季節は巡り、春。
時間は進み──春。
レメイン王国に衝撃が走った。
この世界の至る国々で魔道具開発研究機関、或いはそれに準ずる組織が襲撃を受けたのだ。
まるで狙ったかのように人の少ない時間帯を狙い、襲撃はかけられた。襲撃者数は不明。新入経路も不明。
彼らは各機関が飼育していた〝素材〟を盗み出し、開発していた魔道具も何十点も盗んでいった。
更には魔道具の作製に重要な場所や道具なども破壊していった。その影響は計り知れないほど大きく……。
各国に出回る魔道具は、一時的な生産停止に追い込まれるのであった。
◇◇◇◇
異世界の淫魔と堕天使は、それはもう精力的に働いた。
掬い上げた他種族達に力の使い方を教え込み、人間なんか目でもない敵だと理解させ、その力に酔わせる淫魔。
彼女の膨大な知識から導き出される適切な訓練計画、間諜から齎される情報を元に作戦案を立て、時には進言をする堕天使。
要するに、二人は武官と参謀としてアルフォンスの手足になったのだ。
はっきり言って、アルフォンスよりも永く生きているだけあってエイスとアリスは優秀だった。それこそ、簡単に彼の作戦を乗っ取ってしまえるほどに。
しかし、二人はそんなことしなかった。それどころか……行動に動かす度に確認を取り、アルフォンスを立てることも忘れない。
そういった積み重ねが、信頼へと繋がっていく。経験の足りない部分を補ってくれる二人のことを、アルフォンスは純粋に信頼するようになっていった。
だから、アリスから進言された魔道具開発研究機関への襲撃を実行した。
本来の予定ではもっと念入りに準備をしてから襲撃をかけるつもりだったのだが……後になればなるほど、その間にも機関で飼育されているモノ達は殺されて魔道具にされてしまうし。殺される未来しか待っていないのに、そんな奴隷であることが〝幸せ〟であると洗脳されている彼らの意識を正常に戻すのにはかなりの時間が必要だと言われた。
それに、純粋に人手が足りない。逃げ惑う彼らを拾っていたって結局は二十人もいない。そんな数では例え能力が人間より優れていても、数の利がある人間に勝つことはできない。
そう諭されたアルフォンスは考えて考えて、考え抜いて。この時期に機関に襲撃をかけさせて、飼育されているモノ達を救い出すことにした。
アリスが進言するだけあってタイミングが良かったのだろう。眷属化によって使えるようになった《界》の力。
春という人員交代が起きる季節で引き継ぎが完全ではなかったこと。そういった人間側の事情も味方して、襲撃は想像以上に容易く成功した。
最初はレメイン王国から遠く離れた国。次はまた違う国。ランダムに、けれど相手に警戒されないよう。警備を強化する暇を与えぬよう、時間を置かずにどんどん襲撃をかけた。
その所為で匿う人数がとんでもないほど多くなってしまったが……それでもアリス達は永く生きているだけあって、どれだけ人数が増えようが簡単に捌けるようであった。彼らの奴隷意識を改善し、手を貸してくれるようになったら。人手不足は一気に解消される。
…………逆を返せば。人間達はそれほど、他種族を数多く繁殖させて飼育していた、ということなのだが。
とにもかくにも……。
アルフォンスの復讐計画は着実に、進んでいるのであった。
「流石に学園も警戒体制になってましたね」
二年生になった新学期。
春先直ぐに魔道具開発研究機関の襲撃事件があったものだからか。安全を考慮して自主的に学園を休む生徒が出る程度には、学園も騒がしくなっていた。
「そりゃあ警戒されて当然。でも、現時点で奴隷にされてた子は救い切ったんでしょ? なら後は時々野良の子達を拾って、育てて。革命を起こすだけ。先は見えてきたんじゃない?」
「そうですね……。最初の予定ではわたし一人なのもあって人手が足りず、お嬢様の身代わり期間ぐらい時間がかかると想定してたのですが……まさかこんなにも早くなるとは……。うーん……アリスさん凄い……」
アルフォンスは、なんともいえない表情で呟く。まさか作戦進行が早くなったことで頭を悩ませることになるとは思いもしなかった。
向かいのソファに座って紅茶を飲んでいたカルディアは、そんな彼の反応にクスクスと笑う。
「こんなに堕天使ちゃんが張り切っちゃってるのは本気で淫魔君の子供が欲しいからでしょ。まぁ、復讐を手伝って成功させるしかその未来に繋がらないって言うなら、がむしゃらになるしかないんじゃない?」
「わたしの復讐が思わぬ期待を背負ってしまっている……」
「考え過ぎない、考え過ぎない。向こうにも頑張る理由があって、こっちも堕天使ちゃんのおかげで作戦の進行が早く進んでる。お互いにWin-Winなんだから難しく考えないの」
「…………そうですね。ここで悩んだところでどうしようもないですものね。なるようになれ、か」
だいぶ、カルディアの適当っぷりが移ってきたらしい。アルフォンスはそう言って、脱力する、
そんな風にのんびりしていたから……コンコンッ、コンコンッと何かを叩く音がした。
音がする方を見ればそこには、窓ガラスの縁に留まる……小さな水色の鳥の姿。その姿に見覚えを感じた二人は暫くじっとその鳥を見つめて……「あっ!」と声をあげて、窓を開けた。
「失礼します、アルフォンス様」
──しゅるりっ。
小鳥の姿が人に変わる。水色の髪に榛色の瞳。紛うことなく、アルフォンスが最初の方に助けた鳥獣人だ。確か、アリスの教育によって伝来役を任されていたはず。
そんな彼が危険を省みずに学園にやって来たということは重要な連絡があったからなのだろう。アルフォンスは警戒心を高めて、その鳥獣人に問いかけた。
「どうしたんです? わざわざ危険を犯してまで学園にくるなんて」
「王宮に潜り込んだ間諜──淫魔のサルビアからの報告です」
「(いつの間に国の中枢に潜り込んでる!?)……聞かせなさい」
サルビアとは本能を暴走させて、エイスとアリスを呼び出す原因となった淫魔である。今ではすっかり暴走も落ち着いて……その色気と手練手管を用いて、国王の愛妾にまでなったらしい。所謂、房中間諜だ。閨事で相手が情報やら愚痴やらを零してくれるおかげで、情報を抜き取り放題になっているんだとか。…………淫魔としての実力が凄い。
とにもかくにも。そんな彼女から……それなりに重要な情報が、齎された。
「報告、此度の襲撃事件。どうやら国際的犯罪組織──《大毒蜘蛛》が関わっているのでは、というのが王宮の見解だそうです」
「大……毒蜘蛛?」
そんな組織があるなんて聞いていなかったカルディア達は驚きを浮かべる。
知らないことも想定していたのだろう。鳥獣人はそちらも「商人に化けている間諜、悪魔のマグから報告が上がっています」と、告げた。
「奴らは過激な犯罪者集団らしいです。今までも主要機関の襲撃、要人の拉致監禁、殺害など。様々な悪事を働いてきているとか」
「今回の件も……その彼らがやっていると、国のお偉い方は考えて?」
「えぇ。ですが……それは人間ども側から見た話になります」
「「え?」」
きょとんと目を丸くする竜達に、鳥獣人は人間どもから犯罪組織認定をされた組織の本当の姿を語る。
「《亜人解放軍》──それが、《大毒蜘蛛》と呼ばれる組織の正式名称です」
「……え。ちょっと待って。それってつまり……」
「えぇ。彼らもまた、我々と同じ目的を持つ同志ということです」
「…………!」
驚くアルフォンスを尻目に、カルディアは〝成る程ねぇ〟と思う。
要は、人間どもに都合が悪い組織だからこそ国際的な犯罪組織ということにさせられたのだろう。そうすれば、人間達は大義名分を持って奴らを捕らえることができる。
「……如何なさいますか」
アルフォンスは考える。
こういった場面で堕天使の《全知》が使えたらとても助かるのだが、最初の宣言通り──彼女は自分のためにしかその力を使わない。だから、こういう判断は全て主導者たるアルフォンスがすることになる。
それをカルディアは、どんな選択をするのかと観察し続ける。
「……接触は可能ですか?」
「はい。そうおっしゃると思って既に斥候達に拠点を割り出させています」
「よろしい。では、使者を立てましょう。そう、ですね……。エルフのロロ夫妻を使者として、最初に拾った犬獣人と兎獣人の四人を護衛に」
「承知しました。伝来は変わらず自分が」
「えぇ。苦労をかけますが、よろしくお願いします」
「はっ。お任せください。では、失礼致します」
鳥獣人は深々と頭を下げてから再度獣化し、窓から出て行く。
それを見送ったアルフォンスはくるりと振り返って、ニヤニヤニマニマ笑うカルディアに顔を顰めた。
「なんですか、その顔。何か言いたいことでも?」
「いんやぁ〜? なんかいい感じに主導者っぽくなってきたんじゃないって思ってさ?」
「…………それ、褒めてるんですか?」
「褒めてる褒めてる♪」
「…………」
なんとも言えない顔をしているアルフォンスだが、その言葉に嘘はない。
(本当、成長著しいよねぇ〜。まぁ? 見抜けてないとこはまだまだだと思うけど)
手痛いしっぺ返しを喰らうのはいつになるか……。
カルディアはそんなことを思いながら、敢えて助言をせずに口を閉ざすのだった。