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異界の竜と悪役令嬢信者が出会った日

 




 ──それはまさに、偶然だったのだ。


 狂った竜達が存在する世界に、《界》を司る竜がいたこと。


 その界竜の竜としての特性──異常性──が、強過ぎる好奇心であったこと。


 好奇心がゆえに一つの世界に留まることが出来なかったその竜は、自身の能力である〝世界を渡る力〟で様々な世界を旅していたこと。


 偶然にも〝とある世界〟に降り立っており……その際に、偶々〝条件〟に適した存在として召喚されたこと。


 全ては、偶然が重なり起きた奇跡。



 けれど人は……時としてそれを〝運命〟と呼ぶ。


 ──とある世界に、世界の外から〝竜〟が来訪した日……運命は確かに、動き始めたのだ。





 ◇◇◇





 ふわりと、世界を包んでいた膜の網目が緩んだ。

 その隙間を潜って、一匹の竜が世界に入り込む。


 仄かな燐光を放つ若草色の鱗。爛々と輝く黄金の瞳は好奇心に染まり……星々の煌めく夜空を羽ばたきながら、忙しなく眼下に広がる広大な世界を観察している。

 その美しき竜は異世界からやって来た竜──《渡界の界竜》カルディア。〝強過ぎる好奇心〟を理由に、様々な世界を旅しては好奇心を満たしている竜であった。


(この世界にはどんな面白いことがあるのかなぁ〜? ふふふ〜! 楽しみ〜!)


 カルディアは目を爛々と輝かせながら、今回訪れた世界に対して期待を抱く。

 世界というのは大きな海に揺蕩う泡のようなモノで……無限に近しい数があり、生まれては消えるを繰り返している。

 並行世界パラレルワールドなんてほんの少しの差異しかない世界も数多く存在するが、それでも似たような世界の違いを見つけるのは間違い探しのようで面白い。

 彼女の能力であれば世界に入る前にその世界がどんなモノであるかを視ることも出来るのだが、そんなことをしてしまっては楽しみが減る。

 ゆえに、カルディアはなんの前情報もなく世界に飛び込み、その世界を自分の手で知っていくことを好んでいた。

 つまり、カルディアは未知との遭遇を好んでいるとも言える。

 そのため、この世界に入って早々、彼女は自身を召喚しようとする魔法が発動したのを感じ取って──目をキラキラと輝かさずにはいられなかった。


(えっ? 何これ、何これ! 何これ! うわぁ〜! 嘘ぉ〜!? 召喚魔法だ! 私を召喚しようとしてるの!? ええ〜っ!? ホントーに!?)


 ピタリッと夜空の中で止まった彼女の目の前に魔法陣が出現する。そこから放たれた光の帯がカルディアの身体に纏わりつき、どこかに彼女を連れて行こうとしてするように、弱々しく魔法陣の方に引っ張っていく。

 カルディアは初めて味わうその感覚に、ニヤニヤと口角を持ち上げた。


(何気に召喚なんて(こんなこと)、初めてじゃないかな? うんうん、断る理由なんてないよ! 応えてあげる!)


 はっきり言ってしまうと、発動している召喚魔法は程度が知れていた。光の帯の弱々しさから、魔法に長けた種族が発動した魔法ではないことが、感覚で分かってしまう。この程度の召喚魔法であれば、小虫を手で払うよりも簡単に打ち破れる。

 だが、先ほども言ったようにこの竜は好奇心が強い。

 カルディアは()()その召喚を受け入れて、光の帯に導かれるように魔法陣へと近づいていった。


(あっ、そうだ! この姿じゃ驚かせちゃうよね? ちゃんと人型にならないと!)


 魔法陣を潜る直前──それに気づいたカルディアは慌てて人化する。

 召喚主は脆弱そうな存在だ。竜のまま姿を現せば、意図せず放たれる竜の気配──威圧に耐え切れず気絶、悪くて絶命させてしまうかもしれない。

 けれど、人化すれば多少の漏れはあれど、ある程度の制御コントロールが効きやすくなる。人型になれば、竜の姿の数百倍はマシになり……ある程度の強さがあれば、カルディアと対面しても倒れることはないはずだ。

 そんな理由から、カルディアは自身の身体の密度を圧縮するように、その姿を人のモノへと変化させていった。

 巨大だった竜の身体は扇状的な女性の身体へ。

 若葉色の鱗は、背丈を超えるほどの緩やかにウェーブした髪へと変わる。

 金色の瞳だけは変わらず、爬虫類じみた瞳孔のままではあるが……美し過ぎるかんばせが、その違和感を消し去ってしまう。

 最後に亜空間にしまってあった深緑色のドレスを纏えば、人化は完了だ。


「よし、出来た〜!」


 人の姿でありながら人外の、魔性の美貌を誇る姿になったカルディアは満足げに笑い、今度こそ魔法陣を潜る。

 一番初めに感じたのは埃の匂い。次は月明かりに照らされた薄暗いボロ小屋。

 最後に目に入ったのはガクガクと脚を震えさせながらも……こちらを睨みつける、十七歳ほどの茶髪の青年。


「…………っ」


 青年は明らかに恐怖に染まっているのに、カルディアから目を逸らさない。真っ直ぐに見つめてくる。

 その様子をマジマジと観察したカルディアは、〝成る程〟と納得する。


(人間か〜。これならあの魔法陣の弱さにも納得かなぁ。というか、逆に人間でありながら私を喚ぶぐらいの召喚魔法が使えるんだから逆に凄いくらいかも)


 それに……人型になってだいぶ抑えているとはいえ、弱種である人間が本能的な恐怖を抑え込んで。今もこうして真っ正面から向き合っているその胆力には、感心するものがある。

 カルディアの正体を知らないとはいえ、竜相手によくぞここまで頑張っているものだ。普通の人間ならば既に気絶してもおかしくない。


(でも、流石のこの子でもお喋りするのはちょっと難しそうかな〜? 仕方ないからもっと抑え込んであげるよ)


 カルディアはそう判断し、竜の能力を使った。自分自身を一つの世界と定め、周りの世界と隔絶する。そうして、自身の竜としての気配を遮断した。

 そうしたら一気に楽になったのか、青年は小さく安堵の息を零す。先ほどよりも立っているのも楽そうだ。やはり舐められないようにと、かなり無理をしていたらしい。

 そんな青年にカルディアは、随分とまぁ面白そうな人間だと感心する。これは期待できそうだ。

 彼女はこれから起こるだろう〝面白いこと〟に胸を躍らせながら……にっこりと、青年に笑いかけた。


「んで? なんで君が私を喚んだの? どうして? 何が目的で私を喚んだの? 教えて?」


 その問いに、彼は目線を彷徨わせた。

 しかし、その迷いも一瞬のこと。青年は覚悟を決めたように息を吸い込むと、また真っ直ぐに視線を合わせながら……口を開いた。


「…………アンタに、俺のお嬢様の身代わりになって欲しいんだ」

「!」


 ──キュルリッ!

 そう音がしそうなほど細まったカルディアの瞳孔に、青年はビクッと震える。

 月明かりを背にして、その顔には光が当たっていないというのに。カルディアの金色の瞳は光り輝いているようだった。

 その、人ならざる瞳を間近で見てしまい……度胸がある青年も、流石にこれにはガチガチと歯を鳴らしてしまっている。

 だが、青年を恐怖で苦しめていると分かっていても、カルディアは我慢できそうになかった。できるはずがなかった。


「…………あはっ」


 カルディアは笑う。

 見るモノ全てを魅了するような。人間もそれ以外も、老若男女関係なしに、骨抜きにするような。

 それはそれは、うっとりとした……邪悪な、笑顔で。


 唯一確かなのは──。



「えっ、何それ。すっごい面白そう。もっと詳しく聞かせてよ」



 青年の発言が、好奇心旺盛な竜のお眼鏡にかかったということのみ……であった。





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