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竜教育計画そのよん。立派に育ちました!/竜裏教育計画そのよん。身代わり計画の裏で、復讐劇も幕が開く。

 




 マキナという竜から色々と教わった。


 言語。振る舞い。力の使い方。一般的な知識。竜としての知識。他の種族のこと。自分の世界のこと、他の世界のこと。

 勿論、カルディアとの戦闘訓練も続いた。人型を取れるようになってからは、ヒトの姿での戦い方を学んだ。

 …………それでも彼女には一回も勝てなかったが。


 何はともあれ。

 彼は知った。

 自分が、この世界の竜が如何に愚かであったかを。どれだけ馬鹿だったかを。どれだけ世間知らずだったかを。

 この世界最後の竜は知った。

 人間どもの愚行を。残虐性を。他種族を犠牲に繁栄するその醜さを。

 アルフォンスは思った。

 奴らに復讐してやりたいと。

 数多の仲間を、家族を、両親を殺した人間どもに。地獄を見せてやりたいと。

 だって、両親は。家族は。仲間達は。何も悪くない。


『大きくなれよ』


 不器用ながらも頭を擦り寄せてくれる父がいた。


『坊や』


 優しく、温かく。包み込んでくれる母がいた。


『逃げろ! 遠くへ! オレ達が囮になってる間に!』

『生きて! 生きて頂戴! ワタシ達の可愛い坊や!』


 今でもあの時の声が残っている。

 必死に自分を逃がして、生かそうとしてくれた両親の声が、耳の奥で響いている。


 それが本当は、無意味だったとしたら?

 本当は、両親が死ぬはずなんてなかったとしたら?


 …………許せない。ゆるせないユルセナイ赦さない許せない許せない許せないゆるせない赦せないゆるせないユルセナイ赦さない許せない許セナイゆるせないユルセナイ赦さない許せない許せない許せないユルセナイゆるせない赦せない許せない赦せない許せないゆるせない赦せないゆるせないユルセナイ赦さない許せないゆるせないユルセナイ赦さない許せない許セナイ許せないゆるせない赦せない許せない許せないゆるせないユルセナイ赦さない許せない許せない許セナイ許せないゆるせない赦せないゆるせない赦せない。


 何より何も知らずに。



 守られるだけだった自分が、赦セナイ。



「君の気持ちは否定しません。どっかの偽善者ならば復讐なんで何も生まないと甘いことを言うでしょうが……わたしは復讐肯定派です。なんせ復讐は気持ち良いですし、気持ちが晴れますからね。ですが……君が最優先すべきなのは、カルディア様のことですよ」


 マキナはアルフォンスの復讐したいという気持ちを否定しなかった。

 けれど、それでも。優先するのはカルディアだと告げた。


「だって君はカルディア様に命を救われたのでしょう? ならばその命はカルディア様のモノではないですか。カルディア様は〝好奇心〟で生きていられる方です。君が考えなくてはならないのは彼女を楽しませていられるか否か。面白いか否か、ということだけですよ」


 その言い分にも一理あった。それでも復讐したいという気持ちが消えない。

 弱かった所為で。本当は死ななかったはずの家族が人間どもに殺された。

 死んだ後も。魔道具として人間どもに利用されている。

 それがどうしても許せないのだ。人間どもを滅茶苦茶にしてやりたいのだ。


「…………カルディア様が今、楽しんでおられるのは〝公爵令嬢の身代わり〟になられることですね。君も侍従としてそれに協力させるつもりだから、こうしてわたしに侍従としての振る舞いを学ばせているんだとか」


 …………ここでふと、何かを感じた。

 薄っすらと笑うマキナの目が、何かを訴えるかのように輝く。


「身代わりの件からも分かるように……カルディア様は面白いと思われることには積極的に協力してくださる方です。なんせ面白そうだから、という理由で処刑されるかもしれない公爵令嬢の身代わりになられるというのですから……。カルディア様に話を持ちかけて、気を引くことに成功した彼らは幸せモノでしょう」

「!」


 それはきっと、マキナなりの慈悲だった。

 今まで教わったことと、今の話を繋ぎ合わせれば……彼が伝えたかったことが分かる。

 きっとこれは……教え子(アルフォンス)に対する、さり気ない手助け。


「…………君は、わたしが教えて生徒達の中で一番優秀です。意味は、分かりましたね?」

「はい」


 返事を返したら、満足そうにマキナが頷く。

 アルフォンスは彼から教わった最上級の礼──右手を左胸の心臓の上に当てて、深々と頭を下げた。


「今まで教えてくださり、本当にありがとうございました」



 そう言って顔を上げた男は……美しいそのかんばせに、獰猛さを隠し切った笑みを浮かべていた。





 ◇◇◇◇◇




 貴族のサロンを模した《箱庭》。

 ソファに座ったカルディアは優雅に紅茶を淹れるアルフォンスを見て、感嘆の声を漏らしていた。


「これはこれは……随分と見違えたねぇ」


 若干跳ねているけれど後ろで一つ結びにされた白髪。カルディア達とは少し違う輝き方をする金眼。マキナと同じように皺一つない執事服に身を包むのは……どこからどう見ても立派な侍従だ。

 ティーカップを差し出したアルフォンスは優雅に微笑む。彼は音もなく立ち上がると……恭しく、カルディアに向かった一礼をした。


「お褒めくださり、ありがとうございます。カルディア様」

「…………すっごい。ちゃんと言葉を喋ってる」

「…………その節はお恥ずかしいところをお見せしまして……」


 若干というかほぼほぼ、野生に返ったのはカルディアの所為な気もするのだが……。敢えてそれは口にしない。

 そんな配慮までできるような弟子(?)を見て、壁際に控えていたマキナは感動したように目頭を熱くした。


「よくぞここまで育ちましたね……師として喜ばしい限りです」

「あ。協力ありがとね〜、マキナ君」

「いえ。カルディア様のお力になれて何よりです」

「でも、個人的にはマキナ君の大変化の方が驚きだよ……。昔はお人形さんみたいに無表情だったのに、君が感情を露わにするようになるなんてね……」


 思わずカルディアの口から本音が漏れる。

 昔の彼はそれはもう無表情だった。感情がないんじゃないかと疑うくらいに感情の起伏が乏しい竜だった。

 しかし、今の彼は信じられないくらいに感情豊かで。今も大切な主人のことを思い出しているのか……主人に向ける以上の感情を露わにしながら、うっとりと微笑んだ。


「こうしてわたしが変わったのは、全て我が主人のおかげですよ。とにもかくにも、これにてお手伝いは終わりということで。予想よりはアルフォンスの覚えは早かったですが……やっと我が主人の下に帰れます」

(無駄に早く覚えろって圧が強かったのはそれが理由でしたか……)


 アルフォンスの心の声がバレたのだろうか? チラリッとマキナがこちらを見るから、内心動揺する。

 だが、そういう訳ではなかったらしい。彼はアルフォンスに近づくとポンッと軽く肩を叩く。そして、カルディアに向かって頭を下げると、この場を去る挨拶をした。


「では、これにてお暇させていただきます」

「あ、うん。お疲れ様〜」

「失礼いたします」


 カルディアが彼の背後にゲートを作ると、マキナはそこを通ってこの場から姿を消した。

 残されたのはカルディアとアルフォンスのみ。

 カルディアはちょっと緊張した面持ちの彼を見ながら……さっきのマキナの最後の肩を叩く動作は、ちょっとした激励のようだったなと思った。


(マキナ君が激励か〜……アルは一体、()()()()()()()()()なのかな?)


 紅茶を飲みながら、その時を待つ。

 彼が口を開いたのはそれから少し経ってからのこと。

 アルフォンスはカルディアの足元に跪くと、ゆっくりと言葉を発した。


「カルディア様」

「んー? なぁに」

「この命はカルディア様に救ってもらった命です。ゆえに、わたしをカルディア様がお使いになられるのは当然の権利かと思われます。ですがわたしは、カルディア様に恩返しがしたいのです」

「…………へぇ? 恩返しねぇ?」


 ティーカップをソーサーに戻したカルディアは、ゆったりと笑う。

 それだけで緊張感が一気に高まる。

 アルフォンスは緊張から喉をゴクリと鳴らし、真剣な面持ちで言葉を続けた。


「カルディア様は〝好奇心〟がお強い──面白いことを好まれるとお聞きしました」

「そうだね」

「ですので、カルディア様が楽しまれる〝()〟をご用意させていただきたく」

「…………劇?」

「はい。()()()()()()()()()()()()です」


 カルディアはそれを聞いて、大きく目を見開く。


「まだ具体的な案は未定ですが……人間どもに一矢報いることは決まっております。今後、貴族の娘の身代わりとなられるカルディア様に付き従い貴族の社会を間近で見ることになりますので……その際に見聞きしたことを考慮し、劇の道筋を定めていこうかと」

「…………」

「如何でしょうか? 臨機応変に、カルディア様とわたしが選ぶ選択肢で過程が変化していく復讐劇です。…………面白そうだとは、思われませんか?」


 狂気を瞳に宿らせて。憎悪と憤怒を瞳の奥で燃やしながら。アルフォンスは優雅に微笑み続ける。

 カルディアの口角が徐々に上がっていく。微かに開いた唇から、その声が、漏れ出した。


「…………ふは」

「…………カルディア様?」

「あはっ……あははっ! あははははははっ!」


 カルディアは笑った。

 目尻に涙を浮かべるぐらいに、狂ったように笑った。


「それ、マキナ君からの入れ知恵? そう言えばいいよとでも言われた?」

「…………いえ。多少のヒントはいただきましたが、自ら考えて……カルディア様に持ちかけました」

「あははっ! なら、マキナ君の教育は大成功だ! よくそこまで考えられるほど成長したねぇ……!」

「…………」


 アルフォンスは笑っているが、微妙な顔になっている。

 手応えが感じられなくて、不安なのだろう。

 だが、その不安は杞憂でしかない。


「喜びなよ、アル」

「…………」

「君の提案、()()()()()()()だね?」

「!」


 今度はアルフォンスが目を見開く番だった。

 カルディアは彼の両頬に手を伸ばして、視線を合わせる。

 ゾッとするほどに美しい金の瞳が、好奇心という名の狂気に彩られてギラギラと輝いていた。


「私を楽しませてくれる?」

「はい」

「絶対に?」

「この命に賭けても」


 逸らされない目が、その本気を伝えてくる。

 あぁ、覚悟を決めた瞳はなんて尊いのか。

 狂気に彩られた瞳はなんて美しいのか。

 カルディアはうっとりと、いっそ婀娜っぽさすら感じる笑顔を浮かべる。


「…………うふっ。なら楽しませて? 必要なら手を貸してあげるからさ」

「……畏まりました、我が主人」



 かくして──。

 異界の竜が悪役令嬢の身代わりになる裏で……復讐劇の幕が静かに上がるのであった。





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