乙女ゲームのイベントが、近づく頃。
きっと、同じ竜だからこそ……色々と教えてくれた幻竜は分かっていたのだろう。
竜が持つ力を自覚した自分が、どんな行動を取るかを。
だから、色々と語ってくれたのだろう。
竜達が起こした、数多の物語を──……。
『ある竜はその絶対的な力を使って力技による復讐を果たしました。まぁ、眷属を利用することも多少はありましたけど、結局は自らの手で行われていましたね。そのご子息は逆で……自分の手は汚さず、周りのモノ達を扇動して復讐を果たしました。また違う竜──我が主人は、本命は自らの手で。それ以外への復讐はいろいろなモノ達を利用して。巻き込んで。地獄に叩き落としました』
その話の中には、復讐の話もあった。竜によって異なる、様々な復讐を語ってくれた。
そういった内容の話も聞かせたのは、参考になるようにということだったのだろう。
実際にそのおかげで、アルフォンスは自身が目指す復讐のカタチをイメージすることができた。
アルフォンスの復讐は簡単だ。
今まで人間どもが虐げていたモノ達に本来の力を取り戻させて、革命を起こさせる。
そして、今まで虐げていた人間どもを、今度は虐げられる側に堕としてやるのだ。惨めに地を這わせてやるのだ。
逃げ惑う他種族達を集めて、安住の地を与えて。力をつけさせて。その力に酔わせて、人間どもへの憎悪を育てる。
そのために接触したのが、あのエルフの親子だ。
結局初めてなのだから上手くいくとは限らない。何事も練習をしなくてはならない。その練習台に、あの親子は最適だった。
とはいえ、アルフォンスは失敗する気はなかった。
だって、あの出会いは偶然でしかないというのに……とても扱い易い駒がいたのだから。
「アルフォンス様?」
考え込むアルフォンスを心配したのだろう。
弓の教えを受けていたエルフの少女──ルルが顔を覗き込んでくる。
アルフォンスはほんの少し申し訳なさそうな顔をして、謝罪した。
「すみません、少し考え事を。折角のルルとの時間だというのに……意識を逸らすなんて、失礼なことをしてしまいましたね」
「ぜ、全然大丈夫ですから! 気にしないでくださいね!」
頬を赤く染めて、恋情をその瞳に宿らせながらルルはニコニコと笑う。
普通は、自分に好意を寄せる少女を利用するなんて酷いことなのだろう。男として最低な行為なのだろう。
しかし、アルフォンスはそんな風に思わない。
復讐のためならば、この少女が死んでも構わないとすら……思っている。
「さぁ、続けましょうか。ルル」
「はいっ、アルフォンス様!」
アルフォンスは微笑む。少女に本心を悟らせないように。ワザと勘違いさせるような思わせぶりな態度を取りながら。
そういう最低な行為に一切心を痛めずに、少女をもっと扱い易くするための教育を続けるのだった。
◇◇◇◇
アルフォンスがエルフ達への教育を施している最中──。
カルディアは学園が全体的にソワソワしている空気を感じ取っていた。
(ん〜? なぁんか男も女も浮かれてない?)
昼時のカフェテリア。
ケイトリンが学園に通っているというアリバイ工作と食事のためにそこを訪れたカルディアは、浮かれ気分の生徒達を見て首を傾げる。
カフェテリアの給仕に食事を頼み、人目のつきにくい観葉植物で半個室のようになっている席に座る。それから耳に魔力を集めて、周りの声が聞こえやすいように耳をすませた。
「もう少しで聖雪祭ですわね!」
「わたくし、その日のために新しいドレスをオーダーしましたの」
「あらぁ。まだ誰にも誘われてないのに早すぎではなくて?」
「何言ってるの! 直前でオーダーなんて無理に決まってるんですから、早すぎではありませんわ!」
キャッキャ、キャッキャ。
女生徒達の甘い会話が飛び交っている。
「なぁ。聖雪祭の学園パーティー、誰かもう誘ったか?」
「あぁ、婚約者を誘ったよ。昔から学園パーティーが夢だったそうだからね。随分と嬉しそうだった。……君は?」
「オレはまだ婚約者がいないからなぁ〜……気になる子でも誘おうかなと」
「早くしないと誰かに誘われてしまうのでは?」
「そうなんだけどさぁ〜……断れたらと思ったらなぁ」
男子生徒達の方も、そんな会話をしている。
そこから察せられるのは、〝聖雪祭〟という男女が浮かれる行事が近づいてきているということ。
そして会話から推察するに……聖雪祭とは他所の世界で言うところの聖夜祭に当たる行事だと思われた。
(…………聖雪祭かぁ。乙女ゲームのイベントが関わりそうな行事だね)
給仕が持ってきた今日のランチセットを受け取り、昼食を食べながらカルディアは考える。
乙女ゲームのイベントは、日常的生活に基づくモノもあればこういった行事に関わるモノも多い。例えば、今最も近い聖夜祭。誕生日、芸術祭など。
「………リン」
他所の世界では聖夜祭は恋人達の行事扱いされることもあるぐらいだから、きっと恋愛を模擬体験する乙女ゲームでも必ずピックアップされることになるだろう。
「ケイ……ン」
(…………確かこういうイベントは攻略対象と参加するものだったよね? 主人公ちゃんはどんな風に動くのかなぁ〜?)
「ケイトリンッ!」
「…………あら?」
ランチを食べていた手を止めて、振り向く。
視線の先にいたのは笑いながらも一切目の笑っていない金髪碧眼の美青年。
〝この人は誰だったろうか……?〟と首を傾げる。
そんな彼女の反応に、彼は少しばかり眉間に皺を寄せた。
「…………婚約者であるわたしへの挨拶はなしかい、ケイトリン」
(…………あぁ! この子がお嬢様の婚約者なんだ!)
金髪碧眼。見るからに顔の良い血統を掛け合わせてきたと思わせる美形。指先まで意識された所作に、王族特有の傲慢さを感じさせる雰囲気。言われてみれば確かに、王族らしい。
カルディアはにっこりと笑って、彼の名前を覚えていないことを悟られないように話しかけた。
「失礼いたしました。少し考え事をしていたもので。ご機嫌よう、殿下。何か御用でしょうか?」
「…………聖雪祭の日に開かれる学園パーティーの話だ」
(おっと。まさにのタイミング)
丁度、聖雪祭について知ったところでその話をさせるだなんて……随分とタイミングが良い。
カルディアは笑顔のまま、話の続きを促した。
「当日、わたしは君と参加しない。一人で参加してくれ」
「…………え?」
「それだけだ。では」
さっさとこの場を去る殿下。
その後ろ姿を見送ったカルディアはそこでやっと、ハッと我に返った。
(…………えぇー!? 婚約者なのに一緒に行かないんだ!? うっそぉ!?)
他の生徒達の会話から、聖雪祭の夜に開催される学園パーティーには、婚約者や恋人を伴って参加するのが定番であるのが分かった。
しかし、王子は。婚約者である公爵令嬢を誘わなかった。参加するのを拒否した。
(…………王子様はパーティーに参加しない? ううん、〝君とは参加しない〟って言ってたから他の人と参加するつもりだってことだよね)
聖雪祭という乙女ゲームのイベントに適した行事。更に、王子がこうして公爵令嬢との参加を断った時点で……主人公が今回のイベントの相手に、王子を選んだ可能性はかなり高いだろう。
(まぁ、別に王子様がお嬢様以外の誰と参加しようが全然構わないんだけど……パーティーではどんなイベントが起きるのかな?)
そして、こういったイベントで悪役令嬢が活躍するのも王道だ。
……良い機会なのかも、しれない。
(この世界には強制力が働いているのか。つまり、私自身が行動を起こさなくても私は悪役令嬢となり得るのか。確認するには良い機会かもね)
この世界には決められた道筋に進ませようとする力──強制力が働いているのか否か。
今の今まで乙女ゲームらしいイベントがなかったため確認できなかったが……今後のことを考えるとここらで確認しておいた方がいいだろう。
(はてさて。聖雪祭はどうなるかな?)
カルディアはそんなことを考えながら、食事を再開するのだった。