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《渡界の界竜》の《眷属宣言》

 




 ケイトリン・マジェット公爵令嬢が授業免除試験をパスし、学園生活三年間分の授業が免除になった──という話は、学園中に一気に広まった。



 それを聞いたある者は、純粋に感心し。

 ある者は、その知能と賢さに嫉妬し。

 またある者は何も聞かされていなかったことに、憤りを覚えた。


 とにもかくにも。

 この一件は波紋のように学園中に影響を及ぼしていく。


 だが、それを当の本人達が知ることはないのだった。




 ◇◇◇◇




 試験を受けて残りの二年半の授業が全て免除となったカルディアは……学園のサロンで、アルフォンスに問いかけた。


「それで? アルは何するつもりなの?」

「取り敢えず……隠れ住んでいる人間種以外の者達に接触してみようと思っています」

「人間種以外に? なんで?」

「理由はその時まで……秘密です。だって、ここで全てを知ってしまったら、つまらないでしょう?」


 口元に指を当てて笑うアルフォンスに、カルディアも笑ってしまう。

 まさにその通りだ。先に知ってしまったらつまらない。


(私の扱い方、分かってきているみたいだね〜)


 本当に期待を裏切らない竜だ。

 だから、気が乗った。彼だったらいいかな、と思った。

 彼が苦しむかもしれなかったけれど。まぁ、なんとかなるだろうと考えた。


「ア〜ル」

「? なんでしょうか?」

「特別だよ?」


 ──スッ。

 カルディアの纏う空気が変わる。偽りの姿から、本来の姿に戻る。

 さっきまでの軽い空気が嘘のように。一気に空気が張り詰めた。

 そして……その口から言霊が。世界に告げる力ある言葉が、放たれた。



『《渡界の界竜》カルディアが宣言す。《**世界》の竜アルフォンスを、我が眷属と見做すことを』



「っ……!?」


 ──ぶわりっ!!

 アルフォンスは息を呑んだ。

 その言葉を耳にした瞬間、何かが変わった。アルフォンスの中に、何かが増えた。

 唐突に湧き上がる力が、身体の中で暴れまくる。外側の偽装なんて維持できなくなって、主人と同じように本来の姿に戻る。

 彼は暴れる力を抑え込んで、脂汗を掻きながらそれを制御下に置こうと試行錯誤した。

 しかし、それは容易くない。上手くいかない。

 無理やり抑え込もうとした力が逆らって、アルフォンスの身体を傷つける。激痛が走って、意識が飛びそうになる。


「かはっ……!」


 彼の口から血が溢れた。目から、血の涙が溢れた。鼻からも、耳からも、穴という穴から血が溢れて……血溜まりが出来上がる。

 立っていられなくなったアルフォンスは、血溜まりの中に膝をついた。呼吸を荒げながら、それでも力を抑え込もうとしている。

 その様子をカルディアはにっこりと笑いながら、見つめていた。


「…………ヒュー……ヒュー……」

「ほら、頑張って? アルならできるよ、きっと」


 ……まるで、他人事のような言葉だった。

 けれど、その瞳孔が細まった金の竜眼には期待が滲んでいる。

 〝君ならできるでしょ?〟と、言外に告げられている。


「こんなとこで死ぬつもり、ないでしょ?」

「っ……!」


 そう言われて脳裏を過ぎったのは両親のことだった。

 笑顔。温もり。優しさ。言葉。

 そして……自分アルフォンスを逃がしてくれた、最後の姿。


(そう、だ……こんなとこで! 終わるつもりは、ない!)


 アルフォンスは湧き上がる憤怒と憎悪を燃やして、力の暴走を無理やり支配下に置く。

 たちまち止まる流血。竜の再生力にモノを言わせて、無理やり身体を回復させる。ついでに血溜まりの証拠隠滅も忘れない。

 そして、完全に怒りに染まった顔で。反抗的すら辞さないという態度で、主人のことを睨みつけた。


「…………お嬢様。何してくれたんですか」

「うふ」

「答えろ……答えろよ!」

「うふふふっ……あははははっ!」

「…………」


 笑うカルディアに、アルフォンスの顔から表情が消える。

 はっきり言って、かなり不穏な空気だ。それでもカルディアは笑うのを止めない。

 それどころかうっとりと。まるで快感を感じているが如く、どこかいやらしさを感じさせる表情で微笑む。

 彼女は頬に手を添えて、舌で唇を舐めながら。熱を帯びた視線をアルフォンスに向けた。


「あぁ……本当……。君って、私の期待を裏切らないよね? 本当に素敵だよ」

「…………答えになってないが?」

「うふ。分からない? ちゃーんっと、感じて? 自分のナカを、見つめて?」

「…………? …………!!」


 アルフォンスが目を見開く。

 自身の胸を押さえて、信じられないと言わんばかりの顔でカルディアを見つめる。


「これ……まさか……」


 心臓に宿る力。明らかに、自分以外のモノだと分かる力。

 アルフォンスはこの力の気配に、覚えがある。紛れもなく、この力が〝なんであるか〟を知っている。


「お嬢様の、力……!?」

「うふふっ。せいか〜い。どう? 私が君を眷属として認めた効果は。私の力がちょっとだけ使えるようになるの」


 カルディアが行った《眷属宣言》──竜の眷属関係は少し特殊だ。

 従側は主人を絶対に裏切ることができなくなる。条件が揃った時には主人に意識を奪われて、好きなように動かされることもある。

 その代わりに……従側は主人からの恩恵を与えられるようになる。例えば、身体能力の向上。主人の持つ能力の譲渡など。

 アルフォンスの場合はまさにこの、能力の譲渡が行われていた。

 カルディアの力。《界》を司る力。《箱庭》の魔法や、空間の移動など。

 まさに今のアルフォンスが最も求めていた……これ以上ない打ってつけの能力が、眷属化によって使えるようになったのだ。


「痛みに耐えた甲斐、あったんじゃない?」

「…………」


 アルフォンスは否定できなくて押し黙る。

 同じ竜でも特性が違うため、アルフォンスでは一生得るはずのなかった能力。使えるはずがなかった能力。

 それが使えるようになったとなれば……あの程度の痛み、代償としては軽いぐらいだろう。

 しかし、それでも文句は言いたい。


「…………確かに、痛みに耐えた甲斐はありました…………が! せめて一言! 一言ぐらい言ってくれても良かったのでは!?」

「なんで?」

「なんで!? 言ってくれればもっと痛みに対する心構えとかできたじゃないですか!!」

「別にいっかなって。だって模擬戦で痛いの慣れてるだろうし」

「…………」


 扱いが雑ではないだろうか。思わずジト目になるアルフォンスだが、カルディアは余裕に微笑むだけ。

 何を言っても無駄だと判断した彼は大きな溜息を零してから、深々と頭を下げた。


「……何はともあれ。お力を貸していただけることには変わりありませんから。どうも、ありがとうございます。お嬢様」

「いーえ。何気に眷属つくるの初めてだったから上手くいくか心配だったけど、無事でよかったよ〜」

「さらっと不吉なこと言わないでくれます?」

「君が竜だったから無事だったんだろうね。良かったね、竜で」

「あの出血を省みるに、割とそうっぽいから本当に恐ろしいんですが!?!?」

「まぁまぁ。終わりよければ全てよしでしょ? で? まずは何をする? アルフォンス」


 ニコニコと笑うカルディアに、アルフォンスはまた溜息を零す。

 こうなったら何を言っても無駄だろう。

 もう、この竜の好奇心は止まらない。


「はぁ……仕方ないですから予定通り! 他人種に会いに行きます! お嬢様はついてきます!?」

「もっちろーん!」


 授かった力の慣らしも兼ねて、アルフォンスが《ゲート》を開く。

 歪んだ空間の先に広がるのは、鬱蒼とした森の中。

 アルフォンスはカルディアをエスコートしながら、《ゲート》を潜る。



 その先に待つのは……幸か、不幸か。


 《ゲート》が閉じた後のサロンは嵐の前の静かさをを思わせるような、異様な静まりに満ちていた──……。





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