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お嬢様《カミサマ》を救いたい従者が考えた策

 





 カルディアのいた世界における竜とは。

 全ての竜が金眼を持ち、異常なほどの美貌を誇り、名によってその存在を定義し……異常性を孕む(どこかしら壊れている)存在だ。



 そんな世界の竜であるカルディアの異常性は、溢れんばかりの《好奇心》。



 自分の好奇心のためならば、命すらかけることも厭わず。

 それどころか……好奇心のためならば(面白ければ)、周りを蹴落とすことだってする。

 害悪を撒き散らして。災厄を振り撒いて。()()()()()()()()()()()()する。

 これを異常と言わずなんというのか。

 そんな彼女が歩んできた旅路は、その好奇心に揺れ動かされるまま。数多の命が彼女の好奇心に巻き込まれて散ってきた旅路でもある。

 しかし、長い永い旅路の中でも……強制召喚なんてされたのは、初めてのことで。

 カルディアは目の前にいる転生者と呼ばれる少女が、自分に何をさせるつもりなのかが……気になってっ、気になってっっ、気になってっっっ、仕方がなかった。

 だから、竜の姿のままでは(恐怖心で)成り立たない会話を成立させるためにも、()()()()数百年ぶりに人の姿を取ったのだ。

 カルディアは笑う。

 狂気にも近い好奇心を宿した金の瞳を細めて、楽しげに笑いながら……。


 青年──アルバートが語る愉快な話に、耳を傾けていた。



 ◆◆◆◆◆



 半年前──。

 レメイン王国の王都にて、国立ジュレイユ学園の入学式が執り行われた。

 マジェット公爵家の長女ケイトリン・マジェットに仕えるアルバートは、高位貴族の特権でもある専属従者として学園に伴うことになっていた。

 学園生活での三年間は、アルバートが仕えることができる最後の三年間だ。学園を卒業したら、主人であるケイトリンは婚約者である王太子コルネリウス・バレスティン・レメインと婚姻を挙げ、王太子妃として王宮で暮らすことになる。

 ………幼少期から仕えていても。流石のアルバートであっても、王宮までは伴えない。いや、だからこそなのかもしれない。

 王太子妃に夫以外の親しい人はいてはならないからこそ。忠誠以上の気持ちを抱いてしまっているアルバートは、ついて行くことが許されなかった。

 これが最後の三年間だと思うと苦しいけれど。主人が他の男性に嫁がれるというのに思うところがないと言ったら嘘になるけれどけれど。それでも……ケイトリンはこの国の、レメイン王国の国母になられる。輝かしい未来が待っている。

 だから、アルバートは主人のために。最後まで自分の本心を殺し切って仕えようと思っていた。


 しかし──……。



『きゃっ!?』

『おっと!』


 入学式が終わり、教室に向かっていた最中──目の前で転びそうになっていた女生徒を、王太子が助けた。

 怪我をしそうになっていたレディを助けようとするのは、紳士として当然の行動だったのかもしれない。

 けれど。


『大丈夫か──……っ!』

『ご、ごめんなさい! 助けてくださって、ありがとうございます……!』


 王太子の大地に愛された(アースカラーの)瞳が大きく見開かれた。

 転びかけた拍子にヤボったい厚底眼鏡が外れたのだろう。田舎くさい格好をしている少女の、綺麗な顔が露わになっている。

 王太子の金髪に対となるような銀髪。凛々しい容姿の王太子と対になるような愛らしい容姿。

 抱き合う二人の姿は、まるで物語の一場面ワンシーン

 その時──アルバートは初めて、人が恋に落ちる瞬間というのを見た。

 そして……彼がそれを見たということは、自身の前を歩いていた主人も同じようにそれを見ていたということで。


『……………え?』


 ケイトリンの口から、困惑の声が漏れていた。

 主人の身体が震えている。明らかに、様子がおかしい。


『お嬢様……?』

『あ、ぁ、あっ……』

『!? お嬢様っ!』

『い、いっ……いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあっ!!』

『!?!?』


 絶叫が響く。身が竦むような、恐怖に満ちた悲鳴だった。

 ふわりと、燃え盛る炎のような髪が揺れた。主人の身体がゆっくりと傾いて。ハッと我に返ったアルバートはその身体が床に叩きつけられる前に支える。


『お嬢様っ……! お嬢様っ……!』


 何度名を呼んでも、主人の意識は戻らない。

 婚約者であるケイトリンが倒れたというのに、王太子は未だにあの少女を抱き締めたまま。困惑した顔で、こちらを見つめている。


『っ……!』


 そんな王太子の態度に、アルバートの胸中は怒りに満ちた。何をしているのだと怒鳴りつけたかった。お前が大切にしなくてはならないのはこの方だろうと、行ってやりたかった。

 しかし、そんなことよりも主人の安否の方が大事だ。ゆえに、アルバートが役に立たない王太子に変わってケイトリンを医務室に連れて行くことを優先した。


 ……その選択は、正解だったと言える。

 その後、ケイトリンは直ぐに生死の境を彷徨うほどの高熱を出したからだ。

 もしも医務室に連れて行くのが遅く、初期対応──体力増強魔法をかけ、速やかに屋敷に帰してて医師に診せること──が遅れていたらもっと酷いことになっていたかもしれないと……後に医師は語る。


 かくして、主人は三日三晩の高熱に魘されることになった。その間、アルバートは献身的な看病を続けた。

 三日後──漸く彼女が目覚めた時には、安堵せずにはいられなかったのだが……。



 目覚めたケイトリンは王太子や両親、学園の他の生徒達。

 言ってしまえば、アルバート以外の全ての人に怯えるようになっていた──……。



 ◆◆◆◆◆



「…………生死の境を彷徨われていた時、お嬢様は変な夢を見たらしいんだ」

「変な夢?」

「あぁ」


 ケイトリンのままならない言葉を繋ぎ合わせて、アルバートは自身が把握した話を語る。

 恋をして、どんどん変わっていった婚約者の態度。

 学園生活が進むほど、美しくなっていく少女。

 たった一人の少女に向けて優しくて甘い言葉を贈る高位貴族の子息達に、そんな彼らに烈火の如く怒鳴り散らす自身ケイトリンの姿。

 外聞があるからと。婚約者を蔑ろにするなと。何度も何度も注意して、それでも弁えない馬鹿達。

 そんな時に、あの女が隣国王族の庶子であったことが分かって。ケイトリンは王族に対する暗殺未遂の罪で処されることとなり……。

 最後は見せ物のように、王太子自らの手で殺されるのだと。ケイトリンは言ったらしい。


「あの怯え様、普通じゃない。それぐらい、生々しい夢だったらしい。いや……いっそ記憶と言った方がいいのかもしれない。とにかく、お嬢様は死にたくないと、いつも泣かれるようになったんだ」

「それで?」

「そんなお嬢様を放っておくなんてできなかった。だからオレは、お嬢様を助けることにしたんだ」

「その助ける方法ってのが、私を身代わりにすることなんだ?」

「っ……あぁ」


 結構、圧を強めに見つめたのだが……アルバートは引かずに頷いた。

 カルディアの口元が、意識せずとも持ち上がる。


「具体的には?」

「お嬢様をこのままここには置いておけない。だから、お嬢様を連れてオレはここから出て行くつもりだ」

「へぇ〜……大胆。でも貴族のお嬢様を……それも王太子の婚約者様を連れ出すだなんて、上手くいくとでも?」

「そのための身代わりだろ」

「…………あぁ、そういうこと」


 アルバートがケイトリンを連れ出したら。確実に追手がかかるに決まっている。

 だが、ここにケイトリンの身代わりがいれば。彼らが逃げ切る時間を、稼ぐことができる。

 しかし、カルディアの想定と彼の想定は……少しだけ差異があるようだった。


「アンタには残りの学園生活を、お嬢様の代わりに送ってもらいたい」

「あれ? そんなに? 別に君達の逃げ切る時間を稼げたら充分じゃない?」

「…………お嬢様が殺されるのは学園を卒業する頃らしい。つまり、それが過ぎるまで。お嬢様が本当の意味で安堵なさることはない」

「あ〜……確かに。それはそうだろうね」

「それに……お嬢様が市井で暮らす期間が長ければ長いほど、お嬢様とマジェット公爵令嬢は別人だって思われるだろ。普通、同じ人間が二人もいるはずないんだからさ」


 要は完璧なアリバイ工作をするということなのだろう。

 本物のケイトリンが市井で暮らしている間、貴族社会で偽物のケイトリンが暮らしていれば。偽物カルディアが姿を消した後も、それ以前から市井で暮らしているケイトリンへの疑惑が向く可能性が低くなる。

 同じ人間が、別々のところで暮らしているなんて普通はあり得ないことだから。


「…………可能か?」


 アルバートは探るような目でカルディアを見た。

 可能かどうかで聞かれれば可能だ。運が良いことに、カルディアはできないことが殆どない竜である。

 しかし、彼女が素直に受け入れないのは。その理由はただ一つ。


「…………受けてあげてもいいよ?」

「! 本当か!?」

「でも、条件が一つ」


 カルディアは笑う。

 その爬虫類を思わせる瞳孔をキュッと細めながら。


「君のお嬢様に、会わせてよ。そうしたら受けてあげる」



 アルバートに身代わりを受け入れる条件を突きつけた。





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