《最後の竜》の復讐劇・終幕
シリーズ一作目の「悪役令嬢、五度目の人生を邪竜と生きる。」の時から考えてあった裏設定&登場しなかったキャラがやっと活かせました。(熟成されてますねぇ……(遠い目))
まぁ、少しでも楽しんでもらえると幸いです。
よろしくどうぞー!
上も下も、右も左も。全てが真っ白な空間で……女神は狂乱しながら、大きな叫び声をあげていた。
「いやぁぁぁ! いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁあっ! そんな! そんな! わたくしの! 世界が!」
女神の慈しんだ世界が割れる音がする。壊れていく音がする。
大変なこともあった。女神が大切にしてきた世界は、何度か滅びかけたこともあった。だが、それでも乗り越えてきたのだ。女神の全身全霊の力を使って、なんとかここまで維持してきたのだ。
なのに、今回は……もう、どうしようもできない。手の施しようがない。
だって……世界を維持するために最も大切な要が、柱が、楔が。壊れてしまったのだから……!
「あの女っ……あの女あの女あのオンナァッ……! アイツの所為よっ……!! わたくしの世界が滅びるのは、あの女がわたくしの愛し子を狂わせたから──……」
「…………はぁ。呆れ」
──ピタリッ。
……カルディアに向けて、怨嗟の言葉を吐いていた女神は……唐突に聞こえてきた声に、動きを止める。
緩慢な動作で振り返った先にいたのは……なんの感情も浮かばない黄金の瞳でこちらを見つめる……酷く美しい、光の加減で色を変える白髪を持った、無表情の青年。
「あ、あ、貴方様はっ……! 貴方様はっ……! 《再生の聖竜》ジェネシス様っ……!?」
女神はポロポロと、感涙の涙を溢しながら《再生の聖竜》──髪の色合いを真逆にしたような、ラグナに瓜二つな青年──ジェネシスの名を呼ぶ。
《再生の聖竜》ジェネシス──……彼はその名の通り、《再生》を司る竜であり、破滅を迎えた世界を再生させる力──生まれ変わらせる力、再びやり直させる力──を有しているのだ。
つまり、彼がここに現れたということは……女神の世界は救われたも同然ということ。
「あぁぁぁ……ありがとうございます……! ありがとうございますっ……! わたくしの世界を、再生してくださるのですねっ……!」
ゆえに女神が涙を溢しながら、ジェネシスに向かって感謝の言葉を伝えるのも……。心の底から安堵した表情を浮かべるのも、当然の反応であった。
…………が、しかし……。
「しない、けど?」
「……………………ぇ?」
ジェネシスは無表情ながら心底不思議そうに、こてんと首を傾げていた。
その反応に、まさかという気持ちが湧き上がる。女神の顔が、引き攣った表情のまま……固まる。
「……ジェネシス、様?」
「この世界は、ここで、閉じるよ。もう一度、は、ない。だから、お前も、ここで、終わり。お疲れ」
「…………は??」
思考が止まる。女神は何も、考えられなくなる。
「な、なんで……なんで……」
「? もう、情報、取ったから」
「でー、た……」
「そう。この世界での、観察は、充分。そう、〝我が主人〟が、判断した」
「っ……!!」
ジェネシスが仕えているのは……ここにいる女神よりも遥かに格上の存在──最上位の神である《創世の神竜》だ。《創世の神竜》はこの世界を含めた数多の世界が存在する《第八神域》の支配者でもある。
神竜は沢山の世界を管理しており、それらは全て神竜の大規模な実験場となっている。
生き物達の可能性、多様性を観察するための場所。より良い世界を築くための、トライアンドエラーを試す場所。
世界を生み出し、条件を設定して。類似世界・平行世界・今までの世界と比較を行いながら世界の変容を、破滅するまでの過程を記録しているのだ。
基本は自然の変化に任せて手出しをしないけれど……あまりにも目に余る時などには、世界を破滅させて、新たに世界を作り直したりなんかもするらしい。
また、その過程で特殊性を保有するようになった個体──唯一個体──をその世界から拾い上げて、上位世界こと神竜の下での保護── 標本保存──も行っているとか。
けれど流石に、それらを全て神竜ヒトリで行うには手間がかかり過ぎる。なんせ《第八神域》は神竜自らが世界を生み出さなくても、勝手に世界が増える特殊な神域でもあるので。
そんな神竜の負担を軽減するために、神竜の血肉を使って生み出された特別な竜のことを──《根源竜》と呼ぶ。
世界の破滅を担う、《破滅の邪竜》。
世界の再生を担う、《再生の聖竜》。
《根源竜》は〝自分達は神なんて大それたモノではない〟と言うけれど。女神よりも上位の存在なのだから、まるで皮肉としか思えない。
…………とにもかくにも。ジェネシスがこの世界は再生させないと言うのならば、もう本当にこのままだということだ。
女神の愛しい世界は、ここで、滅びる。
「あ、ぁ、ぁぁぁぁぁぁあっ! 何故! 何故! 何故! なんでぇぇぇっ! 再生をっ、もう一度機会をくださいませっ……! お願いします、お願いしますっ……! この世界は、わたくしの大切な世界なのです……! わたくしが愛しむ子達が生きる世界なのですっ……! ですから、ですから! どうか、もう一度だけ機会をっ……!!」
……彼女はなりふり構わず、ジェネシスに縋りついた。
女神の矜持だとか誇りだとか。愛しい世界が滅んでしまうという事実の前にはなんの価値もない。それぐらい、女神にとって自身の世界は、自身の世界に生きる愛し子達は大切だった。
だが、聖竜は。《渡界の界竜》の兄同然であるジェネシスは容易く、その手を振り払う。
「……無理。だって……世界を滅ぼしたのは、お前自身、だし」
「…………!」
「本当に殺したかったのは、違う竜だった、みたいだけど。お前の手引き、でしょ。お前の、したことで、世界の楔が、死んだ。神が、選んだ行動の結果、が、これなら……きっとこれが、この世界の、運命」
「………………それ、はっ……それ、は!」
「それに」
ジェネシスは告げる。
女神の予想を遥かに超える……恐ろしい事実を、打ち明ける。
「カルディアは、我が主人の特別製。僕らの次に、生まれた、古き竜。我が主人の、お気に入り」
「…………は??」
──ぶわりっ……!
女神の背筋が冷たくなった。嫌な予感に、ガクガクと震えてしまう。
「分からな、かった? ……それも、そっか。あの子も、〝本体〟は、主人のとこだし。〝分体〟は、下位世界に影響がないよう、だいぶ、格落ち……弱体、させてる、し?」
「…………ぁ、あ……。嘘……嘘……!」
「……僕の、愛しい、妹分でも、ある」
今の今まで無表情だったジェネシスの表情が崩れる。
妹分という相手に向けるにしては、熱量の多過ぎるドロリとした笑顔を浮かべながら……その黄金の瞳に溢れ出んばかりの殺意を滲ませて、言い放つ。
「愛しい家族を、殺されかけたのに。僕が、お前を、助けるとでも?」
「っっっ……!!」
女神は目の前が真っ赤になった。
それはそうだろう。何故なら今、この目の前にいる竜は! 自分の私怨で女神の世界を助けないのだと言ったようなモノなのだから!
「ふざけるな、ふざけるなふざけるな!! あの女がお前の家族だから!? だからわたくしの世界を助けないとでも言うの!? そんなこと、許されるはずがないで──」
「いや、全然赦されるさ。なんせ俺とジェネは、ある程度世界を好き勝手する許可をもらってるし。ついでに言えば……クソ親父の性質を強く受け継いでいる、自分勝手なヤツだからな。ジェネが再生しないって言ったら、それまでなんだよ。現実を受け入れろ、女神」
「!?!?」
新たに増えた声に、女神は般若のような表情のまま振り向く。そこに立っていたのは……ジェネシスの片割れ。《破滅の邪竜》──ラグナこと正式名称・ラグナロク。
「ラグナロク!」
ジェネシスは自身の片割れの姿を見つけると、パァァァッ……と満面の笑みを浮かべた。
ついでに、彼に駆け寄るや否や熱い口づけをしようとして……〝うげぇ〟とげんなりとしたラグナから、思いっきり頭を押さえ込まれる。
「止めろ! 口づけしようとすんな! 俺に口づけていいのは俺の花嫁だけだっ、お前はクソ親父にだけ口づけしてろ!!」
「むぅ……」
「…………。相変わらずの異常な〝家族愛〟だな……ジェネ」
「えへっ。ラグナロク、大好き♡」
「この微妙にズレる会話も久しぶりだわ、はぁ……」
スリスリと片割れに抱きつかれたラグナは益々げんなりとする。
だが、いつものことなので諦める。どうせ何を言っても無駄だし。
ラグナは「ジェネ」と聖竜に声をかけた。流石に、邪竜より真面目に役目を果たしているジェネシスである。今だに抱きついたままだが、真剣な話だと察したのか、真剣な面持ちになる。
ラグナは凡ゆる負の感情でぐちゃぐちゃになった女神をジッと見つめながら……片割れに問いかけた。
「この世界を閉じることは伝えたのか?」
「うん」
「なら、今後の身の振り方は?」
「まだ」
「…………まぁ、お前の話し方は独特だものな。後は俺が説明する」
ラグナは溜息を零してから、女神に告げる。
「先ほど──この世界は終わりを迎えた」
「!!」
女神はハッとした。まさかと思って、世界を見ようとするが……もうそこには何も、ない。
ジェネシスと言い合っている間に、世界は、終わってしまっていた。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「お前にとっては思わぬこと、不幸だったのかもしれないが……お前が《竜産みの女神》として改造されたことは好機だったんだ。きちんと、この世界の楔となれる竜が産まれるように細部まで拘って改造を施されていたから……あのままいけば、いつかは必ず、竜が産まれたはずなのに。お前が産んだ竜達がこの世界とお前を支えてくれて……ずっとずっと、この世界が続く可能性があったのに」
「止めて! 止めてくださいましっ……! い──」
「お前が、このタイミングでカルディアを殺そうとしなければ。あの子を利用しようとしなければ。世界が滅ぶこともなかったし、あの《最後の竜》が死ぬこともなかっただろうよ」
「あぁぁぁぁぁ〜〜っ!!」
突きつけられた現実に、女神は叫ぶ。
自分の所為で愛し子達を殺してしまったという現実をどうしても受け入れられなくて、発狂してしまいたくなる。
なのに、発狂できない。女神であるがゆえに──《竜産みの女神》として改造された時についでに、発狂しないようにされていたために──壊れることができずに、泣き叫ぶしかできない。
そんな外聞も何もなく泣く女神に、ラグナは容赦がなかった。
「さて。お前の選べる選択肢は二つだ。一つはこの世界と共に終わり、輪廻転生を果たすか。新たな世界の神として移住するか、だ。要は、新しく生まれ変わるかこのままでいるかのどっちかってことだな。どうする? 女神」
「あぁぁぁぁ! あぁぁぁぁぁぁ!」
「…………おい、聞けよ」
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!」
「…………はぁ。もういいか。いつまでも付き合ってられないし。という訳で強制的に転生、ということで」
「あ──……」
──ぐしゃりっ。
ラグナが拳を握り締めると同時に、女神の身体が締め潰される。
ぱたりと倒れた身体。ラグナは興味を失ったように女神から目を離す。
「殺す必要、なかったのに」
「ないな」
ジェネシスはクスクスと笑う。
別に女神自身を殺さなくてもこの空間が消えると共に、女神も死ぬはずだったのに。
「でも世界が、この空間が完全に消えるまであの叫び声を聞き続けるのは煩わしいからな。静かになるってだけで充分、殺す価値はあるだろ」
ただ、〝煩かったから〟という些細な理由で女神は殺された。理不尽に、始末されてしまった。
「うふふふふっ……流石ラグナロク。大好き♡」
「…………」
ラグナはしれっと片割れを無視する。
《再生の聖竜》が保有する異常性は強過ぎる〝家族愛〟。この竜は家族にしか愛を抱けず。家族愛・友愛・情愛……全ての愛を家族だけに向けているのだ。
ゆえに片割れたるラグナにも強い愛を向けているし。妹分であるカルディアにも強過ぎる愛を向けている。当然自身の親である神竜にも。更には、ラグナの花嫁にも──……。
「ジェネ」
「? なぁに?」
「俺の花嫁に愛情を向けるなよ。そんなことされたら、俺はお前を殺さなきゃいけなくなる」
「…………うん♡」
「…………」
殺されると言われてうっとりとするのだから、もう末期だろう。ジェネシスは身内からならば、こんな酷いことを言われても嬉しくなってしまうらしい。
ラグナは少し不安感を抱く。ゆえに暫く考えて……改めて、口を開いた。
「いや、やっぱり殺すのは止める。もし、俺の花嫁に愛情を向けたら……俺、お前のことを嫌うわ」
「…………!?!? ラグナロクにっ、嫌われる!?!?」
「そう。めっっちゃくちゃ大嫌いになる」
「ぎゃあっ!! 嫌っっ!!」
「なら、俺の花嫁に愛を向けるなよ。俺に向けていいのも家族愛だけだ。それ以外はすっごい嫌う。…………いいな?」
「うんっ! うんっ! 分かった! 絶対、向けない! ラグナロクにも、家族愛だけ! 嫌われるの! 嫌っ!」
「よし」
そんな馬鹿な会話をしている間に、女神がいた真っ白な空間が消失した。勿論、女神も一緒に消えてなくなる。
辺り一面、真っ暗闇だ。だがこれで完全に、この世界は終わりを迎えたことになる。
「……よし。世界の破滅を確認した。これで仕事は終わりだ。帰るぞ、ジェネ」
「うん」
二匹の竜は世界が終わりを迎えたことを確認してから、その場を後にする。
消えたその場所には何も残らない。
こうして……《最後の竜》が画策した復讐劇は。
《最後の竜》自身の死を以て起こった〝世界の終わり〟──……という結末で、閉幕したのだった。




