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幕間 人材貸し出し交渉


同シリーズ他作品のキャラが出ます。

多分、読まなくても、大丈夫です。多分。


 




 竜に従者としての振る舞いを教えるには、やっぱり竜でありながら侍従(っぽいこと)をしているモノに教わるのが一番なのではないか──?


 そう考えたカルディアは早速、目的のヒトがいるであろう《箱庭》を訪れていた。





 柔らかな陽射しが降り注ぐ穏やかな空。……記憶にある限りではいつでも曇天だった。

 たった一棟しかない屋敷。昔は若干廃墟寄りな外観だったが、今ではとても綺麗かつ御伽話に出てきそうな品の良い見た目になっている。昔はなかった庭園すら完備だ。


「はわぁ〜……お嫁さんをもらうとここまで変わるんだぁ……」


 カルディアはその様変わりした《箱庭》の様子に驚きを隠せない。

 しかし、いつまでも間抜けに立っている訳にもいかないので……屋敷の玄関扉の前に立つと、勢いよくノッカーを叩いた。


「こーんーにーちーはー! ラグナ兄様、いるー?」


 ──トントントンッ。

 ひたすらノックをしまくる。若干嫌がらせめいている。

 そうしたら直ぐにガチャリッと扉が開いた。

 中から顔を出したのは……金髪碧眼の十五歳ぐらいの少女。初めて見る顔に、カルディアは「おや?」と首を傾げた。


「貴女、誰?」

「アリスです? アリスはアリスと言うです。この屋敷の居候で、ラグナ様の眷属である淫魔エイスの恋人なのです!」

「へぇ〜。あの子、恋人できたんだ? おめでとう。で……ラグナ兄様いる?」

「いますよー! 案内します!」

「よろしく〜」


 普通ならもう少し突っ込むのだろうが、生憎とカルディアはこの少女にあまり興味を抱かなかった。

 そのため、しれっと話を進めて屋敷内──この屋敷の主人の下へと連れて行ってもらう。

 しかし、少女は興味を示さないカルディアを気にすることなく。普通に話しかけてきた。


「界竜様、界竜様。界竜様がアリスに興味がないことは分かってますけどね? この言葉だけは覚えておいてください。いつか必要となったらエイスのこと、呼んでくださいね」

「……………? 貴女、何言ってるの?」


 カルディアは怪訝な顔をする。

 唐突過ぎるその言葉の意味が。意図が、理解できない。

 それでも少女はそれ以上語ることなく、「いつか分かるのですよ」と言って、大きな扉の前で立ち止まった。


「こちらにいるのです。どーぞ」

「…………」


 色々と聞きたいことはあるが、どうにも詳しく説明する気はないらしい。

 カルディアはこれ以上問いかけても無駄だと判断して、大人しくその部屋の扉を開けた。


「失礼しまーす」


 カルディアが足を踏み入れたのは、陽射しがたっぷり差し込むコンサバトリーだった。

 高級そうな家具と観葉植物がバランス良く設置されており、特に陽射しが当たるところにローテーブルとふわふわしているセットの三人がけのソファが置かれている。そのソファの一つに身体を寄せ合って座っているのは、黒髪の白皙の青年と蒼銀色の美しい少女。

 カルディアは自分が来たことに気づきながらも未だにイチャイチャしてる二人に向かって、少し離れたところから声をかけた。


「こんにちは、ラグナ兄様。初めまして、兄様のお嫁ちゃん。イチャついてるところ悪いんだけど、話をしてもいい?」


 ──ピタリッ。

 二人の動きが止まり、青年の方が大きな溜息を零す。

 彼は面倒だという態度を隠さずに。隣に座る少女の肩を強く抱き締めながら、カルディアの方を振り向いた。


「…………はぁ。お前が顔を出すなんて珍しいな、カルディア。何の用だ? それほど重要な用事か?」

「…………」

「いやいやいや、話をする前にお嫁ちゃんに私の説明してくれる? すっごい光のない目で睨んできてるんだけど。すっごい敵視されてるっぽいんだけど」


 この《箱庭》の主人であり、屋敷の主人でもある青年──《破滅の邪竜》ラグナに向かってカルディアは割と本気でお願いする。それぐらい彼の隣にいる少女、《邪竜ラグナの花嫁》であるミュゼからの無言の圧力が凄かった。元人間とは思えないぐらいの威圧感だった。産まれながらの竜であるカルディアが気圧されるぐらいなのだから、それがどれくらい凄いかがよく分かるだろう。

 カルディアが割と本気で願っているのが分かったらしい。ラグナは嬉しそうにうっとりと微笑みながら、伴侶の頬に手を添えて自分の方に向け、触れるだけのキスを落とした。


「ミュ〜ゼ。嫉妬してくれるのはとっても嬉しいが……アイツに嫉妬する必要はないんだぞ?」


 ぞっとするほど光がない目が、ラグナを見つめる。

 ミュゼはかくんっと首を傾げながら、温度の宿らない声で伴侶に問いかけた。


「…………庇ってるん、です?」

「いや、嫉妬心を向けるのが無駄だって話だ。なんせアイツはある意味、妹みたいなモンだからな」

「………………いもうと??」

「あぁ。アイツは俺らの次に産まれた竜でな。他の竜と違って俺らと産まれた時期が殆ど変わらないから、人間で言うところの妹みたいに育ったんだよ」

「うんうん、そうそう。私はラグナ兄様の妹みたいに育ったんだよ!!」


 そう……カルディアは、ほんの少しだけ特別な竜だった。

 神が特に手塩をかけて産み出した特別な竜が──聖竜と邪竜ラグナ。再生と破壊を司る竜達。

 その次に産まれたのが、界竜である。一般的な竜を産み出すための最初の一匹目。試作体。それが、カルディア。

 この三体と(自身)骨組み(モデル)に、神は以降の竜を産み出した。つまり、目の前にあるラグナとカルディア、それともう一匹の三体は第零世代の竜となる。

 ゆえに、カルディア達は兄弟のように育ったのだが……強過ぎる好奇心(竜の異常性)から、カルディアは兄達を放置して、数多の世界を旅するようになった。

 ちなみに……兄妹のように育とうが所詮竜である彼女達は離れ離れになろうが全然気にすることはなかった。閑話休題。

 そんなこんなで。好奇心に任せて旅をしていたからこそ、こうして会うのもかなり久しぶりだが。それでもカルディアの自認も、ラグナの認識も兄妹であることは間違いない。


「それに! 私はジェネ兄様みたいに近親相姦には興味ないから! 本当にラグナ兄様に興味ないから! だって面白みもないし! 私の異常性的に面白くない人には興味も抱かないんで! だから、安心してくれると嬉しいな!?」

「…………」

「どちらかと言うと! ラグナ兄様よりも元人間なのに私を気圧すお嫁ちゃんの方が、私的には興味津々だよ!?」

「カルディアァ!! ミュゼに好意抱いたら殺すぞ!!!!」

「うわぁ〜……あのだっれにも興味がなさそうだったラグナ兄様が愉快な感じになってる……。これもお嫁ちゃん効果なのかな……?」


 まるでコントみたいな会話だ。しかし、逆にこれのおかげでカルディアとラグナの間には何にもないと納得してもらえたらしい。

 今の今まで無言、無表情、光が宿らない目で睨み続けていたミュゼの顔がふわりと、柔らかく綻んだ。


「どうやら、本当にラグナへよろしくない想いなんかは抱いていないようですね。失礼しました、カルディア様。愛しいヒトのことになるとつい我を忘れてしまうので……許してくださると、嬉しいです」

「…………いーえ。納得してもらえたようで何より」

「ですが、今後もそうとは限りませんよね? ラグナに好意を抱いたら許しませんから……それは覚えておいてください、ね?」


 ──にっこり。

 笑っているのに笑っていない笑顔で念押しされて、カルディアは若干顔面蒼白になりながら頷く。

 元人間ミュゼに負けるなんて竜としての矜持が少し傷つけられないこともないが……それよりも遥かに《邪竜の花嫁》に目をつけられることの方が恐ろしい。

 カルディアは早く用事を済ませてこの場から去るべく。嫉妬マシマシの花嫁にメロメロしてる兄に向かって……なんとも言えない顔をしながら声をかけた。


「とにかくさ……今日こうしてラグナ兄様のとこに顔出したのは、マキナ君を借りたいと思ったからなんだよ」

「……ん? マキナか?」

「そう、マキナ君」

「…………なんで俺?」

「一応、ラグナ兄様の配下っぽいから?」


 マキナとは、竜にしては珍しく誰かの下で働くことを好む竜のことである。そんな彼が働いていたのは、今目の前にいるラグナの下だったはず。ゆえに主人であるラグナに貸し出しの許可を得ようとしたのだが……。

 当の本人は「あ〜……」と、少し困り顔で遠くを見ている。

 カルディアはそんな兄の反応に、嫌な予感を覚える。

 …………で。



 ………………その嫌な予感は、地味に的中してしまった。



「お断りします」


 コンサバトリーに呼び出された灰銀の髪の青年──《迷霧の幻竜》マキナは、その中世的な顔立ちに微笑みを浮かべながら、バッサリとカルディアの要望を容赦なく断る。

 そんな彼の反応に、カルディアはギョッと目を見開いた。


「えぇ!? 違う世界の竜に従者的な振る舞いを教えるだけだよ!? なんで断るの!?」

「何故って……その教えている間、主人から離れることになるじゃないですか。そんな暇あったら、主人のお側にいたいからお断りします」

「あっれー!? マキナ君そんなにラグナ兄様大好きだったっけ!?」

()()()()()()()()()()()()()()()()よ、カルディア様」

「!!」


 カルディアは思わずラグナの方を向く。頷く彼を見るからに、どうやらマキナは〝本当の自分だけの主人〟を見つけたらしい。

 幻竜マキナの異常性は、〝狂気的なほどの忠誠心〟。主人に利用されたくて、壊れるまで尽くして、主人にならば何をされても構わない。死すら厭わぬほどに全てを主人に捧げる忠誠心(異常性)だ。

 そんな彼が主人から離れることができないというのなら、テコでも動かせないほどにその通りだということで。カルディアは大きな溜息を溢しながら、マキナに告げた。


「じゃあマキナ君のご主人様に許可もらうからさ……。君のご主人様のとこに連れて──」

「あっ、無理です」

「なんでそっちも断るの!?」

「物理的に無理ってことですよ。我が主人は現在、永き眠りについておられますので」


 マキナ曰く。

 主人のためによく働いたマキナ(自身)のために、主人は何もできなくなる眠りにつき、好きだけ主人の世話をさせるという褒美をもらっているところなんだとか。

 …………尽くすことを至上とするマキナに全ての世話をさせるのは、確かに褒美となっているだろう。

 カルディアは上手くことが運ばないことに大きなショックを受けて、頭を抱えた。


「えぇぇぇ……! 乙女ゲーム案件だから、できればマキナ君の手を借りたかったのにぃぃぃ……」

「は? 乙女ゲーム?」

「乙女げーむです?」

「乙女ゲームですか?」


 しかし、そのその単語にラグナ達が反応する。

 かつては乙女ゲーム案件の当事者だった彼らだ。気にならざるを得なかったのだろう。

 カルディアは「そうだよ」と答えながら、今自分が関わっている案件について詳細を伝えた。


「という訳で……その竜を従者として身代わりに参加させようかな〜って考えたんだよね。異世界出身だけど同じ竜だから、扱い易いし」

「「…………」」

「……なんか凄い顔になってますよ……ラグナ……」

「マキナ君もね……」


 カルディアとミュゼが言う通り、ラグナ達の目が据わっている。なのに瞳孔はキュッと挟まって、爛々と輝いている。

 彼らは明らかに、あの竜に向けて。あの世界の竜に向けて、怒りを抱いていた。


「当然だろ。カルディア、お前だって思うところがあるだろう? 違う世界とはいえ、その世界の竜は俺達と変わらんのだろう? そんな竜が人間風情に絶滅されかけてるだなんて、あり得ないだろう?」

「その世界の竜には矜持というものがないのでしょうか? 我々は最強種ですよ? 強者ですよ? 同じ竜に殺されるというのならまだしも人間……人間に、ですか。そんなの信じられません。信じたくもありません」


 どうやら同じ竜として、人間どもに好き勝手されてるのが許せないらしい。最強種という自負があるからこそ、余計になのだろう。

 勿論、カルディアだって同じ竜として信じられない気持ちでいっぱいだったが……あまりにも弱過ぎて、今では呆れの方が強い。


「…………カルディア様。気分が変わりました。教育係の件、受けさせていただきます」


 ふと、マキナがそう言ってくる。

 カルディアはキョトンとしながら、首を傾げる。


「あれ? いいの? さっきまで頑固拒否って感じだったのに」

「えぇ。同じ竜として弱者の立場に甘んじたままだなんて、見過ごせませんから。従者教育は勿論ですが、竜としての振る舞いも教えましょう」

「あっ。それは助かるかも。私、教えるの苦手だからさ〜……ひたすら戦って戦い方を教えるしかできないんだよねぇ」

「(……そういえばカルディア様は天才肌の感覚派でしたものね……。教えるのが苦手なのも当然ですか)……ともあれ、お手伝いするにあたって条件が一つ」


 カルディアは「なぁに?」と首を傾げる。

 マキナは真剣な顔をして、この件を手伝う条件を告げた。


「カルディア様の《箱庭》であれば時間すらも自由に扱えましたよね? 我が主人から離れる時間は最小がいいので。《箱庭》内での時間経過を速めて、外での時間経過を限りなく少なくしてください」

「あ、そんなんでいいの? いいよいいよ〜。それぐらい簡単だから」

「…………普通はそんな簡単にできることではないのですがね……」


 その返事に頬を引き攣らせるマキナだが、その言葉の通り。《箱庭》の時間経過を弄るのは途轍もなく難しい。

 この《箱庭》の展開主であるラグナにだって出来やしない。

 しかし、カルディアは違う。


「マキナ。そいつは《界》を司る竜であり、《箱庭》の魔法を作り出したホンニンだぞ。それぐらい、可能に決まってるだろう?」

「…………普段の態度から忘れてしまいそうになりますが、そうでしたね。カルディア様は特別な竜であらせられるんでした……」

「竜の試作品モデルタイプってだけだよー。まぁ、協力してくれるみたいでよかった! 取り敢えず今直ぐって訳じゃないから……その時になったら声をかけるね、じゃあね!」


 そう言ったカルディアは返事も待たずに、その場から消える。

 自由奔放。自己中心的。我が道を往くゴーイング・マイウェイ

 いつまでも変わらぬカルディアの態度に、彼女の知るラグナ達は呆れとも変わらぬことへの安堵ともつかぬ苦笑を漏らす。


「まぁ、カルディアの持ってくる案件は大体面倒なことばかりだからな。頑張れよ、マキナ」

「えっ」

「さて、ミュゼ。今度は誰にも邪魔されないところでイチャつくとするか」

「はい、ラグナ」


 ギョッとするマキナを残して、邪竜夫妻も姿を消す。きっとその言葉の通り、誰にも邪魔されないよう。結界を張って寝室に篭ったのだろう。

 残されたのは愕然とする幻竜のみ。


「…………この件を引き受けたのは、早まったでしょうか?」



 マキナは一人、肩を落としながら溜息を零した。





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