新たな協力者は曲者で。その真の目的は俗物的。
眷属化によって与えられた力を、上手く利用しているのだろう。
《界》の力に慣れたらしいアルフォンスは、どんどん逃げ隠れている他種族を拾っては《箱庭》に放り込んでいく。
そんなことをしている間に早三週間。
やっと《箱庭》に顔を出せるようになったアルフォンスは、カルディアと共に久しぶりにそこに顔を出したのだった。
「おはようございますです!」
三週間前と変わらぬ態度でアリスが挨拶をしてくる。その隣にはピッタリと寄り添うエイスの姿。更にその背後には軍隊のようにきっちりと並んだ他種族達の姿。
あまりにも記憶と違う彼らの姿に、カルディア達は思わず大きく口を開けてしまった。
「えっ。何これ」
「ちょっ、何してくれてるんですか!? 皆さんに!」
「安心してください。別に洗脳とかした訳じゃないですよ? ただ単に……最後の竜様がやろうとしていたことを代わりにしただけです」
「!?」
「つまり! アリス達が使える人材になるよう教育したということなのです!」
「「!?」」
何故、この二人がそんなにも積極的に力を貸してくれるのが分からなくて竜達は困惑する。協力を求めたのは確かだが、まさかここまでやるとは思いもしなかった。
そんな風に竜達が困惑しているのが分かっている癖に、堕天使は暢気に話を進める。
…………話の内容は、至って暢気なモノではなかったが。それも気にせずにアリスは告げた。
「さてさて。アリス達がここまで協力したのは界竜様、最後の竜様。貴女方と交渉がしたいからなのです」
「…………交渉?」
「はいです。後から匿われた子はまだ完璧ではないですが、最初の子達なら。皆さ〜ん、成果をお見せするのです!」
アリスが声をかけると、最初の方に拾ったエルフの親子、犬獣人二人と鳥獣人一人、兎獣人二人、魔族──淫魔と悪魔が前に出る。
犬獣人とエルフ父組、兎獣人とエルフ母子組に別れて、対立する。そうして始まったのは割と本気の模擬戦。獣人としての身体の頑丈さやエルフの技巧の高さを活かして、割と良い戦いを見せている。そんな中──鳥獣人が小鳥へと獣化して、空を飛んだ。
聞こえてくる鳴き声を、同じく身体能力が良い魔族達が解析する。
「やはり年齢的な問題があるのでしょうね。エルフの子が若干ついていけてません」
「おっと。犬獣人が前に出過ぎてるな。気をつけないと各個撃破されちまうぜ」
「こんな風に。獣人達は純粋な戦力に。エルフ達は遊撃、勿論斥候もできるように育てたのです。鳥獣人は鳥姿で空を飛べますから、連絡役を任せました。魔族達は人に紛れ込ませるのにこれほど適してるヒト達はいませんので。間諜の手練手管をぜ〜んぶ叩き込んでおいたのですよ。勿論、今の見て分かるように鳥さんからの連絡も受け取れるようにしたのです! どうです? 凄いでしょう!」
アリスがドヤ顔で自慢する傍ら、エイスが指示を出して模擬戦を止めさせる。直ぐに反省会を行い、自分達のどこが悪かったのかを把握させているようだ。
そんな光景を真顔で見ていたカルディアは……未だに呆然としているアルフォンスの肩を叩き、我に返させた。
「んで? 私達と交渉したいってどんな交渉をしたいの?」
「申し訳ないのですが順序があるので……まずは最後の竜様、私達を雇いませんか?」
「…………何?」
「アリスとエイスに、貴方の復讐のお手伝いをさせて欲しいのです」
──ピクリッ。
アルフォンスの警戒心が一気に強まる。竜の圧が解放されて少女を襲うが、その前に竜の血を引いた淫魔が立ち塞がり、それを防ぐ。
「アリスに危害を加えようとするなら、容赦はしない」
殺意に塗れた目が、アルフォンスを睨みつける。
そうなれば火に油。最後の竜も更に怒りを抱くことになって──……。
そこで堕天使が「駄目ですよ〜」と言いながらも、嬉しそうにエイスに抱きついた。
「エイス、エイス。貴方がアリスのことを心配してくれるのはとぉ〜っても嬉しいですけどね? 駄目ですよ、今は交渉中なんですからね。それに……大丈夫ですから、心配しないでください」
「…………分かったよ、アリス。失礼しました、最後の竜様」
「…………こちらも警戒し過ぎました。それで? 何故、そんなことを」
未だに空気はヒリついているが、落ち着いて話す気になったのだろう。
アルフォンスが彼女達の目的を問いかける。
すると全てを知る堕天使はにっこりと笑いながら。どこか狂気を感じさせる笑顔で、それに答えた。
「簡単なのです! これがアリス達のためになるからですよ!」
「…………君達、の?」
「そうです。うーんと……ちょっと他の人に聞かれるのは支障があるので……」
チラリッと堕天使が淫魔とその背後に立つ彼らを見た後に、カルディアの方を見る。
その視線の意図を察した彼女は仕方ないという態度で、自分とアルフォンス、アリスを《箱庭》から隔離した。
「はい。これで他の奴らには聞かれないよ」
「有難いのです。本当の目的を語らないのは不誠実だと思っていたですけど、目的をエイスに聞かれる訳にはいかなかったので」
「うん?? 淫魔君に??」
カルディアは不思議そうに首を傾げる。
なんというか……この少女とあの青年は一蓮托生、運命共同体みたいな気がしていたのだが……それは気のせいだったのだろうか?
しかし、そんな疑いは本人に否定される。
「運命共同体っていうのは間違いないですよ。アリスはエイスがいなきゃ生きてけませんし、エイスもまた同じです。でもですね? でもですね? エイスは淫魔の癖にヘタレさんなのですよ」
「…………ヘタレ??」
「そうです。こんなこと言うのは他のヒトに話すのはアレなんですけどね? まず前提説明として、アリスとエイスは見て分かるように恋人同士なのです」
カルディアは以前彼女から聞かされていたが反応しなかったが、アルフォンスはその顔に〝恋人だったんだ!?!?〟と驚愕を滲ませている。
そんな彼の反応を見て……堕天使は若干黄昏た、遠い目をしながら呟いた。
「ふ、ふふ……恋人になってもう百二年経つのですけどね。エイスは未だに私に手を出さないのですよ……。まさかの百年もののプラトニックラブなのですよ……」
「……………マジで??」
「マジなのです……」
それを聞いたカルディアはドン引きした。
だって、竜の力に目覚めてたって元は淫魔だ。性に特化した種族であり、生きるための営みとして性的な生活を送っている種族だ。ゆえに、過去のエイスが淫魔らしい爛れた生活を送ってきていたことをカルディアは知っている。
なのに、この恋人に対しては手すら出していない?
その事実には流石のカルディアも、同情せずにはいられなかった。
「んで……もっと驚きなのが……エイスの赤ちゃんを産める未来には、この最後の竜様の復讐を手伝う現在しか繋がっていなかったのですよ……!」
「…………何故に!?!?」
「知らないですよぉ! アリスだってまさかと思ったですけど、本当にこの現在しかなかったんです! これもそれも全部っ、エイスがヘタレだから悪いんですぅぅぅ!!」
アリスがその場に崩れ落ちて、怒りを込めた拳で地面を叩きつける。
その迫力は凄かった。本当に彼のことは大大大好きではあるが……それでも流石に百年以上も純愛貫かれたら恨み辛みも溜まるらしい。
「だから、アリスがエイスの赤ちゃんを産める未来に辿り着くために!! 復讐のお手伝いをさせて欲しいのです!! 絶対!! 役に立ってみせますからぁ!!」
鬼気迫る顔で懇願されて、アルフォンスは気圧された。
まさか、こんな理由で復讐の手伝いをしたいと言われるとは思わなかったからだ。
まぁ、意味も分からず目的も分からず手助けされるよりは遥かにマシだが。
後、純粋にこの復讐を手伝う現在しか愛しいヒトの子供を産めないって、哀れ過ぎた。
「えっと……」
「アルの好きにしていいと思うよ? 全部を知るだなんて超つまらん力だとは思ってたし、今も思ってるけど……こんな自分本位な未来に辿り着くために《全知》を使ってるなんて、無駄に面白いし。後、純粋にコレしか選択肢がないの可哀想」
ある意味愉快犯なカルディアが最後の言葉だけ本気のトーンで言うものだから、何故か無駄にお通夜みたいな空気になってしまった。
これには流石のアルフォンスも、負けた。
「えっと……アリスさん。是非、手伝ってもらえますか?」
「!! 竜様っ……!」
「復讐、ちゃんと手伝ってくれるんですよね? 嘘だったりしませんよね?」
「当然ですよっ! だって手伝って成功させないと! 本当にアリスはエイスの赤ちゃんを産めないんですからっ!」
目がイっちゃってるくらいに鬼気迫るアリスの様子に、嘘はないと察せられた。
というかこんなに真剣かつ本気で嘘だったら、割と本気でビビる。
「それにっ! 嘘なんかついて界竜様に殺されたくはないのですよ!?!?」
それに、これが嘘だったら容赦なく。彼女達を始末しようと、カルディアが考えていたことが……本人にバレていた。
カルディアの方を見ると、にっこにこで「当然でしょ〜」と笑っている。もしもの場合主人がなんとかしてくれるなら、大丈夫だろうとアルフォンスは安心する。
「では、改めて……ご協力、よろしくお願いしますね、アリスさん」
「あ、有難いですぅぅ〜!! 堕天使アリス、精一杯頑張らせていただくです!!」
かくして──。
なんとも俗物的な理由で……最後の竜の復讐計画に、最強の味方が加わるのだった。




