答える。

 あぁ、奴らを燃やしてやりたいと。


(うんうん、燃やそう。燃やし尽くしてしまおう。紅蓮に染めて、業火で奴らを包み込んでやろう。君の好きなように。君が望むままに。私はそのお手伝いをするだけだよ)


 訓練場の中央。

 緊張した面持ちフィオナに向かい合ったカルディアは、魔道具である腕輪バンクルを嵌めた腕を前に伸ばす。

 それにハッとしたフィオナも同じように杖を構える。


「フィオナ嬢、防御魔法を!」

「は、はい! 《氷雪の守り手よ! その凍える息吹を以て、我らを守り給え!》」


 フィオナが杖を構えて呪文を唱える。

 凍えた空気が渦巻いて、フィオナを守るように氷のドームが展開される。


(……君がどれくらいの実力があるか、見せてよ。さぁ、準備は良い?)

「マジェット嬢! では、簡単な炎の魔法から放ってくれ!」


 フランツの指示に従い、魔力を魔道具に通した。

 本当は構えなんて必要ない。こんな立ち止まって戦うなんて、本来のカルディアの戦い方じゃない。

 本当は呪文なんて必要ない。そんな面倒なことをしなくても魔法ぐらい幾らでも使える。というか、逆に呪文を使う方が魔法が弱体化するぐらいだ。

 しかし、相手は弱いのだから。手加減してやるのが強者の務めだろう。


「《火よ》」


 それは、この世界の一番最弱な火の魔法だった。

 炎の魔法でと言われたけれど、彼女が相手ならば。これで充分過ぎる。


 ──豪ッッッ!!!!


「『…………へ??』」


 カルディアの頭上に巨大な火の塊、いや炎の塊が生じる。

 それは直径二メートルほどの大きさで……本来の魔法であれば、手の平サイズの火の玉が出るだけの魔法のはずだった。なのに、カルディアが発動させた魔法は規格外。

 呆然とするフィオナに反して、フランツの方はその魔法に、素早く行動を移していた。


「《水よ、水よ、水よ! 清水の守り手よ! 我が呼び声に答えよ! その清らかな流れで彼の身を守り給え!》《土よ、土よ、土よ! 大地の守り手よ! 我が呼び声に答えよ! その偉大なる腕で彼の身を守り給え!》」

「っ……!?!?」


 フィオナの防御魔法の上に水属性の防御魔法、更には土属性の防御魔法が重ねがけされる。周りの生徒達も各々防御魔法を展開している。

 一度放った魔法は止められない。

 本当は止められるけれど、カルディアは止める気もない。

 だって、これは()()()()()()()。魔道具に宿るモノの力を測るための。

 カルディアはクスクスと笑いながら、それが防御魔法に当たる瞬間を見つめていた。


 ──ドンッ!!


「きゃぁぁぁぁ!」

「うわぁぁぁぁ!」


 激しい音をたてて、炎が爆発した。

 悲鳴があがる。熱風が吹き荒れて、訓練場に炎が飛び散る。辺り一面を煙が包み込む。


「はぁはぁはぁ……無事か! フィオナ嬢!」


 煙が散り始めた頃、フランツが慌てた様子でフィオナに声をかけた。

 砕けつつある氷のドームの中で、フィオナが尻餅をついて震えている。

 それ冷静に観察しながら、カルディアはフィオナに近づいていった。

 接近に気づいたフランツが、こちらを警戒するに魔道具を構える。その背に守られるように怯える主人公ヒロイン

 近づき過ぎると刺激しすぎてしまうなと思ったカルディアはある程度の距離で立ち止まると、不本意だと言うように告げてやった。


「だから言ったではないですか。怪我をさせてしまうかもしれないと」

「…………」


 そうは言いながらも、カルディアもこれは予想外だった。

 まさか、ここまで魔道具に宿る魂の欠片の力が強いとは思わなかった。


「ですから、断ろうとし──……と。あら、驚いた。わたくしを殺す気ですか?」

「っ!」


 カルディアはにっこりと笑いながら、フィオナの後方にいる黒髪の青年を見る。

 その顔は驚愕に染まっている。見抜かれるとは思わなかったのだろうか?

 だが、その大杖に集まっている死の呪いに気づかないはずがない。

 カルディアはスッと真顔になると、感情の宿らぬ声で宣告した。


「もし貴方がわたくしを殺そうとするならば、わたくしも全力を以て抵抗させていただきます。つまり、手加減せずに攻撃しますわ。その所為で……周りにいる方々にも大きな被害が及ぶことになるでしょうけれど。それを分かっていて、攻撃なさるのね?」

「っ……!!」


 黒髪が悔しそうに顔を歪める。流石に周りを巻き込んでまで戦うつもりはないらしい。


「ハイマー卿」

「っ……! なんだ」

「そんな、化物を見るような目で見ないでくださいな。わたくし、理性なき殺戮者ではございませんのよ。最初に言ったよう、断ろうとしていたぐらいなのですから。それを家名を出してまで煽ってきたのは……そちらの方ですわ」

「っ……!」


 眼鏡が悔しそうに顔を歪める。だが、そう言われて否定できないのも確かだ。

 貴族は体面を重視する。家名を出されてまで煽られて。それでも引いたとなればケイトリンだけではなく、マジェット公爵家も誹りを受けることになる。

 ──あの家はあんな情けない教育をしているのだと。

 他人の足を引っ張って揚げ足を取って。笑顔の下に本心を隠し、食うか食われるかの駆け引きを行うのが家族のやり取りというものだ。

 それに、最初の時点でカルディア(ケイトリン)は一度断っている。それらを加味すると……こうなった責任はカルディア(ケイトリン)には、殆どないと言える状況であった。


「…………どうやら、わたくしがいると皆さんは授業を受けられないようですわね。わたくし、先に戻らせてもらいますわ」


 彼女は優雅なカーテシーを披露して、その場から去って行く。

 魔道具の性能を確認する実験はある意味最高だ。だから、彼女は充分満足していた。



 しかし……カルディアは知らない。

 この特別授業が。フィオナとの騒動が。

『模擬戦と称して、主人公を炎魔法で痛めつける悪役令嬢』──という乙女ゲームのイベントであったことを。



 ゆえに、本来との過程は違えど。

 最終的は同じような結末になったことで……彼女は断罪へ続く未来へに、一つ近づいてしまったのだった。






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