イベント・特別授業の攻防( I )
魔道具開発研究機関への襲撃は、思わぬ余波を齎した。
学園にて、自衛のための特別授業が実施されることになったのだ。
今回は魔道具開発研究機関への襲撃だったが……今後、王宮や学園も襲撃されないとは限らない。その時、身を守る術がなければ人的な被害が及ぶかもしれない…………という理由で、今回の特別授業──戦闘訓練が実施されることになった。実のところは生徒達一人一人にも学園を守らせようという魂胆があるのかもしれないが、生憎とそれを知るのは学園の上の者達のみ。
とにもかくにも……授業免除になっているカルディアも特別授業に、強制的に参加させられるのであった。
学園校舎から少し離れたところにある訓練場。
そこに王族と高位貴族──伯爵家までの子息令嬢達が集まっていた。
カルディアも訓練用の制服に着替えて、隅の方で待機している。
公爵家の令嬢が隅にいる所為か……周りにいる生徒達がオロオロとしているが、カルディアは完全に無視だ。彼女の視線は真っ直ぐに、最前列に並ぶ王子達に向けられている。
(あの子達、ずっと一緒にいないといけない病気にでもかかってるのかなぁ?)
王子、主人公、その他。あの聖雪祭でも一緒だった一向は今日も変わらず一緒にいる。
けれど、何故だろう? 彼らの様子は一応親密ではあるが……どこか距離があるように思える。
(うーん……なんだろ? 乙女ゲームだったら恋愛第一だよね? どうにも恋愛してる距離感には思えないなぁ〜)
ジッと彼らを見ていたからか。周りの生徒達は、婚約者を放って他の女性と親しくしている王子に公爵令嬢が怒りを抱いていると勘違いしたらしい。さっきよりも遥かに周りがビクビクしている。
そんな風に空気が徐々におかしくなってきた頃──今日の教師となる人物が現れた。
「待たせたね、諸君」
長い桃色の髪を靡かせ、翡翠の瞳を煌めかせる美丈夫が颯爽と現れる。
その人物を見た女生徒達が悲鳴をあげた。それはまるでアイドルに出会ったファンのような悲鳴だ。
有名人なのかとカルディアは内心首を傾げていると……誰かの声が、その人の正体を明かしてくれる。
「なっ!? 筆頭王宮魔法使いのフランツ・ハイマー卿……!?」
(へぇ……?)
カルディアはうっそりと笑う。
〝筆頭〟と付くぐらいなのだから、この国で一番の魔法の使い手なのだろう。つまり、彼の技量が分かればこの国の技量も分かる。
(…………どれぐらいかなぁ〜。つまらなくないといいんだけど)
カルディアはワクワクとしながら、筆頭魔法使いの言葉に耳を傾けた。
「ご機嫌よう。誰かが言ったようにわたしはフランツ・ハイマー。レメイン王国の筆頭王宮魔法使いを務めている。今日は特別授業の講師として馳せ参じた。先の襲撃事件、運良く死者は出なかったが……今後はそうとは限らない。そのため君らには自衛の手段を学んでもらおうと思う。良いね、諸君」
『はいっ!』
「では、早速。時間は有限だ」
簡単な挨拶で終わり、直ぐに戦闘訓練に移る。優雅な見た目に反して、真面目な性格をしているらしい。
彼はまず得意とする属性ごとに生徒達を分けた。それから、身を守るための魔法を教え始める。最初は各属性に適した防御魔法。一応自衛のため、という名目であるため先にそれを教えているらしい。
教え方は適切だった。コツを伝えて、実際に発動させて。問題がある箇所を指摘して、修正してやる。
……けれど、所詮は人間の魔法。時間が進めば進むほど、カルディアは興味を失っていった。
(…………うん。底が知れた)
確かに、人間の割にはよく考えられている魔法だ。でも、他の世界の人間の方が、遥かに高度な魔法を使っていた。取り敢えず人間は敵ではない。それが分かっただけ重畳(?)だったかもしれない。
(…………はぁ〜……飽きた)
やる気ゼロになったカルディアは、適当に授業を受ける。
すると、水属性を得意とする生徒達が集まる方で歓声があがった。
「あら」
そこには氷のドームがあった。そのドームを中心に、大地が徐々に凍っていっている。その中にいるのは……銀髪の少女。即ち、主人公。
「素晴らしい! 水の上位属性、氷属性だ! 氷属性は範囲性に長けている。極めれば広域に作用する魔法を発動できるようになるだろう」
「そ、そうなんですね……私に、そんな力が……」
「君には才能がある。良かったら、王宮魔法団へ来て本格的な訓練を──……」
あの筆頭魔法使いが、熱心に主人公を口説いている。それを嫉妬を込めた目で睨む王子達と取り巻き達。更にそれを、遠くで観察するカルディア。
ただでさえ修羅場のような環境であったが……フランツの提案によってその修羅場は本格化する。
「そうだ! マジェット嬢! 検証に協力してくれないだろうか!?」
「…………はい??」
唐突に呼ばれたカルディアは傾げる。
流石の彼女でも何をさせる気なのかか。何故、自分なのかが分からなくて、困惑する。
そんな困惑を見通したのだろう。フランツはニコニコと笑いながら、説明をした。
「フィオナ嬢の防御魔法がどれほどの強度なのか確認したいんだ。こういった確認は基本的には、弱点属性で攻撃して、どれくらい維持出来るかで把握するものでね。フィオナ嬢自身、自分の力がどれくらいの強さであるかを知るため必要があるし……それに、マジェット公爵家は火魔法の名家としても有名。ついでに学生達の力量を把握するためにも、君に代表として協力してもらおうと思ったんだ。頼めるかい?」
「お断りします」
「…………!」
筆頭王宮魔法使いからの頼みを堂々と断るとは思わなかったのだろう。フランツも周りの生徒達もギョッとしている。
「…………理由を聞いても?」
「わたくし、攻撃魔法と相性が良過ぎるのか……抑え込んでもかなりの威力になってしまいますの。自衛を学ぶための授業で怪我を負うなんて、本末転倒でしょう?」
「……怪我を負わせてしまう可能性があるから断ると?」
「えぇ」
「ほう? つまり、起こってもいない失敗を恐れてやらないということか。マジェット公爵家の令嬢が聞いて呆れる。公爵家の者なのだから魔法の使い方は徹底的に教え込まれてきているだろうに……随分とまぁ腰抜けなことだ」
急に会話に割り込んできたのは、眼鏡の男子生徒。フィオナ達と共にいた青年の一人だ。
なんだか見覚えがほんの微かにある気がするが……あまり覚えがない。ということは、その程度の存在だということ。
けれど、そんな風に鼻で嗤われて嘲けられたら。流石のカルディアだって我慢できない。いや、するはずがない。
人間風情が竜である自分を馬鹿にするなんて、許されるはずがないのだから。
カルディアはにっこりと笑って──けれど、目は一切笑っていない剣呑な雰囲気を醸し出しながら──それに答えた。
「…………まぁ。そこまで馬鹿にされては、マジェット公爵家の名に泥を塗ってしまいますものね。分かりました、協力いたしましょう」
「マジェット嬢」
「但し、わたくしは責任を一切持ちません。先も言ったよう、手加減しても攻撃性が高いのですから。もう後はそちらでなんとかしてくださいますわね? 何が起きても……ハイマー卿、責任を取ってくださいませ」
「勿論、それは当然だよ。だって、わたしの指示でやってもらう訳だからね。万が一は起こり得ない」
「でしたら構いませんわ……(それに、ある意味丁度良い機会かも?)」
カルディアは腕に嵌めた魔道具を撫でる。
真っ赤な宝石がついた、金色の腕輪。
彼女はニンマリと獰猛に笑う本心を隠しながら、優雅に問いかけた。
「さぁ、わたくしは何をすればよろしくて?」
──乙女ゲームの次なるイベントが幕を開ける。




