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記憶に残らぬ邂逅

 




 入れ替わりまで残り五日──。

 その日、カルディアは国立図書館へと来ていた。


 いつものドレスでは目立つため、今日のカルディアは変装をしている。ブラウスにロングスカート、三つ編みに眼鏡といった、図書館という場所にいても違和感がない格好だ。

 何故、わざわざ変装までして図書館を訪れたのか──?

 それは、アルフォンスの教育に使うため本を見繕うためでもあり……カルディアの《箱庭》にある図書館の蔵書を増やすためでもあった。



 《箱庭》・螺旋図書館。

 その《箱庭》はその名の通り、螺旋階段がついた塔型の図書館だ。数多の世界でカルディアが読んだ本が、自動的に蔵書として収められる仕組みになっている。

 誰かに知識や何かを教えるにあたって、最も適している教材は本だ。しかし、生憎と螺旋図書館にはこの世界の本が一冊もない。アルフォンスに教えるためにも、この世界の本を収めるのは必要なことだった。彼は侍従アルバートのフリをしてもらうのだから、本を読めないのには支障が出る。

 それに、カルディアも公爵令嬢ケイトリンのフリをするのだから、ある程度の知識がないと困る。貴族の子息令嬢は専ら、幼い頃から教育を受けているものなのだから。

 そのため、カルディアは勉強をしつつ蔵書本を増やすためにこうして国立図書館へと足を運んだのであった。



 図書館の中に入ったカルディアは早速、司書に声をかけて文字を学ぶのに適した本を教えてもらう。ついでに、子供に勉強を教えるのに適した本も。

 目的の本がある場所に案内してもらい、言われた本を手に取り、パラパラッと読む。それだけで充分だった。


(よっし、文字は覚えた。後はひたすら読んでいくだけだね)


 そのたった数秒の速読で文字を覚えたカルディアは、手当たり次第本を取って読んでいく。パラパラパラッと本を捲って、数十秒。次の本を取って、また数十秒。

 読んでいるようには見えないが、カルディアは次から次へと本の内容を覚えていく。

 これで分かるように……カルディアは言動に反して、かなり頭が良かった。人で言うところの天才という分類であった。

 一度教わったことは二度と忘れない。

 本を読むだけで簡単にその内容を暗記する。それも速読ができるため、時間もかからない。

 相手の魔法を見ただけで容易くその魔法を覚え、自分用に作り変える。それどころか感覚的に最適化すらしてしまう。

 頭が良いだけでなく竜であるからこそ身体能力も高い。そんな天才。

 だからこそ、彼女は致命的に他人に教えるのが下手だった。簡単に理解できてしまうから、他のモノが何を理解できないのかが理解できない。

 その結果が……アルフォンスの野生化なのだから、その教え下手がどれだけ酷いモノであるかが分かるだろう。

 とにもかくにも。知識面の教育では役に立たないカルディアは、ただただ教材を増やすことしかできない。

 ……勿論、新しい世界の本を読んで、カルディアの知的好奇心を満たすという目的もあるが。

 そんなこんなで。本を速読していくカルディアは、次々と棚を移動していく。

 そして、次の本を手に取ろうとして──……背後から不機嫌そうな声を、かけられるのだった。


「…………おい。邪魔なんだが?」

「……ん?」


 手を止めたカルディアはゆっくりと振り返る。

 そこに立っていたのは、不機嫌さを隠さない青髪の真面目そうな青年。豪華な衣装から貴族であることが見てとれる。

 彼は迷惑そうにカルディアを睨み、本棚を指差した。


「そこの棚の前の本を取りたいのに、お前がずっと立っている所為で取れないんだ。さっきからパラパラとパラパラと、捲るだけで本を読む気がないのなら退け」

「いや、読んでるけど?」

「…………何?」


 カルディアはまた本に目線を戻して最後までパラパラと捲り終える。

 そんな彼女の態度に青年は嫌そうな顔をしながら、ハンッと鼻で笑った。


「読んでないだろうが」

「速読って知らないの?」

「…………知ってるが」

「それだけど?」

「…………」


 本棚に本を戻そうとしたら、横から伸びてきた手が無理やりその本を奪った。

 カルディアが首を傾げると、青年は適当なページを開いて口を開く。


「五十八ページ、四行目」

「疫病の発生を防ぐには、衛生管理が重要である。例えば、手を洗うこと。簡単なことだと思われるが、この行動で手についた菌を洗い流し──……」

「…………まさか、本当に読んでたのか!?」

「だから、そうだって言ってるじゃん……」


 カルディアは面倒くさそうな様子を隠さずに、次の本を取ってまた数十秒で読み終える。

 未だに隣に貴族の青年が立っていたが、それを完全に無視していると、ハッと我に返ったのだろう。彼は真剣な顔で、再び声をかけてきた。


「お前、平民だろう!? なんで……なんで平民の癖にそんなことができるんだよ!」

「…………生まれ持った才能としか言えないんだけど?」

「!?」


 ギリッと、歯を噛み締める音がする。

 嫉妬に濡れた、怒りに満ちた視線が向けられる。

 何故、初対面の相手にこんな目を向けられるかが分からない。

 絡みつくようなその感情と視線が、煩わしくて仕方がない。


(…………はぁ。面倒くさ)


 あまりにもしつこいその視線に、カルディアは本を読むことを止めて、嫌々顔を上げた。

 青年の顔は嫉妬に染まっている。

 カルディアは大きな溜息を零して……淡々と、名も知らぬ青年に告げるのだった。


「あのさぁ……ここは図書館で。私は本を読んでるの。邪魔しないでくれる?」

「お、前っ……!」

「そもそも初対面の相手にそんな風に絡まれるの、迷惑だから。どっか行ってよ」

「!!」

「あぁ、もういいや。私がどっか行くよ。じゃあね。お好きなだけここで本読んで」


 カルディアは本をしまって、その場から立ち去る。

 この国立図書館はとても広い。二階だってある。

 あんなよく知りもしない人間に絡まれて時間無駄にするぐらいなら、他の区画で本を読んだ方が遥かにマシだ。


(次はなんの本を読もうかな〜)


 ただただ煩わしさしか感じなかったからか。興味すら感じなかったからか。

 彼女は次の瞬間にはさっきまで自分に絡んでいた青年のことをすっかり忘れてしまう。

 ………ゆえに、カルディアは思わなかったのだ。


「あの……女ぁ……!」


 カルディアの才能に……たった数秒で暗記する頭脳に嫉妬して、絡んできたあの貴族の青年が、ケイトリンの死に関わっていただなんて。

 分かるはずもなかった。

 ケイトリンが話していたフィオナという少女に入れ込んで、熱を上げる高位貴族の子息──所謂いわゆる、攻略対象と呼ばれる者達の一人であっただなんて。

 知るはずもなかった。

 この青年の主人公に心を開くようになる心の傷(きっかけとなるの)が、賢さ、天才と言った知能に関するコンプレックスを抱いていることであり……。

 速読かつ瞬間記憶という如何にも天才の姿を見せたカルディアが、まさに、彼の地雷を踏み抜いていただなんて。

 知る由も、なかったのだ。



 こうして……入れ替わりが(自ら飛び込む)始まる前から。カルディアは乙女ゲームに巻き込まれていたことになるのだが……。

 それを知るケイトリンとの入れ替わりが始まった後のこと。



 今のカルディアはそんなことに気づかずに……暢気に本を読み続けるのであった。





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